週刊READING LIFE vol.281

秋のはじめのささやかな楽しみ《週刊READING LIFE Vol.281 日常の中の幸せ》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/10/7/公開
記事:亀子美穂(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
タイトル:秋のはじめのささやかな楽しみ《週刊READING LIFE「日常の中の幸せ」》

記事:亀子美穂(ライティングX)

暑すぎた今年の夏も、9月も終わりに近づいて、ようやく終わりが見えてきた。
昼間はまだまだ暑いけれど、朝晩はとても過ごしやすくなった。
秋がゆっくりやってきたのだ。
 
仕事帰りにふらっと立ち寄ったデパートのお菓子売り場に、栗きんとんの特設売り場ができていた。
栗きんとんと言っても、お正月のお節料理に入っているものとは違う。岐阜県の中津川が発祥という、この地方のお菓子。
茹でた栗を裏ごしして、砂糖を加え、茶巾絞りにして栗の形にした、栗そのものの味が味わえる、栗の季節にしか出回らない、素朴だけど上品で奥深い味わいの和菓子だ。
名古屋に来て初めて食べて以来、栗きんとんのとりこになった私は、毎年、それが店頭に並ぶのを心待ちにしていた。
しかし、今年の私は、仕事や家庭の雑事に追われて、季節の到来に心を配る余裕がなかった。
気付いたら、栗きんとんの季節が来ていたのだ!
 
早速、特設売り場に並ぶ商品を見る。
小さな箱。
6個入り1,890円。
栗きんとん1個は、大粒の栗1個ぐらいの大きさ。1口でパクっと食べてしまいそうな大きさだ。
決して安い値段ではない。
同じ金額を出すなら、ケーキのほうがボリュームもあるし、見た目も映える。
一瞬、迷う。
しかし、頭で考えたのとは裏腹に、自然と体が動いて、はっと気付いた時には、すでに財布からお金を出して、商品が入った箱を受け取っていた。
特設売り場を見た以上、私に、買わないという選択肢は存在しなかったのだ。
 
帰りの電車は結構混雑していて座れなかったけれど、あまり疲れを感じなかった。
いつもはのろのろ歩く、駅から家に向かう長い上り坂も、スタスタと歩いた。
「家に着いたら、まずお湯を沸かして、お茶を煎れよう」
帰り道、ずっと、手に下げた紙袋の中に入った栗きんとんの事を考えていた。
 
家に帰り、真っ先に湯沸かしポットに水を入れ、スイッチオン。
お湯が沸くのを待ちながら、テーブルの上に栗きんとんの箱を置いた。
今年初めての栗きんとん。
ワクワクしながら箱を開ける。
6つに仕切られた小さな箱の中に、6個の栗きんとんが、白い和紙でふわっと包まれて並んでいる。
お茶なんて、待ちきれない。
早速1個取り出して、和紙の包みを開けた。
「そうそう。これこれ」
栗の実の形に作られた、上部が絞られてちょっととがった、扁平の楕円のぽってりとした形。
栗の実そのものをつぶして固めただけの菓子なので、薄茶色の中にところどころ小さな塊のような粒も見える。
思わず一口でパクっといってしまいそうなところを、思いとどまる。
味わって食べなくちゃ、もったいない。
かといって、ちまちまとちょっとずつ食べるのもみみっちいし、味わい切れない。
二口で食べることにして、半分かじった。
口の中に、栗の味と香りが広がった。
適度に残った栗の粒の舌触りもいい。
ああ、幸せ。
今年も栗きんとんが食べられて、本当によかった。
 
栗のお菓子はたくさんある。
モンブランも栗ようかんも栗かの子も栗のパフェも好きだけど、一番幸せを感じるのは、シーズン初めに食べた、この栗きんとんに違いない。
 
幸せって、何だろう?
ふわっとした言葉で、何となく口にしているけれど、よくわからない。
ネットで調べた、「満ち足りて、不満がないこと」という言葉の意味はわかるけれど、どうも実感がわかない。
SNSを見ると、キラキラした、自分は幸せですとアピールしている人たちの写真であふれている。
一般的なイメージでは、はお金がたくさんあって、いろいろな所に行ったり、珍しいものを食べたりするセレブな暮らしをしている人とか、美人とイケメンのカップルとかが「幸せ」な人のようだ。
 
私は美人ではないし、いい歳をしたおばちゃんで、マダムと言われるようなセレブではない。
お金持ちはいいなと思う事はあるし、若くて美人な人は楽しいんだろうなと思う事もある。
でも、自分が不幸かというと、そういうわけでもない。
SNSに載っている、フルーツやクリームが盛り盛りのお菓子とか、栗のペーストを五月雨みたいにかけまくるモンブランとかも食べてみたいと思うし、実際に食べに行ったこともある。
それはそれで、気分は上がったし、SNSと同じアングルで写真を撮りまくったりするのも楽しかったけれど、幸せを感じるのは、地味で素朴な栗きんとんを食べた時の方が大きい気がする。
 
1個目の栗きんとんはフライングで食べてしまったので、2個目はちゃんとお茶を煎れてから食べることにした。
お茶と言っても、茶葉にこだわっているわけでもなく、急須に適当に入れて、ポットからお湯をジャーっと入れて、いつもの湯飲みに注いだいつものお茶。まだまだ暑い季節だが、温かいお茶は一口飲むとほっとする。
2個目の栗きんとんはじっくり味わって……と思ったものの、食べ始めたらどんなにゆっくり味わうつもりでも限度があって、食べ終わると、あっけなく食べてしまった気がした。
 
もう1個、どうしよう?
一気に3個も食べてしまうのは、もったいない気がした。
でも、栗きんとんは賞味期限が短いし、この後、夕食の準備をしなくてはいけないから、そのためのエネルギー……などと自分で自分に言い訳しながら、3個目に手を出した。
 
毎日が慌ただしく過ぎていく。
無茶な仕事を押し付けられて憤ったり、ミスをしてへこんだり、人間関係に悩んだり、毎日色々あるものの、大まかに見たら、同じような事の繰り返しの毎日。
でも、そんな中に、ちょっとだけ、こんなささやかな楽しみがあると、頑張っていける。
ものすごく大きな楽しみではないけれど、こういうささやかな楽しみがいくつかあって、そのたびにちょっとワクワクしたり、ほっこりしたりできるのは、とても幸せな事なんじゃないだろうか。
 
それなら毎日栗きんとんを買って帰ればいいかというと、そういう事ではない。
こういう楽しみは、あまり続くと慣れてしまって、それが当たり前になってしまう。
日常の幸せは、さじ加減も大切なのだ。
 
買ってきた残りの3個の栗きんとんは次の日のために取っておくことにした。
きっと明日も仕事の後、帰ってくるのがちょっと楽しみになるだろう。
そう思いながら、夕食の準備にとりかかった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
亀子美穂(ライティングX)

東京都生まれ。愛知県名古屋市在住。
2024年7月にライティング・ゼミを修了し、同年8月よりライティングXに途中合流。

 
 

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2024-10-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.281

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