週刊READING LIFE vol.286

老いを自覚した60歳はどう生きていけばいいのだろうか《週刊READING LIFE Vol.286 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/11/18/公開
記事:亀子美穂(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「あの子、まだ帰って来ないんだけど、大丈夫かしら?」
夜、8時過ぎ。実家の母からの電話。
母は息子である私の弟と2人で東京で暮らしている。
その日、弟は用事があって名古屋の私の家に来ていて、5時過ぎの新幹線で東京に帰っていったのだった。
母は東京駅にも問い合わせの電話をして、「事故などの連絡はきてません」という通り一遍の回答をもらったらしい。「本当、不親切だわ」と憤慨していた。
「帰る途中で夕食でも食べてるんじゃないの? もう少し待ってみたら?」
「そんな……あの子、1人でお店に入ってご飯食べたりできるかしら?」
「もう、50過ぎたいいおじさんなんだから、1人で夕食ぐらい食べられるでしょ」
「え? あの子、もうそんな年なの?」
 
86歳の母は、昨年夫である私の父を亡くしてから、とんちんかんな事を言う事が多くなった。
母の中では時間の感覚が大分あいまいになっているみたいだ。
50を過ぎた弟も、母にとってはまだ子供のつもりなのかもしれない。
このほかにも、会話をしていると同じ話を何回もしたり、子供と孫の名前を間違えたり、さっきやったことを忘れていたりする。
それでも、医者で検査をしたら、認知機能に異常はないと言われたのだと本人は言い張っている。
年齢相応の衰えだと言うのだ。
 
年齢相応。
老いていくとはこういう事なのだろうか?
単身赴任が多くて不在がちだった父に代わって、家をてきぱきと切り盛りし、子供3人を育て上げたかつての母の姿を知っているだけに、現在の母の状態に愕然とする。
それでも、毎日スーパーに買い物に行って、必要なものをちゃんと買って帰れるし、食事の用意や洗濯もできている母は、認知症などではないのだろう。やはり、年を取ると、この程度の衰えは普通にあることなのかもしれない。
それまで漠然と理解していた「老い」というものが、身近な現実として、私に突き付けられている。
 
それは親が老いていくという現実だけではない。
自分自身もゆくゆくはこのようになっていくのではないかという、恐れのような気持ちでもある。
その恐れは、自分が60歳になってから、さらに強くなっている。
 
「59歳と60歳で、そんなに変わるわけないじゃん」
50代の頃は、そう思っていた。
還暦という言葉は、結構心に重くずしんとのしかかるものではあったけれど、ただの慣例的な行事みたいなものだと思っていた。
しかし、実際に60歳になってみると、それまでとは何かが違うような気がする。
どこがどうというのは難しいのだけど、前とは違うステージに上がったような感じ。
 
それはある日、突然、体の異変として現れた。
階段を上る時、息が切れたりひざが痛かったりするのは以前からの事だったが、下りの時につらさがやってくるようになってしまった。階段を下りる時の衝撃を、膝と腰が受け止められなくなってしまったのだ。
一段降りるたびに膝と腰に痛みが走る。
今では上りよりも下りの階段の方がつらいとすら感じるようになってしまった。最近は下りエスカレーターも大分設置されるようになっているが、まだまだ、上りエスカレーターしかない駅は多い。
膝や腰をいたわりながら、ゆっくり階段を下りるしかない。電車の乗り換えに、以前よりも2、3分多くかかるようになってしまった。
目や耳も衰え始めている。
私はもともと近視で、コンタクトレンズを使っている。50歳になった頃、近視だけのコンタクトレンズでは手元の本などが読みづらくなったので、遠近両用のレンズに代えた。それで問題なく過ごしていたのだが、ある時から、遠近両用コンタクトをしていても近くの文字が見えにくくなってしまった。
結局、今は、本を読む時などは、遠近両用コンタクトを着けている上にさらに老眼鏡をかけないと細かい字が読めなくなってしまった。
耳も衰えている。ちょっと雑音があるような場所では、話をしていても相手の言っていることをよく聞き取れなくなってしまった。
 
老いは確実に私にもやってきつつあるのだ。
若い時は、昨日できなかったことも、今日頑張れば、明日できるようになるかもしれないという希望が持てた。
でも、これからは、昨日普通にできたことも、今日はできなくなっているかもしれない。
 
社会は老人に対して、決してやさしくない。
道は段差だらけで、杖をついて歩くのも大変そうだ。
駅の切符の自動販売機も、ファミレスの注文メニューも、最近は操作が複雑なタッチパネル式のものが増えている。
タッチパネルは老人にやさしくない。
特に冬場、手がガサガサになると、パネルに触っても反応しなかったりする。
反応したと思ったら、触ったところが少しずれていたりして、全然違う画面があらわれて、一からやり直しになってしまったりする。
老人による事故が問題になり、老人に運転免許返納を求める風潮があるけれど、地元の路線バスは不採算で本数が減らされたり廃止されたりしている。老人は外出もままならない。
家でテレビを見ようとしても、新しく作られるテレビ番組は若者向けのものばかりだ。
昨今、若者のテレビ離れが話題になっていて、テレビを持たない若者も増えているというのに、なぜ若者向けの番組ばかり作ろうとするのだろう? 
パソコンやスマホは老眼の目にはきつい。
 
人間の脳は、新しい刺激を受けないと、どんどん衰えていってしまうらしい。
外出するのも大変で、家にいてもテレビドラマの再放送をみるぐらいしかない日々を送ったら、ただでさえ老化して衰える脳みそがさらに衰えてしまうのは確実だ。
 
私は自分の行く末を考えて、暗い気持ちになった。
この先どうやって生きていけばいいのだろう?
 
私のような、パートで働くおばさんですら、こんなことを考えてしまうのだから、長年企業で正社員として働き続けて60歳を迎えた人たちはさらに大変なのだと思う。
かつて60歳といえば定年退職をする年齢だった。
年金受給年齢が65歳に引き上げられて、60歳で完全にサラリーマン生活から離れてしまう人は少ないかもしれないけれど、多くの企業では、60歳定年はそのままで、65歳まで再雇用という制度をとっている。役員などになった一部の人を除いたほとんどの社員が、60歳になったら、それまでの社員生活をリセットされるという事だ。それまでの役職を取り外されて、給料も半分以下になって、勤め続けるのは相当きついと思う。嫌でも60歳以降の人生について考えざるを得ないだろう。
 
決してバラ色とはいえない人生を、生きていかなくてはならない。
人生100年ともいわれる時代、あと40年もある。
衰えていく体と付き合いながら、その日その日を積み重ねていくしかない。
 
でも、考えようによっては、今までとは違う新しい人生を始めるという事でもある。
自分にあるのは今までの経験から得られた知恵とまだまだ頑張るという気力。
それは意外と強いカードなのかもしれない。
それをどう生かしていくかは自分次第だ。
 
60歳からの新しい人生の第一歩として、私は中高年女性向けのサーキットトレーニングのジムに入会した。
少しでも体力が衰えるスピードを遅らせるように。
何をするにもまずは健康第一。
老いとうまく折り合いをつけていくうちに、新しい何かが見つかるかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
亀子美穂(READING LIFE編集部ライティングX)

東京都生まれ。愛知県名古屋市在住。
2024年7月にライティング・ゼミを修了し、同年8月よりライティングXに途中合流。


 
 

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2024-11-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.286

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