週刊READING LIFE vol.284

言い訳も、10年続けりゃ役に立つ《週刊READING LIFE Vol.284 物語のような人生》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/11/4/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライティングX READING LIFE公認ライター)
 
 
10年前のこと。
私は、家業である麺類製造工場を閉じた。
理由は色々在るが、御得意先・御取引先には、
 
『諸般の事情と現状を鑑み』
 
と、工場閉鎖の理由を、一般的に差し障りの無い文言で説明し、御理解を給わろうとした。
しかし私の本音は、別に在ったことが事実だ。
 
その核心は、私が家業を好きでは無かったと云うことだ。
 
 
だから私は、工場閉鎖に至る過程に苦痛はなかった。
それ以上に、後悔や未練もなかった。そこに在ったのは、他人様(ひとさま)から後ろ指を刺されないかと云う心配だった。
正確には、私に残されたほんの少しの後ろめたさだけだった。
だから私は、本音を隠し言い訳ばかりを並び立てていた。
 
10年前の3月に、私は家業の工場を停めた。その時期、折よく消費税率が上がった。3%から5%に。
私は渡りに船とばかりに、
 
「消費税率が上がると、販売管理と会計管理システムを更新しなければならないので」
 
とか、
 
「欠損(赤字)が出たのだから、操業を止めれば赤字を出さずに済むと云うこと」
 
と、訳のわからぬ言い訳を並べ立てていた。
本当は、世間様の厳しい目から逃れようとしていたのだ。
 
 
それからと云うもの、私は一人会社に残り、残務整理と借入返済に明け暮れた。
10年経った現在でも、借り入れ返済は続けている。
 
多分周りの方々は、そんな私を見て、
 
「だから、言わんこっちゃ無い」
 
とか、
 
「無謀にも程がある」
 
と、言いたかったことだろう。
本当は、既に言われていたのではと、想像に固く無い。
 
ただ私は、自らを顧みずに述べると、無類の見栄っ張りだ。弱みを見せることを、最大の恥と考えがちな人間だ。
実際、妻にさえも、会社の当座預金残高を見せたことが無い位だ。
仕事で使う車が急に動かなく為った際に、支払うお金が無くて次の車が買えない事を、誰にも打ち明けられずにいた。
 
当然の結果として、私を経済的に助けてくれる人等、殆ど居なかった。
 
 
でも。
日本には、
 
『捨てる神在れば拾う神在り』
 
の、諺がある。
私にも、拾って下さる神、正確には、神様と思える方々が出て下さった。
 
 
家業であった工場を停止した私の処に、知り合いの同業者から麺の製造に関する相談が持ち掛けられた。
続いて、以前の御取引先だった飲食店のオーナーから、新メニューに関する相談や、店内の衛生管理に関する相談が持ち込まれた。
私は、時間が許す限り対応した。正確には、全ての件に関し断ることなく受けた。
 
続けて、友人が紹介してくれ登録して置いた、顧問人材紹介会社から幾つかの案件を頂いた。内容を詳しく書くことは出来ないが、健康食品のベンチャー企業から、製造管理を任された。
家業と同業に為るが、或るラーメンチェーンの自家製麺工場の正常化(黒字化)を委任された。
他にも、旅行業の事業承継に、アドバイスすることもあった。
 
正直なところ、私は少し不思議だった。
何故なら、私は特段のスキルを有した経営者では無かったからだ。
一見すると、単に家業を廃業した無能な社長でしかなかった。
 
 
不思議がって居ても進歩が無いので、私は仕事を紹介して下さった友人や企業に、素直に訊ねてみた。
何故、こんな私に仕事を依頼して下さるのかを。
 
知り合いの同業者は、私の工場から生産される麺類の品質・精度に、憧れていたそうだ。私に訊ねると、何でも教示してくれて、有難かったそうだ。
私にとっては、廃業した技術なので、継続してくれるのならだれでも良かっただけだ。
 
相談を持ち掛けて下さった元・御取引先は、取引中の対応(私の)が良かったと、感想をして下さった。何でも、“一所懸命”“頑張ります”を連呼しない私の態度が、本筋を突いていると感じられたそうだ。
 
紹介会社に推薦してくれた友人は、このまま山田を隠居させたら面白くないと、冗談めかして話してくれた。
 
紹介会社の担当者は、小規模食品製造のコンサルが出来る人は稀だ。更に、事業継承の受け・出し(継承する方と、させる方)双方を経験した人は、簡単には見付からないとも言って下さった。
 
私はこれらも、言い訳の種として使い続けた。都合のいい解釈でしかないことは、私が一番熟知していた。
何しろ、言い訳の第一対象は、考えた自分だからだ。
 
 
私の考えが、良い訳でしかないことは明白だった。
業界では一応、そこそこ知られた存在だった企業の借り入れ残額は、自分一人で返していくには、結構大変な額だ。
会社の財務状況は、火の車だった。時に、自転車操業的に決算を乗り切ったこともあった。
 
私はそれでも、持ち前の見栄っ張りで、その大変さを表に出すことはしなかった。
平然を装うのも、言い訳の一つだったのだ。
 
その一方で、不安は募るばかりだった。
誰にも本当のところを打ち明けられないことが、苦しくて仕方がなかった。
 
 
言い訳をしながら私の自転車操業は、何とか継続し続けた。
そして気が付くと、10年近い歳月が流れていた。
 
昨年の初夏、私の処に或る講座の誘いが来た。
普段なら、舞い込んで来るこうしたセミナー類は全て無視するのだが、その時は違っていた。紹介して下さったのが、現在のコンサル先の関係者だったからだ。
そしてもう一つ、セミナー開催者の主旨が、私に刺さったからだ。
ほんの少しだけ、私にも時間的余裕も出て来ていた。
 
セミナーは、事業再生に特化したものだった。主催するのは、困窮している小規模零細企業を、何とか助けようとする士業の方だ。
それも単に、借り入れを如何こうするといった単純なものではない。企業ではなく、事業内容を継続する様、手助けするものだった。
私は、セミナー主催者の言葉に共鳴し、力に為りたいと直感した。
多分、私が置かれた立場が影響しているのだろう。
私は、その講座を受けることにした。
 
 
“事業再生コンサルタント養成講座”と称するその講座は、想像したより難しいものだった。何しろ、覚えることが多かった。
しかも、抜き打ちのテストも有ったりした。
 
講座が終了した週明け、主催者から一本の架電が有った。
是非共、事業再生コンサルとして力を貸して欲しいとの依頼だった。
想像をしていなかったので、私の返答は少々しどろもどろだった筈だ。しかし私は、その有り難い申し出を快諾した。
コンサルとしての自信は持てなかったが。
 
 
それから、実地でのレクチャーを経て私は、9月に相談会デビューした。
相談会に来られた方が、全て受任させてもらえる訳では無い。中には、任されても再生不能な相談だってあるのだ。
 
私がオンラインで受けた相談は、関西の造園関係の企業経営者からだった。
モニターに映る、私より少し歳下と思われる男性は、如何にも善人といった風貌だった。
私は相談の冒頭に、
 
「初めまして。事業再生専任コンサルタントの山田です」
 
と、自己紹介した。
続けて、
 
「これからの一時間、一先ず日頃の心配事を肩から降ろして、少しだけ安心して下さい。○○さんは、第一歩を踏み出す勇気を御見せに為られたのですから」
 
と、本音で語り始めた。
これは、嘘ではない。
私は、言い訳をしながら現実から逃げ回って来たのだから。
 
更に、
 
「ここ迄、苦しい中で事業を継続されたことは、本当に素晴らしいことです。今日からは、○○さんの事業を何とか継続することを、一緒に考えましょう」
 
と、少しでも相手の気分を前向きにする様な言葉を続けた。
これも全て、私の言い訳に対する、最も嬉しいと思われる文言に過ぎなかった。
 
相談の翌日、相手の社長さんは、直ぐに事業再生を依頼して下さった。
私は嬉しいよりも、何処かホッとした気分だった。
 
 
費用の振り込みが確認された後、セミナー主催者は、何故任せてくれたのを質問した。
 
答えは、私の言葉が嬉しかったそうだ。
特に、褒められたことに感動したそうだ。
 
 
私はただ、続けてきた言い訳を派生しただけだ。
 
それでも、新たな仕事を受任出来たことは事実だ。
 
 
もしかしたら来年には、“事業再生コンサルタント”が、私の筆頭肩書に為っているかも知れない。
 
 
そうなれば、言い訳も、10年続けりゃ役に立つというものかもの証明だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・ライティングX所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

 
 

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2024-10-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.284

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