週刊READING LIFE vol.292

新に始めた仕事は、とても苦しい。しかし、ネタの宝庫だ《週刊READING LIFE Vol.292 新しい働き方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/1/6/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライティングX READING LIFE公認ライター)
 
 
この12月に入って、新しい仕事を始めた。
 
『定年を迎えている歳で……』
 
との声が聞こえて来る。
 
しかしそこには、其れ為りの理由が有るのだ。
 
私の社会的肩書は一応、“社長”だ。もう少し噛み砕くと、“事業経営者”と為る。
しかし正確には、“個人事業主”又は“フリーランス”と為るし、その方が解り易いかも知れない。
 
実際には、私一人しか在籍していない会社だ。私が高齢者の領域に入った現在は、会社を解散(清算・閉鎖)した方が早道なのも事実だ。
しかし、そう簡単に行かないのは、工場を操業して居た際の借入金(負債)が残って居るからだ。
リスケしながらも、何とか借り入れを返済しなければ、私は死んでも死にきれないのが実情なのだ。
 
 
そんな私だが現在、幾つかのコンサル案件を受任しながら、細々と会社を維持し続けている。
今年(2024年)の9月末に、大きな案件に目途が付いた。これ迄、最も時間を使って居た案件だ。
当然の結果として、時間が空くと云うことは、会社の売り上げが減ることと為る。
このままでは立ち行かなくなるので、一先ずの案件を私は探し始めた。
 
私は現在も、公的年金を受け取っていない。厚生年金を満額払い済みではあるものの、支給金額は、同年代のサラリーマン程迄高くはない。
何故なら、経営する会社の事情で、自分の給与を安く抑え込んでいたからだ。
この辺りの事は、小規模で自分で会社を経営している者なら、誰でも行っている行為だ。
何故なら、社会保険料の半額を会社が負担しなければ為らないからだ。これは、経費削減を第一と考える私の思想に反する行為だ。私は無い知恵を絞って、可能な限り自分の給与を低減させてきた。
その結果、自業自得ではあるものの、私の厚生年金支給金額は、最低基準の金額しか無く為った。こなると当然の判断として、年金受給を先延ばしし、割り増し受給を選択した。
もし、年金を受け取り切らず私があの世へ旅立ったら、
 
『目先の金額に目が眩んで』
 
と、私のことを笑ってやって下さい。
 
 
この様に社会保険の事情で、私は通常のサラリーマンとして勤務が出来ない。正確には、勤務できないことは無いが、社会保険を二重に払うことと為る。いわゆる、‘無為払い’だ。私にとっても、雇い側にとっても。
 
従って、これ迄もそうだったが、私は“業務委託”と云う形でしか仕事を受けることが出来ない。言い換えると“請け負い”だ。
もしくは、所得税は納めるものの、‘パート’・‘アルバイト’ならば勤務可能だ。
 
もう、我儘を言って居られる年齢ではないが、私は有る仕事の募集に応募した。
それは、このところ話題に為っている『ライドシェア』という仕事だ。
 
『ライドシェア』に関して、少し説明させて頂く。
この制度は、アメリカで始まった。タクシーの代わりに、自分の車で御客様を送る仕事だ。
アメリカでは、“ウーバー”が有名だ。日本で“ウーバー”と云うと、飲食物を運んでくれる、背中には小型の黒いリュックを背負った配達員を想い浮かべることだろう。しかしそれは、ライドシェア“ウーバー”の派生型で、正確には“ウーバー・イーツ”と云わねば為らない。
 
日本では、“ウーバー”を導入するに当たり、既存のタクシー会社が基と為り、新たな『ライドシェア制度』が出来上がった。
これが今回、私が新たに始めた仕事と為ったのだ。
 
『日本型ライドシェア』は、自分の車で仕事が出来る上、タクシー乗務には必須だった‘二種免許’が不要だ。
従って、講習と健康診断を受けさえすれば、直ぐに仕事をすることが可能だ。何せ、走らせるのは自分の車なのだ。
 
但し一つ、制約が在る。
それは、週に20時間しか仕事が出来ないことだ。社会保険が義務と為らない範囲に、仕事を収めなければ為らないからだ。
先日の選挙で話題と為った“106万円(103万円ではない)の壁”と同じ条件だ。
 
その様な訳で『ライドシェア』を、私は始めることと為った。
条件が、丁度良かったからだ。時給だって、悪くはない。
シフトだって、業務1時間前迄、変更可能なのだ。
 
私は車の運転を全く苦にしない。
むしろ、運転以外に特技が無いと云っても過言ではない。
 
一点だけ問題と為ったのは、勤務時間が平日の午前7時~11時と云うことだ。
これは、流しのタクシーが足りなくなる時間だからだ。
私にとって平日の午前中は、在宅で各種連絡待ちの時間に為ることが多いので、好都合であることは間違い無かった。
しかし私は、‘超’が付く夜型人間なので、早朝から仕事をすることに躊躇せざるを得なかったのだ。
 
その為、私は早起きをする対応策を考えた。
答えはあっさりと出て来た。自分が年齢を重ねていて、初めて良かったと思えた。
 
少々、尾籠な話と為り恐縮。
人間誰でも年齢を重ねると、トイレが近く為って仕舞う。寝ている間に尿意をもよおすと、実に邪魔くさいものだ。
しかし私は、それを逆手に取り、尿意で何としても起きなければ為らない状況を作ることにしたのだ。寝る前にトイレに行かず、反対にコーヒーを飲んだりする。翌早朝には、効果てきめん。寒さも厭わず、布団から抜け出すことに成功出来たのだ。
 
 
こうして今月から、私は‘パートタイム’の『ライドシェア』ドライバーと為った。
乗せる御客さんは、街中を流さずとも、アプリが集めてくれる。私はアプリの指示通り、迎えに行けば良いのだ。
しかも、決済はアプリに連動したクレジットが行ってくれる。現金でのやり取りは無い。同時に、私が釣銭を用意する必要もない。
 
本来は、都内の道ならナビを必要としない私だが、この仕事中はナビに従うことにしている。講習でそう指導されたからだ。
自分の好みでは無い道で車を走らせることは、少々窮屈だ。
 
他にも講習で、必要以外事を御客さんに話しかけては為らないと教えられた。
根が御喋りなたちの私にとって、これが大変苦しい。初見の方と、狭い空間にいると思うと、思わず、
 
「寒く為りましたねぇ」
 
等と、思わず話し掛けたくなる。
無言で居ることに、閉塞を感じるからだ。
 
しかしそこは、指導通り押し黙っている。
考えてみれば、御客さんが若い女性だった場合等、見知らぬオッサンに話し掛けられるのは、不快以外の何物でも無いだろうからだ。
 
 
意外なことに、『ライドシェア』を使う方に、女性が多い。私はてっきり、見ず知らずの男の車に乗るのは、女性にとって躊躇するだろうと考えていたからだ。
しかし実際はその反対で、朝の乗客はその殆どが女性だ。それも、若い世代の。
そして若い女性は思いの外、気さくに話し掛けて来たりする。
例えば、
 
「この道は、何と云う名前ですか?」
 
等だ。
 
これが男性、特に中高年と為ると頂けない。
話し掛けて来ることも、
 
「この仕事(ライドシェア)、儲かるの?」
 
とか、
 
「他にも、仕事しているの?」
 
と、云った具合の事だ。
中には、
 
「何で、こんな仕事しているの?」
 
と、云った、少々ムカツク問い掛けも有ったりする。
マッタク、思わず、
 
『放っといてくれ!』
 
と、言いたく為る。
勿論、言ったりしないが。
 
それでも時には、男性客同士の会話で、嬉しく為ることも有る。
乗り込んで来た男性二人の内、若い方の男性が、
 
「未だ話していなかったのですが、先日結婚したんですよ。先輩は、結婚何年目ですか?」
 
と、話し始めたのだ。
私は思わず、
 
「私は来年、結婚40年です」
 
と、言いそうに為って仕舞った。
 
その後、男性客二人はひとしきり、男性にとっての結婚生活の厳しさを語り合っていた。
私も思わず、前を向きながら頷いていた。
 
 
多くの女性客には、共通した特徴が有る。
私の車に乗り込むや否や、メイクを始めるのだ。
私は、後部座席を覗かない様に注意しながら、
 
『メイク時間もない程、眼りたいのだなぁ』
 
と、考えたりする。
実際、車内でメイクをする女性の殆どは、メイクが完了すると眠りに落ちる。
余程、ハードな仕事をしている証拠だ。
私は御客さんの降り際に、必ず、
 
「御忘れ物の無き様」
 
と、注意喚起する。
メイク道具は数が多く、落とし易いからだ。
 
 
事程左様に、『ライドシェア』の仕事は私にとって、苦しいことが有る。
しかし、こうした記事にするネタの宝庫でもある。
これから暫くは、記事のネタの為にも、この仕事を続けようと私は考えている。
 
他の業務に、影響も少ないし。
 
 
興味本位で始めた『ライドシェア』と云う新しい仕事。
必須だが苦手の早起きも、何とか遅刻することなく一か月が経とうとしている。
 
この年末年始、大晦日も元日も、仕事をすることにしている。
製麺屋をしている時は、大晦日の仕事は必須だったし、元日は昼まで寝て仕舞って居るのだから。
 
 
それにもう一つ、早起きをする様に為って発見が有ったのだ。
 
それは、冬至を挟んで、微妙に日の出時間が変わることだ。
そして、徐々に日の出の位置が北に上がるのだ。
毎日、同じ時間に同じ場所を通過するので、こんな事に気が付く様に為ったのだ。
 
 
これ迄は、日の出のこと等、気にしたことが無かった。
 
これからは、こうした季節の移ろいを、楽しんでみることにする。
 
 
寒い事には、変わりないけどね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・ライティングX所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

 
 

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2024-12-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.292

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