週刊READING LIFE vol.285

金木犀の香りに酔いしれたい時《週刊READING LIFE Vol.285 懐かしさの正体》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/11/11/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あれ、今年は遅いな……」
 
夏も盛りを過ぎる頃、私が毎年楽しみにしていることがある。
それは、金木犀の香り。
夏の暑さが和らいだころ、どこからともなくその香りが漂ってくると、嬉しい気持ちになってくる。
ところが、今年は長かった酷暑のせいか、その開花は例年よりも1カ月ほど遅かったように思う。
ようやく、10月も終わりに差し掛かった頃、近所のお家の庭先から、甘い香りを放つかわいい花に出会うことが出来た。
なぜ、こんなにも私が心待ちにしているのか。
それは、この香りは私にとっては特別のモノになっているからだ。
 
あれは、私が中学生の頃。
私は公立の学校に通っていたが、わが家はその中学校の校区の一番端っこに位置していた。
当時の中学生だった私の足では、ゆうに35分はかかったのだ。
私は、小学校からの幼なじみの友人と待ち合わせをして、毎朝35分の時間をかけて歩いて通学していた。
その通学路は、それほど大きな川ではないが、ゆるやかに曲線を描く川沿いに続いていて、その先に私たちの中学校があった。
幼なじみの友人とは、朝の通学は毎日、帰宅時もほぼ一緒に帰っていた。
中学生の私たちは、その話題は学校のこと、当時流行っていたテレビ番組のこと、話が尽きることはなかった。
長い通学路も、そんな話で持ちきりとなっていて、楽しい時間でもあった。
 
小学生の頃は、お勉強も運動も自信がなかった私だったのだが、中学校に上がる前には、三学年上の兄の後ろ姿を見ていたので、早くから塾に通い、お勉強、特に英語には自信がついていた。
一つでも誇れるモノがあると、引っ込み思案だった私も、周りの友だちと気軽にしゃべれるようになり、ようやく学生らしい生活を送れるようになっていた。
さらには、教科ごとに先生が変わる授業も新鮮で、その中で理科の先生が大好きだった。
 
その教え方が上手だし、話は面白いし、誠実な先生を尊敬していた。
なので、ますます学校の授業は楽しみだったのだ。
それに、ようやく気になる男子もでき始めたのもこの頃だった。
人生で初めて、私が頑張っていると実感出来た時代。
人生で初めて、生きていて楽しいと思えた時代。
そんな、今思い出しても、意欲的に生き、積極的に行動が出来るようになった初めての時期は、私の人生で最初に輝いた時代だったのかもしれない。
初めて、自分の人生の中で、学生生活が上手く行って、自分自身の気持ちが出せるようになったことも新鮮なことだった。
 
私の通う中学校は、市内の比較的山間部にある土地を開発し、作られた新設校であった。
その通学路である川沿いには桜の木が並び、さらには小高い山には季節ごとに花が咲く木々がたくさんあった。
今思うと、とても自然豊かな環境にあったのだ。
春の桜は見事だったし、沈丁花やくちなしの花の香りも特徴があった。
それでも、その中で、私が最も好きだったのが、金木犀だった。
長い通学路に、何本もあった金木犀の木。
暑かった夏が終わる頃、ほのかな香りを放ち、秋の訪れを一足先に伝えに来てくれるような、そんな存在だった。
私は、毎年、この金木犀の香りに出会うと、いつもあの楽しかった中学校時代が蘇ってくるのだ。
中学を卒業して、もう50年近くも経つことになるのに、金木犀の香りがすると、今でもあの時の楽しかったことを思い出せるのだ。
「ああ、懐かしいな」と、目を細めながら、とても温かい気持ちで心がいっぱいになるのだ。
しばし、50年ほど前の中学校時代を思い出す時間は、私の秋の風物詩のようなものにもなっている。
 
京都大学の研究によると、「懐かしさ」というのには、過去に頻繁に経験したこと(小中学校の通学路・行事・友だち、アニメなど)と、その経験からの長い空白期間(母校訪問、旧友との再会など)によって引き起こされることを明らかにしているそうだ。
「懐かしい」と感じるには、時間が空けばあくほどに、その強さが増してゆくと言われている。
そして、そこから再度その経験をすることによって引き起こされるということらしい。
 
私の場合、どちらかというと、金木犀のような特徴のある香りがきっかけで、五感に響くことによって、「懐かしい」という気持ちがわき起こりその当時を思い出すようだ。
「懐かしさ」というのは、五感から脳に働きかけて、その思い出が蘇ってくるのだろう。
これこそ、人間特有のものなのだと思う。
 
今年の金木犀は、いつもの年よりもずいぶん遅くに開花した。
あの、小さなオレンジ色の花から放たれる、甘く、脳裏を刺激する香りは、今年もまた私をあの頃へと誘ってくれた。
私にとって、懐かしいと思うことは、何度でも思い返したい、良い思い出のモノばかりだ。
それが、まさに私はあの中学校時代のことなのだ。
楽しかった、中学校での思い出が、甘く可憐な金木犀と合わさってセットになって私の心の中に保存されているような気がする。
 
ところが、私はしょっちゅう、このことを思い出しているのではない。
中学校での経験が私の自信となって以降、私は、成長の過程でずいぶんと楽しいことやワクワクすることを経験出来ているからだ。
それでも、こうして金木犀の香りが漂うと、決まって中学時代のことが蘇って来る。
懐かしさの正体とは、何度でも思い出したい、自分の人生においての特別に輝いていた時間なのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。
終活アドバイザー。

 
 

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2024-11-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.285

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