週刊READING LIFE vol.277

想像力の翼を広げて《週刊READING LIFE Vol.277 想像力の翼》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/9/9/公開
記事:ルチア(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「ため息が出る美しさ……」
 
この言葉を聞いて、心の底から嬉しくなりました。
これは、私がフェイスブックでいただいたコメントの一つです。
 
美しい花畑?世界の絶景?宝石?
飾り立てた自撮りへの賞賛……は冗談として
 
それは、一枚の絵です。
 
 
 その絵を描くきっかけとなったのは、ある日突然湧き上がった衝動でした。
思い立ったが吉日とばかりに絵画ショップへ向かい、真っ白なキャンバス2枚と画用紙を購入しました。そして、息子の保育園のお迎えに間に合うギリギリの電車に飛び乗ったのです。
 
 
 私はシングルマザーとして日々を過ごしています。常に仕事に追われる毎日で、息子との時間は仕事が終わった後のわずかな時間に限られています。
この限られた時間の中で、いかに息子とコミュニケーションを取るかが大切だと分かっていながらも、実際は同じことの繰り返しに終始する日々が続いていました。
 
息子はどんどん成長していきます。その姿を横目に見ながら、季節は移り変わり、カレンダーはあっという間に半分以上がめくられていきました。時の流れの速さに、ときに戸惑いを感じることもありました。
 
 
 そんな中、この夏に訪れた特別な瞬間がありました。
仕事で訪れたとある場所に、息子も同行していたのです。一日のほとんどを仕事に費やしていたので、食事の時間くらいしか息子とゆっくり過ごせませんでしたが、幸いにも天候に恵まれ、夕食を一緒に外でとることができました。
 
食事を終えて目にしたのは、水平線から昇る美しい月でした。その光景があまりにも美しかったので、カメラを取り出す余裕すらありませんでした。
代わりに、私は自分の心の中にその景色を焼き付けることにしました。
この瞬間が、後に絵として表現されることになるとは、その時は想像もしていませんでした。
 
 
 チャンスは、キャンバスを購入してから数週間後に訪れました。
台風が進路を変えて私たちの地域に向かってくるという予報が出たのです。
その日は息子の保育園が午前中で終わることになり、私は突然絵を描きたいという強い衝動に駆られました。仕事を後回しにして、2時間ほど集中して2枚の絵を描き上げました。
 
1枚目のキャンバスには、雲の隙間から覗く真っ赤な月を描きました。
それは、あの日息子と一緒に見た月の姿でした。その時、息子はこう言っていました。
 
「お月様、隠れてるね〜。全部は見えないね〜」
 
それに対して私は、
 
「まんまるお月様が見たいときには、そのお月様を心の中で描いてごらん。そのうち二つの目でしっかりと見えるから」
 
と答えました。
 
2枚目のキャンバスには、雲が薄くなり、まるでスポットライトが当たっているかのように明るく大きく輝く満月を描きました。これは、私たちの会話の数分後に実際に目にした光景でした。
 
 
 保育園から帰ってきた息子は、すぐにその絵に気づき、「あのお月様だ!」と大きな声で叫びました。そして、「これは、タワーだね。ここにお船もあったんじゃない?飛行機もとんでいたよ」と、絵の中に映っているものも、映っていないものも、心の中に鮮明に残った記憶を言葉にしていきました。
 
4歳になり、だいぶ会話ができるようになったとはいえ、息子の心の中にある世界は、彼の語彙力の何十倍、何百倍も広がっているのだろうなと思いました。気がつけば、この2枚の絵画だけで30分も会話を楽しんでいました。
 
会話の終盤、息子の視線の先に絵の具があることに気づきました。私は、「あした、一緒に絵を描こうね」と息子に約束しました。翌日は、私たち親子にとってはとても貴重な、1日何の予定もない日でした。
 
 
 いつもぴったり7時に起きる息子が、その日は5分早く起きてきました。起きてすぐは頭が働かないのか、ゆっくりソファに横たわってボーッとしていました。その間に、私はブルーシートや新聞紙を並べて、その上に画用紙を置きました。
 
朝食を終えた後の息子は、私が全ての絵の具の色をパレットに出し終わる前に、すでに絵を描き始めていました。私自身、幼い頃から絵を描くのを楽しんでいたにもかかわらず、大人になってからは、子供に絵の具を扱わせると管理や片付けが大変だと考え、躊躇していました。それでも自分が絵を描きたいときには、こっそりと1人で楽しんでいたのです。
 
しかし、口を尖らせ、集中して絵を描いている息子の姿を見ると、喜びを感じると同時に、今までの自分の行動がわがままだったことを痛感しました。純粋に色を楽しむ息子の姿に、私は心を打たれました。
 
ゆっくりと流れる時間の中で、その贅沢さに幸せを感じながら息子を観察していると、様々なことに気づかされました。
彼が生み出す様々な色は、4歳児にとっては新鮮な一瞬、もう二度と来ない1秒前の世界です。
どんな色が次に出てくるかわからない。でも形なら知っている。「これは、バツだよ」「これはマルだよ」「これはサンカク」と言いながら、知っている形を描いていきました。
 
自分が持つ知識とこれから得る知識を混ぜ合わせながら、どんどん絵が仕上がっていきます。
画用紙いっぱいになったら、また次の絵に取り掛かります。
心にある想像の世界を、絵という実際に見えるものに変えていき、形にしていく。
その作業に終わりはありません。
 
子供の毎日もそんな感じではないでしょうか。いや、きっと子供だけでなく、私たち大人も、1秒として同じ時を過ごすことはないのでしょう。
毎日が同じに見える、という錯覚が壊れた瞬間でした。
 
  
 子育てをしていて、毎日を必死に生きていく中で、時間ばかりが過ぎている気がしていました。でも、そうではなかったのです。想像力の翼を広げて、日々の小さな出来事に目を向けて生活していくことで、一瞬一瞬を大切にできるのだと気づきました。
 
 
 この経験を通して、私は自分自身の中にあった創造性と想像力を再発見しました。それは、息子との時間を通じて呼び覚まされたものでした。絵を描くという単純な行為が、私たちの関係をより深め、新たな対話の扉を開いてくれたのです。
 
同時に、この体験は私に、日常の中に潜む美しさや驚きに気づく大切さを教えてくれました。忙しい毎日の中で見逃しがちな、小さな喜びや発見。それらを意識的に探し、感じ取ることで、生活はより豊かになり、心に余裕が生まれるのです。
 
また、子供の目を通して世界を見ることの大切さも学びました。息子の純粋な好奇心や、物事を見る新鮮な視点は、私自身の固定観念を打ち破り、新たな発想をもたらしてくれました。子育ては、子供を育てるだけでなく、親である私自身も成長させてくれる素晴らしい機会なのだと実感しました。
 
人生における「成長」とは、ただ時間が経過することではなく、新しい経験を通じて自分の世界を広げ、深めていくことなのだと理解しました。息子と一緒に過ごした時間は、まさにそんな成長の機会だったのです。
 
  
 これまでの話は、たった一枚の絵の背景です。
それがわかる人にはわかる、そのことが心から嬉しかったのです。
また、自分も他人の人生の背景にあるものを感じ取れるよう、想像力の翼を広げて、今を丁寧に過ごしていきたいと思います。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ルチア(READING LIFE編集部ライティングX)

 
 

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2024-09-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.277

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