週刊READING LIFE vol.273

シャンプーがエンターテインメントになるなんて《週刊READING LIFE Vol.273 異文化体験》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/8/12/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「イテテテ……」
 
いったい、どれくらい長い時間、こうやって頭皮をマッサージしてくれるんだろう。
最初は気持ち良かったのだが、だんだんと痛くなってきた。
でも、「痛いです」とも言えず、私はその美容師の女性が立てた爪の痛さに耐え続けることとなった。
 
今から30年ほど前、私は夫の赴任先である台湾の新竹市というところで結婚生活を始めた。
商社に勤めていて、貿易部門に配属になったことで、周りには多くの海外赴任経験者がいた。
ヨーロッパやアフリカ、アジアやアメリカ。
中には、あまり聞いたこともないような国や都市にも駐在員事務所があって、社員は派遣されていたのだ。
バブル期の商社は、景気も上向きで社内の雰囲気は華やかだった。
いつしか、私自身も海外生活に憧れを持つようになったが、結婚を機会に希望通りに夫の特性を活かした海外赴任先が決まり、海外での生活が体験できることとなった。
 
海外に憧れていて、最初はどこの国でも行けたらいいなという程度の思いだった。
その赴任先が台湾と決まった時、当時の私には台湾の情報があまりなかったのだ。
今でこそ、日本人の海外旅行先の上位となっているが、当時の私は、名前は知っていて、沖縄の南に位置することまではわかっていても、その国のことや生活ぶりなどは全くわからなかったのだ。
そこで、台湾に赴任をしたことがある上司の話を聞いたり、書店で台湾の生活に関する本を買い求めたりして、ようやくぼんやりとだが、台湾がイメージ出来るようになっていった。
実際に赴任してみてわかったのだが、手に入れていたどの情報もかなり古いものだったのだ。
例えば、鶏肉は日本のようにカットされたものはなくて、市場で一羽をまるごと買う、と言われていたのだが、ちゃんとスーパーマーケットはあって、日本のようにカットされた肉や魚がパックに包装されて売っていた。
当時の私は、赴任前に日常会話が少しでも出来るように、自費で北京語の勉強をしていったが、やっぱりスーパーマーケットのように、レジで金額が数字でわかり、お金を払うだけのシステムはとてもラクだった。
とてもじゃないけれど、市場で鶏を丸ごと一羽買って、部位に切り分けてくれ、とは言えなかったのだ。
 
現地での生活は、夫の会社の同僚家族が同じマンションで生活していたので、何かと助けてくれた。
休みの日には、その奥さんが私を街に連れ出してくれて、色々な体験もさせてくれたのだ。
何よりも衝撃的で忘れられないのが、美容院でのシャンプー体験だった。
日本の美容院では、カットをしてもらうとしたら、一般的には、まず、シャンプー、トリートメントをしてもらって、それからカット。
最後には、ドライヤーで乾かして、セットをしてもらって終了だ。
そのような流れでしか、美容院を利用したことがなかったのだが、台湾の美容院では日本では体験出来ないようなものがあったのだ。
それは、シャンプー。
なぜ、シャンプーだけに美容院に行くのだろう、と不思議に思っていたのだが、夫の会社の同僚の奥さんが連れて行ってくれたのは、自宅の近所にあった昔ながらの美容院だった。
美容師の女性に、何やら説明をしてくれると、私は施術用の椅子に座った。
シャンプーをしてくれるということだったのに、なぜかシャンプー台には行かないのだ。
一体、何が始まるのかと思っていると、おもむろに私の頭に何かしらの液体をかけ始めたのだ。
しかも頭頂部にひたすらその液体を流して、どんどん私の髪の毛を液体に馴染ませていったのだ。
 
「えっ、何コレ?」
 
思ってもいなかったようなことが始まり、とまどいながらも理由を聞くこともできず。
ただ、その美容師の女性は淡々と作業を進めてゆくのだ。
すぐにその液体、シャンプー液は私の髪の毛全部に行き渡り、次は頭皮のマッサージが始まった。
こんな美容師さん、日本には絶対いないよね、と思うくらい、多分、爪が伸びているのだろう、めちゃくちゃ頭皮が痛いのだ。
すぐに終わるのかと思いきや、いつまでも終わらない、爪を立てたマッサージ。
最初は気持ち良かったのだが、だんだんと刺激が強すぎて、ありえないようなマッサージとなっていったのだ。
 
さらには、シャンプー液を馴染ませた私の髪の毛を思いっ切り天へ向けて引っ張り上げてゆくのだ。
ついに髪の毛が抜けるのではないかと思うくらいの力の入れようだ。
私の髪の毛をその美容師さんは両手でしごきながら、ひたすら引っ張ってゆくのだ。
すると、鏡に映ったのは、私の頭上にまるで東京タワーのようにそびえ立つ、私の髪の毛だった。
一体、これは何の意味があるのだろうか。
不思議でならなかったのだが、それがある意味、完成型だったようだ。
痛さに耐えられなかった、爪を立てたマッサージは、東京タワーの完成を持って終了した。
これは、私の髪の毛と頭皮のためになっているのだろうか、そんなことも考えながら、ようやくシャンプー台で洗い流してもらうこととなったのだ。
 
夫の会社の同僚の奥さんは日本語がカタコトで、私自身の北京語もさほど上手くないので、最初に詳しい説明がなかったので私は驚いたのだが、これは台湾式のシャンプーというものだった。
終わってみると、髪の毛はシャンプーの良い香りが残っていて、心なしかサラサラとしていた。
どんなシャンプーを使っていたのかはわからないが、爪を立てたマッサージや、東京タワーのように髪の毛をしごいて立てたことも、結果、髪の毛には良かったのだろう。
その、初めての台湾式シャンプーは、夫の会社の同僚の奥さんがプレゼントしてくれたのだ。
しっかりと意思の疎通が出来ない二人だったけれども、初めて体験出来たことが嬉しかったことを伝えると、夫の会社の同僚の奥さんも喜んでくれていた。
 
同じアジア圏で、お近くの国の台湾。
それでも、日常にある美容院での施術から、こんなにも違うのかと思うと海外での生活はとても面白いと思った。
海外赴任は、海外旅行とは全く違う。
海外旅行は、数日間、その国の良いところだけを観たり、聞いたり、体験することとなるので、たいていの場合は良い印象しかない。
ところが、海外赴任では、どっぷりと異国の文化の中に浸って生活をすることになるので、相手の国の事情に慣れなくてはいけないのだ。
 
「日本だったら、普通は〇〇なのに……」と言いたくなる人は、行かない方がいい。
 
例えば、電気や水道の不具合を連絡したら、日本ではすぐに対応してくれる。
ところが、海外では数日もかかることだってある。
しかも、納得のいくような修理や対処をしてくれるとは限らず、細やかな日本の会社のサービスがスゴイな、と改めて思うことだってある。
でも、今、いる場所は日本ではないということを再確認して、お国柄の違いを楽しむことが海外赴任のポイントだと思う。
 
海外とは、異文化の国。
日本が正しいと思うこと自体、もう体験に制限をかけてしまうことになっている。
郷に入れば郷に従え、この言葉がより深く落とし込めればいいと思うのだ。
海外赴任で、異国で生活をすると、細かいことを挙げてゆくと全てが日本とはまるで違う。
そこを、いかに楽しめるか、気持ちにゆとりを持って経験出来るかが大切なのだと思う。
 
そういえば、私が30年前に体験した台湾式シャンプー。
少し前に、テレビで紹介されていた。
それは、台北のある美容院で、有名なタレントさんが体験していたのだが、そこでのシャンプーは、東京タワーではなくて、ミッキーマウスやお花などを作っていた。
あれから30年経って、台湾式シャンプーもずいぶん進化したんだなと感心した。
しかも、30年前、私が住んでいた台湾南西部の新竹市は、台湾式シャンプーは確か数十円だったと思う。
まだ拓けていない時代、片田舎のような新竹市は物価も相当に安かったのだ。
ところが、最近の台湾の首都、台北市での台湾式シャンプーは、10000円以上していた。
それでも、台湾での観光の一つの思い出に、台湾式シャンプーをやってみるのもいいのかもしれない。
多分、今の美容師さんは、私が体験した時ほど、爪を立てることなく、もっと快適だろうと思うから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 

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2024-08-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.273

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