週刊READING LIFE vol.269

コミュ力おばけの先輩が多用していた最強の話題《週刊READING LIFE Vol.269》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/7/8/公開
記事:Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「コミュ力の高い人」と聞いてどんな人を思い浮かべますか。
 
芸人さんみたいにノリツッコミが上手い人や面白いギャグを言える人?
相手のことを褒める、いわゆる「ヨイショ」が上手い人?
さながらゴシップ記者のように、芸能ニュースや噂話をなんでも知っている人?
 
私が人生で出会った「コミュ力おばけ」の先輩は、それらのどれにも当てはまらない。
彼女がよく話題にしていたのは、実に意外な“アレ”だったのだ。
 
 
 
コミュニケーションは苦手だ。
自分の話をどれくらいするか、そして相手の話をどれくらい聞くかのバランスを取ることは非常に難しい。
自分の話ばかりしていると相手は退屈してしまう。
逆に相手の話ばかり聞いていると、自分の意見や考えを伝えることができずフラストレーションが溜まる。
このバランスを取ることは難しいからこそ、きっとコミュニケーションの鍵なんだと思う。
 
でも頭ではわかっているのに、現実の自分はままならない。
「あぁ、しゃべりすぎたな……」
「今日は空気になっちゃったな……」
こんなふうに、家に帰ってから脳内反省会が止まらない日がある。
 
 
ここで、「自分と相手のバランス問題」からスッと抜け出せる方法がある。
それは自分の話でも相手の話でもない「共通のコンテンツ」を話題に使うことだ。
 
例えば映画、音楽、スポーツイベントなどについて話している場面を想像してほしい。
このとき主語は自分でも相手でもなく、話題の中心は「共有の体験や知識」になっているのではないだろうか。
そうすると必然的に、個人的な話題に依存せずにコミュニケーションを進めることができる。
 
自分や相手の個人的なことを話題にした会話は難しい。
なぜなら、脳内ではたくさんの“忖度たち”が忙しなく会議をするから。
「こんなこと聞いちゃダメかな?」
「話したくないかな?」
「こんなこと話したら、根掘り葉掘り聞かれちゃうかな?」
“忖度たち”の会議はなかなかまとまらず、会話が終わった頃にはぐったり疲弊していることもしばしばだ。
 
一方で、自分の話でも相手の話でもない共通のコンテンツを間に置いた場合は、忖度たちの会議は必要ない。
脳内会議の合意を待たずに相手に質問を投げられるから、一気に会話のテンポ感がアップする。
例えば、相手と共通の趣味が見つかった瞬間に、急に会話が弾んだ経験がある人は多いのではないだろうか。
それはおそらく忖度がいらない心地よさからきている。
 
さらに、「直接自分の話をしなくても相手に自分の価値観や感じ方を伝えることができる」という面白さもある。
例えば、映画を話題にしている場面。
「あのシーンはどう思った?」
「キャラクターの行動に共感できた?」
こういった質問を通じて、自然とお互いの価値観や考え方が浮き彫りになる。
 
「読書会」という活動は、この特徴を大いに生かしたコミュニケーションの場だ。
参加者がそれぞれ好きな本の感想や意見を述べ合う中で、自然と話が弾む。
自分自身の話を一切していないのに、気づいたら自分が大切にしていることについて深い話ができていたりするから面白い。
 
例えば先日、恋愛映画を題材にした読書会に参加した。
キャラクターの恋愛観や行動についての議論を通じて、参加者それぞれの恋愛観が浮き彫りになる。
恋愛というテーマは普遍的で多くの人が共感を持ちやすいうえ、個々の経験や価値観が反映されるため議論が深まりやすい。
映画という共通の話題を通じて、普段は話さないような深い話題にも自然と踏み込めたのは、とても面白い経験になった。
 
 
このような深いコミュニケーションを導く話題は、コンテンツ以外にもある。
それは「噂話」だ。
コンテンツと同じく、直接的には自分のことを話していないのに自然と価値観や感情が伝わる話題だ。
 
例えば、同僚の近況について話している場面。
「あの人、最近どうしてる?」
「彼の新しいプロジェクトについてどう思う?」
このような会話は、直接的には自分や相手の話ではない。
しかし、自分の属している組織やその中での価値観を共有することで、不思議な連帯感が高まるだろう。
所属組織の風土という共通言語のおかげで会話がスムーズに進みやすく、「分かち合えた」と感じるようなコミュニケーションが可能だ。
コンテンツと同様に、噂話もまた人と人を深く結びつけるような話題なのであった。
 
 
 
ここまで、話題が「自分」「相手」「第三者」という三つのパターンに分けて、コミュニケーションの特徴を述べてきた。
私は、大体この三つでコミュニケーションを説明できると思っていたのだが、三つのパターンに当てはまらない不思議な話題が存在することに気がついてしまった。
 
そのきっかけは、大学の研究室で出会ったM先輩だった。
 
M先輩は、私の1個上。
運動部のマネージャーをしている彼女は、とてもパワフルで元気な先輩であった。
まるでお日様のように、彼女がいるだけでみんなの気持ちが少し明るくなる。
彼女みたいな存在は理系の研究室では少しめずらしい。
研究を生業にする人たちは、けしてコミュニケーションが得意な人たちばかりではなかった。
研究室に入ったばかりの頃、頭の良さそうでクールな年上に囲まれて私はすっかり萎縮していた。
そんな時、ニコニコと頻繁に話しかけてくる彼女の存在はとてもありがたかったのを今でもよく覚えている。
 
彼女のコミュニケーション能力の高さは、抜きん出ていた。
助教授の先生が、「自分がもし研究室を立ち上げるなら、彼女にメンバーに入ってほしい」というほど。
自分の研究室のみならず隣の研究室のメンバーとも仲良く、合同の飲み会では彼女の周りに人の輪が絶えなかった。
まさに「コミュ力おばけ」としか言いようがなかった。
コミュ力のない私は、そんなM先輩の行動を見習おうと思ってよく観察していた。
 
 
……すると、一つ気がついたことがある。
それは、彼女が「最近見た夢」の話を頻繁にしていることだ。
いつも他愛ないのに、なぜか面白く聞いてしまう。
 
「昨日、また夢みたんだけど聞いて!」
笑顔で駆け寄ってくるM先輩。
「またヘンな夢なんじゃないですか?」
私は笑いながら返す。
 
「Sさんがボディービルダーの大会に出るって言って、みんなで応援しに行く夢」
「え、絶対無理そうなんですけど」
Sさんはひょろっとした背の高い先輩で、ボディビルに出るイメージなど全くない。
 
「みんなで大会を見に行って、叫んで応援してたの」
「ボディビルの応援っておもしろい掛け声しますもんね」と、私の同期が相槌を打つ。
 
「『ピペットマンで鍛えた筋肉見せつけてやれ〜!』とか叫んでたの」
「そんな掛け声、聞いたことないんですけど」と、みんなで笑った。
実験で使うピペットマンは当然、筋肉を鍛えるほど重くはない。
 
「ちょっと今からゴールドジムに入会してくるわ」
まさにピペットマンを持って実験をしながら私たちの会話に耳を傾けていたSさんの一言に、その場は笑いに包まれた。
案の定ヘンな夢であった。
 
M先輩の夢の話にはいつも楽しいツッコミがついて回る。
それは砂漠のオアシスのように、ハードワークばかりの研究生活の中での楽しいひとときであった。
彼女が卒業される時は、とても寂しかったものだ。
 
 
「最近みた夢の話」というのは、本当に絶妙な話題のチョイスだと思う。
コミュニケーションの分類で言えば「自分」の話ではあるけれども、日常生活や個人的な問題からは離れている。
つまり、自分の話でありながらファンタジー要素のあるコンテンツなのだ。
しかも一般的なエンタメよりも汎用性が高いと感じる。
 
コンテンツを話題に選ぶときは、お互いにそのコンテンツに興味があることが大前提になる。
例えば、最近見た映画の話をしようと思うとき、相手がその映画に興味を持っていない場合は会話が難しくなるだろう。
 
一方「最近みた夢」には、もちろんのこと特定のジャンルというものは存在しないから、どんな人とも共有できるエンターテイメント性を持っている。
個人的なエピソードを共有しつつも、相手にとっても奇想天外でついつい興味を持ってしまうような内容であることが多いのだ。
 
しかも、夢の内容は非現実的であり想像力をかき立てるため、会話が弾みやすい。
「ヘンなのー」
「意味わからない!」
こんな軽いツッコミも、夢の話に対してなら気安くできる。
「最近みた夢の話」というのは会話の敷居が非常に下がり、自然なコミュニケーションが生まれるのだ。
 
しかし最大の問題点は、そもそも夢を見る必要があるということ。
あいにく、私はあまり夢を見ない。
 
 
 
「最近みた夢」と同じようなメリットを持つ話題って、他にないだろうか。
 
ぐるぐる考えていると、ふと思いついた。
それは……「すれ違った子どもの会話」だ。
子どもの会話もまた奇想天外で、人を選ばず楽しい話ができる。
 
例えば、あるとき私は自転車に乗った中学生たちが話している会話をすれ違いざまに耳にした。
その会話がこちら。
 
「なぁなぁー、some dayっていつー?」
「はぁ? 知らんし」
 
「“いつか”だよ」と、心の中で思わず突っ込んでいた。
おそらく英語を習いたての中学一年生なのだろう。
でも同時に、some dayが“いつか”だと知りながら言っていたとしたら、ちょっと秀逸だなとも思ってしまった。
子どもの頃、「いつか話してあげるね」とか「いつか買ってあげるね」とか、親によく言われたものだ。
でも、その“いつか”は往々にして、待てど暮らせどやってこない。
 
大人になってからも同じだ。
恋人との「いつか海外旅行に行こうね」や旧友との「いつかみんなで集まろうね」は、ほとんど実現しない。
「some dayっていつー?」は、実は私が心の中で叫んでいたことなのかもしれない。
 
こんなふうに、子どもの会話は思わず笑ってしまうような他愛ないものでありながら、時に深い洞察を与えてくれることもある。
 
この経験以来、私は近くに子どもや中高生がいるとその会話に、耳を傾けて面白いネタを探す習慣がついてしまった。
実際に「女子高生の電車の中での面白い会話」を話題にしてみたら、あまり親しくない同僚と笑顔で話せたこともある。
「すれ違った子どもの会話」は、もしかしたら万能な話題かもしれないという確信は、日々強まっているのであった。
 
 
ここまで話してきたように、コミュニケーションにおいて重要なのは話題の選び方とバランスだと思う。
自分の話と相手の話のバランスを取りながら共通の話題を見つけることが、とても大切だけれど難しい。
そんな中でも、「最近みた夢」「すれ違った子どもの会話」など、自分の経験を共有しつつも誰にでも楽しんでもらえるような話題は、非常に使い勝手がよい。
自分も相手も気楽なコミュニケーションが取れるからおすすめだ。
 
M先輩と出会ったことによって、コミュ力の高い人がいる空間の居心地の良さをはっきりと認識できた。
子どもの頃はコミュニケーション能力の重要性がピンときていなかったが、身をもって大事だと実感できたのは紛れもなく彼女のおかげだ。
あれから私は、コミュ力向上ノートを作って、「これは!」と思った話題をメモするようにしている。
すぐにコミュ力を上げることは難しいが、ちょっとずつ話題のストックを増やしたい。
M先輩みたいに周りを照らすお日様とまではいかなくても、目の前の人を照らす小さなキャンドルライトぐらいの存在にはなれたらいいな、と思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月開講のライティングゼミ、同年10月開講のライターズ倶楽部に参加。お風呂で本を読むのが好き。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。

 
 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
 Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2024-07-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.269

関連記事