未来の看護師を育てる授業:『ねがい』を見つめて《週刊READING LIFE Vol.271 違う、そうじゃない》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/7/29/公開
記事:馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)
「私には、人に教えるスキルが足りない。上手に教えられるマニュアルが知りたい」
30歳をすぎて、病院内外での研修や授業を担当するようになり、そう感じた。
私が小児科病棟に異動して2年目の時の事だった。
病棟内では、小児看護学実習の指導者として働いていた。
実習では、看護学校や看護大学の教員の方たちと共同して、学生の指導をしていた。
私自身、指導が初めてで、どうしていいのかわからず、戸惑うことが多かった。
なぜなら、病棟に就職してきた新人看護師を教えるのとは全く違うからだ。
新人看護師も知識不足で、1から10まで教えるが、看護学生の場合はそれ以上だった。
マイナス10から10まで教える感じ。
すでに30歳を超えた私と20歳の学生では、世代のギャップも大きかった。
私の当たり前が、学生には新鮮で初めてのことが多い。
学生への説明の際には、常に「知っている? わかる?」を繰り返していた。
一番びっくりしたのは、固形石鹸を知らない学生がいたことだ。
ポンプ式ハンドソープやボディソープしか知らないなんて。
こっちが驚かされた。
そんな日常を過ごしていた時、前年度に退職した看護部長から、学校の講師の依頼がきた。
前看護部長から、言われた。
「ぜひ、あなたに准看護学校で小児看護学を教えてほしいの。これはきっとあなたにとって、良い経験になると思うから」
想像もしなかった依頼に驚くと同時に、無理だろうと思った。
そもそも私は、准看護師の学校の出身ではなく、看護学校出身の看護師だ。
看護師の国家試験は受けたが、准看護師の試験は受けたことがない。
それに、小児科病棟に異動して、まだ2年足らずで経験が浅い。
私の経験からいうと、病棟に3年程働いて、なんとか一人前だと思う。
1年目は、病棟の流れや基本を覚えるのに精一杯だ。
2年目でやっと周りが見えてきて、リーダーとして働けるようになる。
3年目で病棟の主要な病気や検査、治療を一通り経験できる。
このペースでいうと、私はまだリーダーとして頑張っている段階で、病棟の全てを経験できていない。
それなのに、小児看護学を学校で教えるなんて無理に決まっている。
それに、委員会の活動で院内講師をすることはあったが、時間は長くても1時間くらいで、複数回の研修講師の経験はない。
ましてや学校の授業なんて。
前看護部長に丁重にお断りの返事をしたが、受け入れてもらえない。
小児科病棟の師長からも「私も分担して教えるから。全部1人でしなくていいから」と説得された。
師長は、以前に准看護師の学校の教員として働いた経験がある。
それに小児科病棟で10年以上働いているベテランだ。
私とは、経験もスキルも違い過ぎると思いつつ、二人に説得されて講師をすることになった。
まずは、准看護師の学校の小児看護学のテキストと、准看護師試験をもらった。
師長が最初の1回目を担当し、その後、私が5回授業を担当することになった。
分担すると言いつつ、1回しか授業を担当しない師長にびっくりしたが、まずは、准看護師試験の内容を見て、テキストに付箋をつけた。
そこは、授業で絶対に教えなければいけないところだ。
そして、担当するテキストのページを5等分にしてみた。
1回の授業で20ページ近くある。
これをすべて教えるのは不可能だ。
師長に相談すると、「好きに教えたらいいのよ」と、暖簾に腕押し状態。
相談にならない。
悩んだ末に、1回の授業分の20ページの中から、重要そうな小児科病棟で私が見たことがあることを教えることにした。
正解がわからないまま、不安な授業がはじまった。
学生は10名ほどで、アットホームな雰囲気で、緊張せずに教えることができた。
なんとか無事に5回の授業を終えることができた。
ただ、私の中にはモヤモヤが残っていた。
本当にあの教え方で良かったのか。
私が重要と思ったところは、小児看護学の中で本当に重要なところだったのか。
もっと他に教えなければならないところがあったのではないか。
とにかく自信がない。
自分の中では精一杯準備して授業をしたが、こんな気持ちで教えていたなんて、学生に申し訳ないと思った。
そんな時に、以前参加したセミナーでの講師の話を思い出した。
講師は、横浜にある大学の実践教育センターを卒業したと言っていた。
そこでは、1年間で看護学校の教員と病院内の教育担当者を育成すると説明していた。
これだ!! 今の私に必要なことはここで学べるに違いない!
そうと決まれば準備は早かった。
実践教育センターの情報収集をし、願書を取り寄せ、受験準備をした。
そして、病棟の上司へ報告した。
1年間学校に行くということは、病院を退職するということだから。
着々と準備がすすみ、受験の当日。
私は受験番号1番で筆記試験を受けた後、個人面接をうけた。
5人の面接官が私の前に座っていた。
「あなたはどうしてここの学校を受験したのですか?」
私は、自分の思いを大きな声で話した。
「今、病院で勤務しているのですが、研修の講師を任される機会が増えてきています。また、今年に入って、准看護師の学校で小児看護学を教える機会があったのですが、どうのように準備して、授業を行えばいいのかわからずに苦労しました。この学校では、看護教育について学べると聞いているので、人に教えるスキル、マニュアルを学びたいと思って受験しました」
面接官は、「わかりました」と答え、次の質問になった。
その後もなんとか質問に答えて試験が終了した。
そして2週間後、無事に合格し、4月から実践教育センターへ通学することになった。
3月31日に退職後、学生生活がはじまった。
30歳を超えてからの学生生活は、全てが新鮮だった。
実践教育センターの授業は、変わったものが多かった。
入学して3日目、箱根で2泊3日の『人間関係論』の授業があった。
私は、人間関係というと自分と他人との関係だと思っていたが、授業では自分自身と向き合うことが人間関係の基本だと学んだ。
また、半年ほどを過ぎると、『学校作り』という授業があり、6名のグループで理想の学校を作り、学校説明会のつもりでプレゼンテーションした。
ここでは、看護学校がどういう指定規則でつくられているのか、法律を学んだ。
そして、私が実践教育センターに入学した理由ともいえる、授業の作り方は『看護教育方法』で1年間を通して学んだ。
ただ、それは私が求めていた具体的な教え方ではなく、授業の準備にどのようなものが大切かというものであった。
M先生曰く、授業で一番大切なのは目標ではなく、『ねがい』だという。
この『ねがい』というものを、私は初めて聞いた。
授業の目標は、簡単に考えることができるが、『ねがい』は違う。
『ねがい』は、この授業を通して、学生にどんなことを学んでほしいのか、どんな経験をしてほしいのか、どのように育ってほしいのかを、テキストや授業計画にとらわれずに書くことだ。
そして学生だけでなく、自分自身がこの授業を通して、自分は学生にどうかかわっていきたいのか、どんなことを大事にして授業をしていきたいのかといった、授業の中での『ありたい自分』についても書いていく。
『ねがい』は、授業の中での学生の成長だけでなく、自分自身も教えることでどのように成長したいのか明確にすることだと思う。
そういえば、准看護師の学校での授業準備の時、私は准看護師の試験や小児科病棟での主要な病気にばかり気を取られていた。
授業を通して、学生にどんな准看護師になってほしいか、小児看護の難しさと未来のある命を助けることの責任の重さを伝える視点が抜けていた。
そして、自分自身に対しても、小児看護を教える機会を得たことで、もう一度初心に帰り、小児看護を学ぶ機会となっていたことに気付かなかった。
自分が日々、小児看護をどのようにとらえ、どんな思いで働いているのかということを、もっと考えて学生に伝える授業をすれば良かったと反省した。
貴重な機会を無駄にしたが、ただ、そのおかげで実践教育センターに来ることができた。
実践教育センターでは、看護教育に関する授業を1年間、月曜日から土曜日まで勉強した。
看護学校に実習にも行った。
でも、私が求めていた人を教えるスキルが身に着いたのかはわからなかった。
実践教育センターを卒業してから4年後。
『看護教育方法』を1年間教えて頂いたM先生に、研修で会う機会があった。
雑談の最後にM先生は、私に向かって笑顔で聞いた。
「馬場さんは、実践教育センターで何を学びましたか?」
えっ!! 1年間『看護教育方法』を教えてもらったM先生に何と答えたらいいのだろう。
頭の中で実践教育センターでの1年間がグルグル回った。
いろいろな科目が思い浮かんだが、すぐにハッとした。
私が実践教育センターに行った目的はなんだったのか。
人に教えるスキルとマニュアルを学ぶことだった。
ただ、『看護教育方法』の授業で『ねがい』は学んだが、人に教える具体的な方法は学ばなかったことを思い出した。
私はM先生の目を見て答えた。
「私は実践教育センターで、教育にマニュアルがないことを学びました」
M先生は、クスっと笑った後に言った。
「馬場さんは、実践教育センターで良く学びましたね」
そうか、やっぱりそうだったのだ。
私は、教育のスキルとマニュアルを勉強するために、実践教育センターに行ったが、それがないことを学んだのだ。
勉強というは、スキルやマニュアルを学ぶことだけでなく、それが実際に存在しないことを知ることも学びなのだと知った。
病院を退職して、1年間学校に通って学んだことがこれだったのか。
そして、実践教育センターの受験の時の個人面接を思い出した。
あの時、「人を教えるスキルやマニュアルと学びたい」と言った私のことを、面接官はどう思っていたのだろうか?
違う、教育とはそういうものじゃない。
人を教えるマニュアルなんてこの世には存在しないって、きっと思っていたはずだ。
無知とは恥ずかしいものだ。
堂々とあんなことを大きな声で言うなんて。
病院を退職して、実践教育センターで1年間学んだことを、私は後悔していない。
あの時、実践教育センターに行かなければ、私は今も教育のマニュアルを探していたはずだ。
それに『ねがい』という考え方も知らずに、未熟な授業を振り返ることもなかった。
私は、これからも悩みながら様々な授業を作っていく。
実践教育センターで学んだ知識や経験を活かし、常に自己研鑽を怠らないつもりだ。
学生と自分自身の成長を『ねがい』に込めて、未来に向かって歩み続けていきたい。
□ライターズプロフィール
馬場さゆり(READING LIFE編集部ライティングX)
滋賀県生まれ。看護師。精神科病院勤務。
総合病院で、脳神経外科、内科、消化器外科、ICU・CCU、小児科での勤務経験がある。
看護学校での2年間の教員経験もある。
2024年ライティング・ゼミ2月コースを受講し、2024年6月からライティングXに参加。
文章力向上のために努力しようと思いつつ、読書に逃げてしまう毎日を送っている。
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