未来の技術と温かい看護のはざまで 《週刊READING LIFE Vol.270 未来の技術》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/7/22/公開
記事:馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)
「便利なようで不便な時もあるな。やっぱり私はアナログが好きかな」
病院で看護学生に指導しているときに思った。
私は精神科病院で看護師として働いている。
以前は総合病院で勤務していたが、精神科病院に転職して4年目が過ぎた。
昨年から、看護学生の精神看護学実習の実習指導者として、学生の指導をしている。
精神看護学実習では、看護学生1名が1名の患者を受け持つことになっている。
実習初日、3名の学生に病棟のオリエンテーションをした後に、3名の受け持ちの患者候補について説明をした。
学生3名がコソコソと小声で話しながら、なんとか受け持ち患者が決定した。
学生は、受け持ち患者への挨拶後、まずはカルテから情報収集を始める。
私の病院では、昨年からパソコンの電子カルテが導入されたが、その前は紙カルテを使用していた。
学生の受け持ち患者は、長期入院の患者なので、まずは紙カルテから情報を収集する。
その後、電子カルテから情報収集することになったが、学生用のパソコンは病棟に1台しかない。
そもそも病棟全体でパソコンが6台しかないので、そのうち1台あるだけでもありがたいのだが、学生の貴重な実習時間がもったいないと思った。
去年なら、紙カルテだけだったので、学生は一気に情報収集することができた。
その上、電子カルテの操作方法を教える必要もなかった。
電子カルテは、同じように見えるかもしれないが、内容はかなり違う。
私が前に働いていた病院の電子カルテと、今の病院の電子カルテは全くの別物だ。
紙カルテが電子カルテになっただけなのに、なぜこんなにバリエーションがあるのか不思議としか言いようがない。
原理は同じだから慣れれば使うことは簡単だが、慣れるまではたいへんだ。
どこに何があるのか、探すのは一苦労。
業務を覚えても、看護記録が書けなければ仕事にならないから。
昨年の夏頃、紙カルテから電子カルテになると聞いて、やっとなるのかと思ったものだ。
私は、以前の病院でも使っていたので、便利さは知っていた。
電子カルテの利点は多々あるが、一番の利点は病院内の専用のパソコンであれば、どこからでもアクセスができることだ。
紙カルテの時代は、1回の入院に1冊の紙カルテを作成していた。
患者が検査に行くと検査課へ持参し、手術になると手術センターへ持って行った。
外来受診や、透析治療の時も。
紙カルテは、病院内で常に患者とともに移動している。
紙カルテが行方不明になったら、仕事にならない。
医師が病棟外へ持ち出す際には、必ず病棟の看護師に一声かけていた。
紙カルテがないと、看護の記録が書けないし、医師の指示も確認できない。
処方されている薬もわからないし、患者の状態もわからなくなってしまう。
それが、電子カルテなら、ほぼ解決される。
どこからでもアクセスできるので、患者とともに移動する必要がない。
紙カルテのように1冊のカルテを探すことなく、パソコンにログインすればいいだけだ。
病院内にいる医療職の情報の共有が格段にスムーズになったといえる。
もちろん、最近では病院内だけにとどまらずに、開業医との連携もある。
わざわざ紹介状や電話で聞かなくても、電子カルテにアクセスできれば、簡単に情報を知ることができる。
その上、電子カルテは、看護の記録も多職種の記録も読みやすい。
紙カルテだと、私も字は上手ではないが、かなりの達筆の方がいて、判読するのがたいへんだった。
医師の場合、書いているのが日本語なのか? 英語なのか? わからない時さえあった。
数字の書き方に癖がありすぎて、3なのか? 2なのか? 読み取るのに苦労するときもあった。
それが、電子カルテだと一気に解決した。
読めなかったあの医師の記録も、あの先輩看護師の記録もスラスラと読めるようになった。
それに、看護記録を書く時間も短縮された。
パソコンの醍醐味ともいえる、コピペ(コピー&ペースト)が楽々できるのだ。
以前の記録をコピペして、アレンジすればできあがり。
もちろん、コピペばかりしているわけではないが、紙カルテに一から書くのとでは速さが全く違う。
そして、紙カルテの最大の欠点ともいえる、保管場所に困るということも電子カルテにはない。
電子カルテのサーバーもかなりの場所をとるが、紙カルテほどではない。
1年前の紙カルテを探すのには、膨大な時間がかかる。
綺麗に整頓されていても、多くの患者の記録の中から探すのは大変だ。
その後、必要な情報を見つけるのは、もっと時間がかかる。
電子カルテなら、検索機能があるし、そもそもカルテ庫に探しに行く必要もない。
そういう無駄な時間を削減できるのは素晴らしいことだと思う。
電子カルテの利点をいろいろと考えてみたが、私は電子カルテのことを万能だと思っているわけではない。
学生実習の時にも感じたが、病棟内のパソコンの台数が限られているため、大勢がアクセスすることができない。
日勤の看護師が困らない程度の台数はあるが、順番待ちになることもある。
学生が実習に来ると特に感じてしまう。
もっとたくさん台数があれば、ゆっくり情報収集できるのにと。
電子カルテの最大の欠点は、停電すると使えないことだ。
その上、システムトラブルも起こる。
紙カルテでは、そんなことは起こらない。
電子カルテのシステムトラブルで、外来業務に支障をきたす例は、ニュースでも見たことがある。
きっと、外来だけではなく、病棟も大変なはずだ。
まあでも、そんなことはいつもあるわけではないけれど。
ここまでいろいろ電子カルテについて書いてきたけれど、私は便利とわかりつつ電子カルテがそんなに好きではない。
というより、紙カルテが好きなのだ。
私は、紙カルテをゆっくりと読むのが好きだ。
まずは、紙カルテを見る。
その厚さで患者の入院期間がわかる。
薄いカルテは入院期間が短く、厚いカルテは長期入院だ。
紙カルテの表紙を見る。
色が褪せていると時間の流れを感じる。
紙が寄れていたり、ちぎれかけていると、どれだけこの紙カルテ使われていたのかわかる。
テープが張られて補修されていると、大事にされていると感じる。
そして記録を読み始める。
医師の記録を見て、医師の治療に対する考えを知る。
医師と患者の会話が書かれていると、患者が医師にしか伝えていないことがわかる。
検査や薬、点滴、手術の記録を見て、患者の治療の流れを知る。
看護の記録を見て、患者の入院までの生活を知る。
そして、患者の日常の様子や治療に対する患者の気持ちを理解する。
また、面会に来た家族の様子も知ることができる。
紙カルテを閉じて、私は患者の様子を思い出す。
今目の前にいる患者には、様々な背景があって、治療を乗り越えて今がある。
紙カルテを読むと患者の歴史を感じる。
それはまるで物語のようで、本を読んでいるようだ。
紙カルテは、患者一人一人の人生の一部が詰まった宝物だ。
その厚みや傷、色褪せ具合から、患者と医療者がどれだけの苦労と戦いを乗り越えてきたのかを感じ取ることができる。
ページをめくるたびに、患者の笑顔や涙、希望や絶望が目の前に広がる。
それはまるで彼らと共に歩んできた日々を追体験しているようだ。
電子カルテでは決して感じることのできない、この温かさと人間味こそが、私が紙カルテを好きな理由だ。
電子カルテは、記録を本のように読むことはできない。
各職種の記録は簡単にアクセスできるが、バラバラに感じる。
時間の流れを感じることも難しい。
短期入院も長期入院も、電子カルテ上は一緒だ。
ただ、入院日数が違うだけ。
画面の向こう側にあるはずの患者の声や医療者の苦労も遠く感じてしまう。
紙カルテをめくる時の感触や、手書きの文字に込められた医療者の思いは、電子カルテでは感じられない。
しかし未来の技術は確かに私たちの医療を進化させている。
電子カルテによる情報の共有や検索機能は、医療の効率化を飛躍的に高め、患者の治療にかかる時間を短縮し、より迅速な対応を可能にしている。
これからも技術の進歩は続き、さらなる改善が期待される。
未来の医療技術がどれほど進化しても、私は患者一人一人の物語を忘れない。
技術と人間味が調和する医療現場を目指し、私はこれからも看護師として働いていく。
未来の技術がもたらす新しい可能性に期待しつつ、患者に寄り添う心を大切にし続けることが、私たち医療従事者の使命だと思っている。
□ライターズプロフィール
馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)
滋賀県生まれ。看護師。精神科病院勤務。
2024年ライティング・ゼミ2月コースを受講し、2024年6月からライティングXに参加。
文章力向上のために努力しようと思いつつ、読書に逃げてしまう毎日を送っている。
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