バス路線日本一の街を変えた、”非公認アプリ”の挑戦― 西鉄公式「にしてつバスナビ」誕生秘話 ―《週刊READING LIFE Vol.286 》
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2024/11/18/公開
記事:奥村洋介(READING LIFE編集部ライティングX)
「試しに作ってみたら、思いがけず広がったんです」
株式会社からくりもの代表の岡本氏は、そう謙虚に語る。
現在、福岡市民の日常生活に欠かせないものとなった西日本鉄道(以下、西鉄)の公式アプリ「にしてつバスナビ」の誕生秘話には、一つのベンチャー企業の挑戦と、それを受け入れた地方都市の懐の深さが垣間見える。
福岡市を訪れた人々が最初に驚くのが、街中を走る膨大な数のバスだ。
日本一の保有台数を誇る西鉄バスが、都心部の通りを縦横無尽に走り回っている。
朝夕のラッシュ時には、主要な通りにバスが連なって停車する光景も珍しくない。
年間輸送人員、走行距離ともに日本一を誇るその路線網は、地下鉄網が限定的な福岡市において、市民の足として欠かせない存在となっている。
しかし、この充実した交通網にも大きな課題があった。
それは路線数が多すぎるがゆえの分かりにくさだ。
行き先や時刻表を調べるだけでも一苦労で、特に地域外から訪れた人々にとって、西鉄バスの利用は大きな障壁となっていた。
複雑に入り組んだ路線図を前に、目的地までの最適なルートを探すのは至難の業だった。
この問題を解決したのが、現在「にしてつバスナビ」として知られる公式スマートフォンアプリである。
時刻表、バス停の場所、所要時間などの情報をシンプルに表示し、さらにリアルタイムの遅延情報まで確認できる。
使い勝手の良さから、観光客から地元民まで幅広い層に支持されている。
開発を手がけた株式会社からくりものの代表、岡本氏は長野県の出身だ。
福岡のTwitterを通じた街おこしに関わったことをきっかけに移住を決意。
しかし、便利なはずのバス路線網に、newcomerとして戸惑う日々を送っていた。
「便利なんだが、分かりにくいんですよ」
その経験が、後のアプリ開発の原点となる。
地元の人には当たり前すぎて気づかない不便さを、よそ者だからこそ鋭く感じ取ることができたのだ。
2012年の会社設立後、技術力向上を目的とした合宿で生まれたアイデアが、「バスをさがす福岡」という非公認アプリの開発につながった。
西鉄のウェブサイトから得られる情報を基に作られたこのアプリは、リリースからわずか半年で数千ダウンロードを記録。
口コミで評判が広がり、1年後には6万ダウンロードという、地方発のローカルアプリとしては異例の人気を博した。
アプリの評判は上々だったが、開発者としてはジレンマも抱えていた。
より良いサービスを提供するためには、西鉄が保有する非公開データベースへのアクセスが必要不可欠だったのだ。
「データは欲しいけれど、非公認アプリを作っていることで怒られるかもしれない」
そんな不安を抱えながらも、ユーザーの声に応えたいという使命感から、岡本氏は西鉄への相談を決意する。
恐る恐る臨んだ面談で、担当者から返ってきた意外な一言。
「このアプリ、使いやすくていいですね」
予想していた叱責どころか、むしろ好意的な評価を得られたことに、岡本氏は拍子抜けしたという。
データ提供は運営上の都合で実現しなかったものの、非公認アプリへのお墨付きをもらえただけでも大きな収穫だった。
しかし、話はそれで終わらなかった。
約1ヶ月後、西鉄から「このアプリを公式アプリにできないか」という提案を受けたのだ。
当初は面食らったという岡本氏だが、この提案を快諾。
2013年12月、「にしてつバスナビ」として正式リリースが実現した。
非公認アプリの公式化という極めて珍しいケースとなった。
この成功の背景には、福岡特有の風土がある。
古くから港町として栄えてきた福岡には、新しいものを受け入れるオープンな気質が根付いている。
福岡魚町市場の社員用飲食店で始まった博多ラーメンが大手ラーメンチェーンにより全国に広がたように、アプリ開発会社から地元大手企業に採用されさらなる発展を遂げた好例と言えるだろう。
現在、「にしてつバスナビ」は単なる経路検索アプリを超えて、市民の生活インフラとして欠かせない存在となっている。
アプリを通じて得られる運行データは、アレクサアプリと連携をしてバスの接近通知にも活用され、サービスの向上に貢献している。
このアプリ開発の成功は、福岡という街の持つポテンシャルと、新しいアイデアを受け入れる懐の深さを示している。
地方都市ならではの課題に、テクノロジーで解決策を提示する。
そして、その取り組みが既存の大企業にも認められ、より大きな価値を生み出していく。
実際に、「にしてつバスナビ」は100万ダウンロードとなり2023年には月間アクティブユーザー数が30万人を超え、1日あたりの検索回数は平均で50万回を記録。
観光客の利用も増加し、インバウンド対応の英語対応も進んでいる。
福岡市は2024年、スタートアップ支援のさらなる強化を表明。
高度人材雇用や海外展開の支援をしていきます。
生活者目線で生まれたローカルアプリが、地域の交通インフラを変え、さらなる進化を遂げようとしている。
港町・福岡のオープンな気質は、新たなイノベーションの種を、今日も確実に育んでいるのだ。
□ライターズプロフィール
奥村洋介(READING LIFE編集部ライティングX)
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