週刊READING LIFE vol.275

昭和55年6月26日が、私の人生のターニングポイントだった《週刊READING LIFE Vol.275 人生のターニングポイント》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/8/30/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
タイトル:昭和55年6月26日が、私の人生のターニングポイントだった≪週刊READING LIFE「人生のターニングポイント」≫
記事:青山 一樹(ライターズX)

私が、4歳になろうとしていた時、お絵描きとご飯が、急に苦痛を感じる時間帯になってしまった。それまで左手で使っていたクレヨンとスプーンを、右手で使うように矯正されたからだ。
 
私は、何故これらを左手で使ってはいけないのか? その理由を、幼い私には理解できなかった。左手で使おうとするたびに、母親や保育園の先生から「右手で使いましょうね!」と注意されるようになった。
 
それまで、クレヨンを使って自由に描けていた絵も、右手に矯正された途端、上手く描けなくなった。ある日、塗り絵で遊んでいた時、自分がどの色を使って、どう塗れば良いのか全く分からなくなってしまった。
 
右手を使うことに一生懸命で、しかも隣の子と比べると、私の描いた絵が明らかに下手だというのを実感していた。4歳を迎えようとしていた私は、クレヨンで描く自分の絵の下手さに嫌気が差し、さらにどの色を使って塗れば良いのかも、自分で考えることができなくなっていた。そこで、私は隣の子の色遣いを、そのまま真似して塗った。その時の塗り絵の写真が、今でも残っている。
 
食事も同様に、嫌な時間となった。右手でスプーンを使うと、食べ物を上手に口元へ運べなくなかったからだ。当然、保育園の給食を食べ終えるまでの時間もかかるようになった。友達が食べ終わって外で遊んでいる間も、私は給食を嫌々、口に運び続けていた。スプーンを右手で不器用に使いながら。
 
いつの間にか、私はスプーンを使って食べるご飯よりも、素手で掴んで食べるお菓子の方が好きになっていた。そのため、お菓子を出されるとお腹いっぱい食べ、その後に食べるご飯を残すことが増えた。
 
当時の私は、矯正がスタートした日を知らない。しかし、母親と保育園の先生とのやり取りを残した連絡帳を、大人になった私は見つけてしまった。そして、その連絡帳には次のようなやり取りが残されていた。

 

 

 

母:昨日は、保育園での様子を見させていただきましたが、クレヨンを持つのも給食の時もほとんど左手を使っているのですけども、いつもそうでしょうか。家でも注意しなければ気づかずに、左手でご飯を食べています。また、ハサミを使う時は、ほとんど左手なのですけれど、注意して直した方が、よろしいのでしょうか?
 
保育士:左利きの事ですが、私たちもいろいろな人から話を聞きますと、別に直さなくてもよいとか、字を書く時はやはり右でとか聞きます。私はなるべくなら右手でと思っています。気が付いた時は、直していただくようにしています。
 
母:家でも注意して直すようにしますので、よろしくお願いします。

 

 

 

このやり取りの日付が、昭和55年6月26日だった。この日から、母と保育士の共同作業による、私の利き手の矯正が始まった。そのおかげで、スプーンに加えてお箸も、クレヨンに加え色鉛筆やサインペンも、そしてハサミも右手で使うことができるようになった。まさしく、この日が、私の人生のターニングポイントになった。しかし、まだまだ悪戦苦闘の日は続いた。
 
小学校に入学すると、鉛筆を使う機会が増えた。引き続き、右手で鉛筆を使わなければならない。しかし、利き手とは逆の右手で、ひらがな、カタカナ、数字を書くことは、私にとって非常に難しい作業だった。右利きの友達と比べても、明らかに下手で、しかも筆圧が強かった。自分の思い通りに指が動かず、余計な力を入れて、文字や数字を書いているからだ。そのため、少し文字を書くだけで、指や腕が疲れてしまった。
 
私は次第に、学校の勉強が苦痛になった。文字、数字だけでなく、相変わらず絵も下手だったからだ。元々、左利きの私は、同級生よりも右手を使う量を増やさないと、文字や絵が上手くならない。それにもかかわらず、すぐに手が疲れしまうため、勉強をやめる。いつしか、右利きのクラスメイトより頑張るのではなく、手を抜くことを覚えてしまった。
 
しかし、小学校3年生の時、子どもながら傷つく言葉を耳にすることがあった。「字が汚い」と、担任の先生が、私にではなく私の母に二回も伝えた。その先生は、私のことを思い、母へ直接伝えたのであろう。しかし、当時の私は、先生の優しさを理解できなかった。
 
「先生だって字が下手でしょ! その証拠に習字の授業は、別の先生が教えているじゃないか! 僕のことを下手と言う前に、自分が書く字を上手くしろよ!」という怒りしか覚えなかった。
 
しかし、先生を逆恨みしたところで、自分の字が上手くなるわけない。「この汚い字を何とかしなければ!」と強く思い、母に書道塾に通わせて欲しいと懇願した。母は二つ返事でOKを出し、私は小学3年生の3学期から、3年間、書道塾へ通うことになった。
 
書道塾へ通って良かったことは、文字が上手になるだけではなかった。鉛筆と筆の持ち方が正しくなる。それに加えて、お箸の持ち方も正しくなる。なぜなら、お箸の正しい持ち方は、鉛筆の正しい持ち方を参考にするからだ。更に、お箸の持ち方が正しくなると、ナイフとフォークも綺麗に使うことができるようになった。
 
文字を綺麗に書くことができる、ナイフとフォークを綺麗に使うことができる、それらのメリットを私が、本当の意味で享受したのは、書道を始めて30年後、40歳になる時だった。
 
「あらっ! 綺麗な字!」と一人の女性に言われた。ビジネスセミナーの受付をやっていた私が、その女性の名前を書いた時に。自分が書いた字を褒められるのは、何十年ぶりだろうか? と私は心の中で自分に問いかけた。ここまでパソコンが普及すると、直筆で文字を書く機会が減る。他人が書いた文字だけでなく、自分が書いた文字ですら、何日も見ない日が続いている。
 
私は、その女性に惹かれ、何回か食事に誘った。2回目の食事の時、カツレツを食べる私を見て「ナイフとフォークの使い方が上手いね! 特にフォークの使い方が!」と、今度はカトラリーの使い方を褒めてくれた。
 
「元々、左利きだから、右手で使うナイフより、左手で使うフォークの方が、扱いやすいよ」と私は答えた。「右利きの人は、普段、左手を使う機会が少ないから、フォークを上手に使えないの……」と、彼女は、私のナイフとフォークを使う姿を見て、羨ましそうに言ってくれた。「右利きの人なりの苦労もあるんだな……」と私は心の中で思った。そして、その彼女こそ、今の私の妻である。
 
そう考えると、私の人生のターニングポイントは、やはり昭和55年6月26日だった。その日、母と保育園の先生の間で、クレヨンとスプーンを右手で使わせる取り決めがされなければ。私は、お箸も鉛筆も左手で使っていただろう。
 
小学生の私が、左手を使って鉛筆を使っていても、担任の先生は「字が汚い!」と注意しなかっただろう。「この子は左手を使って書いているから、字が汚いのは当たり前だ」と思われていたに違いない。事実、左手で鉛筆を使っている同級生は何も指摘されてないようだった。そして私も「字が汚い」と母言われなかったのではないだろうか。
 
その結果、書道塾へ通うこともなく、鉛筆や筆、そしてお箸も間違った持ち方で使っていた。更に、ナイフとフォークも左右逆に持って、使っていただろう。そうすると「字が上手い」や「フォークの使い方が上手い」と言われることもなく、出会いを逃していた。
 
今年1月に私たち夫婦の間に、娘が誕生した。まだ、娘の利き手は分からない。もし、私と同じ左利きだったら、鉛筆とお箸を使う時だけは、右手で使うよう矯正するだろうか? 今の時代、利き手の矯正のメリット、デメリットに関する沢山の報告が出ている。
 
日本人の9割が右利きのため、急須・自動改札機・自動販売機・ドアノブ・ペットボトルの蓋など右手で使う方が便利に作られているモノが多い。そのため、左利きの人は右利きに矯正した方が、不便さを感じにくくなる。というメリットを訴える話もある。
 
一方、左利きの人を幼いころから矯正開始すると、脳内に新しい回路を作る過程で混乱が生じるリスクがあると言われている。特に懸念されるのが右と左を間違えやすくなることと、言葉がスムーズに出てこないことである。
 
確かに、私も幼いころ、右と左の区別をつけるのが苦手だった。「お箸を持つのが右!」と教えられることが多いと思うが、左利きの私は、母や保育園の先生に注意されなければ、左手でお箸持ってしまう。両親や先生に何回も教えてもらって、やっと右と左を区別できるようになった。
 
言葉がスムーズに出てこない、という実感はなかった。私は幼いころから、口数が少なかったらしい。それが、矯正による影響なのか、性格によるものなのかは分からない。しかし、私は、営業マンとして、20年以上、顧客との会話を続けて来た。よって、年齢を重ねれば、矯正による言葉の影響は少なくなるものと思われる。
 
そう考えると、もし娘が左利きならば、鉛筆とお箸だけは右手で使うよう、私は娘を矯正するだろう。しかも、綺麗な文字を書けるよう書道塾に通わせる。お箸を綺麗に使えるよう食卓で口うるさく注意する。そのつもりでいる。娘は私のことを嫌いになるかもしれない。
 
しかし、綺麗な文字、綺麗な所作は、周りからの印象を高くする手段である。たった数年間の苦労で、100年以上続く娘の人生が好転するならば、その苦労は無いに等しい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-08-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.275

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