週刊READING LIFE vol.269

あの頃の自分に伝えたいこと -回り道がくれた、大切な成功の方程式-《週刊READING LIFE Vol.269 謝罪》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/7/8/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あの頃の自分に、今の僕から伝えられることはないだろうか?」
そう思い立ち、日記帳を開く。ペンを手に取り、20代の頃の自分に向けて、手紙を書き始めた。
「過去の自分へ
今、僕は君に謝罪したい。そして、感謝も伝えたい。長い年月を経て、ようやく気づいたことがあるんだ。それは、君が必死に追い求めていた「新しい知識や高度な技術」よりも、もっと大切なものがあったということ。
それは、基礎。
この重要性に、僕たちは気づくのに、あまりにも長い時間がかかってしまった。でも、それこそが僕たちの成長の礎となったんだ。
君はまだ覚えているかい? 理学療法士として働き始めたあの頃を。毎日が新しい発見の連続で、患者さんの笑顔に励まされながら、必死に仕事を覚えようとしていた。でも同時に、自分の力不足も痛感していた。
そんな中で、君は「新しい知識やより高度な技術を身につければ、もっと患者さんを助けられる」と信じていた。研修会に参加しては、最新の手技を学び、必死で覚えた。確かに、それらの知識や技術は無駄ではなかった。でも、今思えば、それだけでは足りなかったんだ。
君は基礎を軽視していた。解剖学、運動学、生理学……養成校で学んだはずのこれらの基本を、「もう卒業した」と思っていたんだ。でも、それが大きな間違いだったんだ。
ある日、君は一人の患者さんと出会う。脳卒中で左半身に麻痺が残る60代の男性だった。君は学んだ最新の手技を駆使して、懸命にリハビリに取り組んだ。でも、思うような結果は得られない。患者さんの表情には、徐々に諦めの色が濃くなっていった。
そんな時、先輩の理学療法士が、何気なくアドバイスをくれたんだ。
「大塚くん、この患者さんの歩行パターンをよく観察してごらん。麻痺側の足の動きだけじゃなく、全身の動きを見てごらん」
その言葉で、君は初めて気づいたんだ。自分が患者さんの一部分だけを見て、全体を見ていなかったことに。それは単に観察力の問題じゃなかった。体の仕組みや動きの基本原理を、本当の意味で理解していなかったということなんだ。
その日から、君は基礎に立ち返ることを決意した。解剖学の教科書を開き、筋肉の起始と停止を一つ一つ確認した。運動学の本を読み返し、関節の動きと筋肉の働きの関係を再学習した。生理学の知識を深め、神経系と筋骨格系の相互作用を理解しようと努めた。さらには、人はなぜ生きていて、動くのだろうか? といった根本的な問いに対しても考えるようになったんだ。
最初は、こんな基本的なことを学び直すのは時間の無駄なんじゃないかと思った。でも、徐々にその考えは変わっていった。基礎を固めることで、それまで別々だと思っていた知識がつながり始めたんだ。患者さんの症状の背景にある原因が、より深く理解できるようになった。そして、その理解に基づいて適切なアプローチを選択できるようになっていった。
あの脳卒中の患者さんのリハビリも、基礎に立ち返ることで、新しい展開を見せ始めたんだ。麻痺側の足だけでなく、全身のバランスや非麻痺側の代償動作にも注目することで、より効果的なアプローチができるようになった。患者さんの表情に、少しずつだが確実に希望の光が戻ってきたんだ。
そして気づいたんだ。新しい知識や高度な技術も大切だ。でも、それらを本当に活かすには、しっかりとした基礎があってこそなんだと。基礎があるからこそ、新しい知識や高度な技術を正しく理解し、適切に応用できるんだと。
今、僕は「療法士活性化委員会」という研修会を主催している。そこで伝えているのは、君が軽視していた「基礎の大切さ」だ。「人生をデザインする」という理念のもと、「信頼される療法士の土台を楽しく作る」というコンセプトで、触診、評価、動作分析、脳機能と発達という基礎的な内容を教えている。
参加者の中には、かつての君と同じように、目新しい技術ばかりを追い求めている若い療法士もいる。そんな彼らに、基礎の重要性を伝えることが、君への贖罪なのかもしれない。
ある日の研修会のこと。講義が終わった後、一人の若い理学療法士が質問に来たんだ。
「先生、基礎は大切だとわかります。でも、患者さんはより効果的な治療を求めています。新しい技術を学ぶ時間も必要です。基礎にどれだけ時間をかければいいんでしょうか?」
その質問を聞いて、僕は思わず笑みがこぼれた。まるで過去の自分の声を聞いているようだった。
「君の気持ちはよくわかるよ」と僕は答えた。「僕も君と同じように悩んだんだ。でもね、基礎と新しい知識、高度な技術は別物じゃない。基礎があるからこそ、新しい知識や高度な技術も生きてくるんだ。基礎を学ぶことは、決して時間の無駄にはならない。むしろ、それが近道になるんだよ」
そして、僕は続けた。「例えば、野球選手のことを考えてみよう。彼らが基礎的な投げる、打つ、走るといった練習をしない日があるだろうか? ほぼ毎日、練習は基礎から始まるはずだ。練習の多くを基礎に費やすことが、より難しい応用的なプレーにつながるんだ。僕たち理学療法士も同じなんだ。基礎をしっかり固めることで、新しい技術も本当の意味で使いこなせるようになるんだよ」
若い理学療法士の目が輝いた。その瞬間、僕は胸が熱くなるのを感じた。かつての自分が、ようやく理解できたことを、次の世代に伝えられる。これこそが、僕がこの道を歩んできた意味なのかもしれない。
今、振り返ってみると、基礎を軽視していた時期があったことを恥ずかしく思う。でも同時に、その経験があったからこそ、基礎の大切さを心から理解し、それを伝えられるようになったのだと感じている。
だから、過去の自分よ。君の迷いや苦労、そして失敗さえも、すべて意味があったんだ。それらが今の僕を作り上げ、多くの後輩たちに基礎の大切さを伝える原動力になっている。
君が必死に新しい知識や高度な技術を追い求めていた姿を、僕は誇りに思う。その熱意は今も僕の中で生き続けている。ただ、その熱意の向かう先が少し変わっただけだ。基礎をしっかり固め、その上に新しい知識や技術を積み重ねていく。そうすることで、僕たちは本当の意味で患者さんの役に立てるんだ。
今、僕は毎日10,000歩以上歩くことを習慣にしている。これも基礎の大切さに気づいたからこそだ。歩くという最も基本的な動作を続けることで、体重も減り、仕事の効率も上がった。そして何より、患者さんの気持ちがより深く理解できるようになった。
歩くことは、まさに人間の動作の基礎だ。それを実践することで、患者さんの抱える困難や、リハビリの過程で感じる喜びを、身をもって理解できるようになった。この経験は、机上の知識だけでは得られない貴重なものだ。
だから、過去の自分よ。君の回り道は決して無駄ではなかった。むしろ、その経験があったからこそ、今の僕がある。基礎の大切さを、心の底から理解し、それを次の世代に伝えられる僕がいるんだ。
そして、これからもきっと学び続けるだろう。基礎を大切にしながら、新しい知識や技術も貪欲に吸収していく。それが、理学療法士として、そして一人の人間として成長し続ける道なんだと信じている。
最後にもう一度、君に伝えたい。
ごめんね。そして、ありがとう。
君の情熱と、時には的外れだった努力が、今の僕を作り上げた。基礎の大切さに気づくのに時間がかかってしまったけど、その過程のすべてが今の僕の糧になっている。
これからも歩み続けよう。基礎を大切にしながら、常に前を向いて。そうすれば、きっと素晴らしい未来が待っているはずだ。
40歳の大塚久より
ペンを置くと、静寂が部屋を包んだ。窓の外では、波の音が静かに響いている。東の空がわずかに明るくなり始め、新しい朝の訪れを告げているかのようだ。
日記帳に書かれた文字を見つめながら、僕は深くため息をついた。過去の自分への手紙を書くことで、自分自身の成長の軌跡を改めて実感できた。そして、これからも学び続ける決意を新たにした。
明日からまた、基礎の大切さを伝える日々が始まる。そして、その基礎の上に新しい知識や技術を積み重ねていく。それが、理学療法士としての、そして一人の人間としての僕の使命なのだと、心から感じていた。
外は徐々に明るくなってきている。新しい一日の始まりだ。今日もまた、10,000歩を目指して歩き出そう。基礎を大切にしながら、一歩一歩前に進んでいこう。
そう心に誓いながら、僕は立ち上がった。新たな朝を迎える準備をするために。そして、今日も多くの人々の人生をデザインする手助けをするために。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

 
 

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2024-07-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.269

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