週刊READING LIFE vol.271

このワンピースのひもは結ばなくていいんです《週刊READING LIFE Vol.271 違う、そうじゃない》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/7/29/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ちょっと、あなた、ひもがほどけているわよ」
 
そう言いながら突然近寄って来たその女性は、おもむろに私のワンピースの両脇にあるひもに手をかけた。
 
「ああ、今日はこれで2回目やわ……」
 
私が結婚して大阪の街に住んでいたとき、同じマンションにお友だちが出来た。
彼女は、私よりも3歳ほど若かったが、子どもの年齢が私の娘よりも上で、しかも3人いる子育てでは先輩のママだった。
二人は意気投合して、よくお互いの家を行き来していた。
彼女は、長女、次女、長男とお子さんがいて、私の娘はそのお嬢さんたちからのお下がりのお洋服もよくいただいた。
ブランドが好きで、お嬢さんたちにも、当時流行っていたブランドの子ども服を着せていて、お下がりでいただくのもとても有難かった。
 
そんな中、彼女からは私にも一着のワンピースをもらったことがあった。
確か、ピンクハウスの、こちらも有名なブランドのお洋服で高かったはずだ。
でも、痩せている彼女にとって、ゆったりしたデザインのそのブランドのワンピースはしっくりこなかったようで、私がいただくこととなった。
そのブランドのワンピースの特徴のようなのだが、左右の腰のところにひもがついているのだ。
彼女曰く、そのひもはむすばずに垂らしたまま着るのが正解らしい。
なので、私は早速そのワンピースを着た時に、その両サイドのひもは結ばずに出かけたのだ。
 
ところが、出掛けた先で声を掛けられたのだ。
 
「お嬢さん、ひもがほどけていわよ」
 
そう言って、私の母くらいの年配の女性が寄ってきて、ひもを結ぼうとしてくれる。
 
「いえ、これはこのままにしておくものなんです」
 
私は、お嬢さんでもなかったのだが、ワンピースをいただいたお友だちの言う通りに伝えた。
すると、その親切な女性は、
 
「あら、そうなの? ごめんなさいね」
 
いやいや、謝ることはないんですよ。
100%親切で、この年配の女性はわざわざ近寄ってきてくれたのだから。
当時の私にとっては母親くらいの年齢の女性だったので、まるで親心のような有難い気持ちを受け取った。
 
それからしばらく歩いていると、また別の女性からも声を掛けられた。
その女性は、声を掛けて近寄りながら、私のワンピースのひもに手がかかるくらいのスピードで近寄ってきた。
この人は、自分のワンピースのひもが解けてしまったことを知らないんだろう、それならば教えてあげなくては、という思いで、小走りで近寄ってきてくれたのだ。
 
この時も、「あの、このひもは結ばなくていいんです」
 
すると、またびっくりされたのだった。
 
「ごめんなさいね、てっきりほどけてしまったのかと思って」
 
世の中には、なんて親切な人がいるんだろう。
同じ日に、二人もの人からこんなに気にかけてもらえるなんて。
申し訳ない気持ちと、有難い気持ちで一杯になった経験だった。
 
今思うと、あの時に近寄ってきてくれたのは、当時の私の母親世代の女性だった。
昭和をしっかりと生きて来た女性たち。
あの時代は、近所のおばちゃんも、家族くらいに周りの子どもを気にかけてくれて、大いに関わってくるような時代だった。
道で何か悪さをしていたら、思いっ切り叱られるし。
困っていると、察して助けてくれもした。
そんな、昭和の古き良き時代を思い出すような出来事だった。
 
そういえば、実家の母が妹がまだ独身だった頃、こんな話をしていた。
妹が会社に出かける朝、その服装を注意したらしい。
 
「ねえ、ポロシャツの襟が立ってるよ」
 
すると、妹は、すかさず、
 
「これ、わざと襟を立ててるねん」
 
「えっ? そうなん?」
 
その当時、確かにそんなファッションが流行っていて、そんなことを知らない母は、妹が知らずに襟が立っているのだと思ったらしい。
母にとっては、そんな今時の流行なんてさっぱりわからないので思わず声をかけたのだろう。
 
ところが、またある時のこと。
妹が、朝、出かけるときに、玄関で靴を履こうとしたら、鏡を見てびっくりして見送りに来ていた母に言ったらしい。
 
「お母さん、前髪にカーラーがついたままやったやん、言ってよ!」
 
すると母は、
 
「えッ? それも今、流行っているのかと思って……」
 
二人は玄関で爆笑したらしい。
そうよね、昭和一桁生まれの母が、その時々のファッションはさっぱりわからないし、それまでの母の常識すら違うならば、何でもアリかと思ってしまうのも仕方がない。
 
そんな時からもうずいぶんと時間が経って、今、私も若い人たちのファッションや持ち物のルールがわからなくなっている。
いつのことだったか、前を歩く女の子のカバンから、何かがはみ出していたのだ。
落としてしまったらかわいそうだと思い、声をかけてみたことがあった。
すると、そんなふうにカバンにつけているのだとか言われたのだ。
もちろん、イヤな顔などせずに、ずいぶん前に私がワンピースのひもを注意されたのと同じようなシチュエーションだった。
「ああそうなんだ、ごめんね」
 
私も、考えてみたら、あのピンクハウスのワンピースのひもを注意してくれた、年配の女性くらいの年齢になっていたのだ。
やっぱり、年代がかけ離れた人のファッションはわからないものだ。
 
そして、そうなると、なかなか知らない人に対しての声掛けを躊躇するようになるのも、実家の母ではないがわかるような気もする。
 
これは、合っているんだろうか、それとも違うんだろうか。
 
私のように、間違っていた経験をすると、「まあ、いいか」と思ってしまうのかもしれない。
もちろん、声をかけてイヤな思いをしたわけではないが、今の時代の正解がわからないからだ。
 
この、知らない人に声を掛けて関わるという文化は、私が子どもの頃には大いにあったものだ。
子どもは、地域の大人がみんなで育てているというような感覚だった。
近所には、怖いおじさんやおばさんがいて、その目もあるので子どもたちは躾を身に着けてゆけることもあったのだ。
 
今、住んでいるマンションでは、名前を知らない人でも、出会ったら挨拶などの声掛けをお互いにしている。
ところが、子どもになると、挨拶をしても反応がなかったりすることもある。
恥ずかしいのか、そんなふうに躾られていないのか、こちらにはわからないのだが。
そうなると、その子どもが仮に目の前で困っていても、関わったことがない分、声をかけにくくなるのだ。
今の時代、色んな人がいるので、ある程度のルールは必要だが、それでも同じコミュニティ、マンションに住んでいて、何度も顔を合わせる者どうしは、コミュニケーションが取れるといいのに、と思うのだ。
 
時代は昭和ではなく、気軽に声を掛け合うことも少なくなってしまったが、それが人との関わりを深め、何か困った時の助け合いにもつながると思うのだ。
 
そう思うと、今から30年くらい前になるが、お友だちからいただいたピンクハウスのワンピースのひもを注意してくれた、あの時代の、あの年配の女性たちの気持ちがさらに有難いものに感じるのだ。
 
令和になって、他人に対する警戒心は大切にしながらも、そんな時代だからこそ、周りの人とのコミュニケーションを必要に応じてとれる人間でありたいと切に願う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 

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2024-07-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.271

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