和解までのカウントダウン《週刊READING LIFE Vol.293 今年見るべきコンテンツ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「新・ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/1/20/公開
記事:かたせひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「ごちそうさまー」
ああ、もう胃袋の中に消えてしまったか。今日もたった15分で終わってしまった……。
この料理を作るのにどれだけの時間をかけただろう。
献立を考え、食材を買いに出かけ、帰ってきたら冷蔵庫に入れる。そして食材を取り出し、洗って切って炒めて皿に乗せるまで、食べる時間の何倍もの時間がかかっている。
多くの時間とエネルギーを費やした料理がたった15分で消えてしまう。急いで食べたら10分でなくなるだろう。
要領が悪いのは自覚している。ただ、料理に費やした時間と、その料理を消費する時間を比べると、その差にため息が出る。まるで時間が一瞬で無駄になったような気がして、がっかりする。
更に片づけの時間が加わることを考えると、やるせない気持ちがこみ上げてくる。
私は料理が苦手だ。
本当は「苦手」という言葉はあまり使いたくない。自分に苦手意識を植え付けて、暗示をかけるような気がするからだ。
「苦手」の代わりに「慣れていない」と言った方が良い、と誰かに教わったことがある。「慣れれば苦手ではなくなる」と。
でも、親元を離れてからかれこれ30年、料理をしてきた。
「慣れた」と言える範囲にはとっくに入っているはずだ。それなのに、苦手なのは変わらない。
どうやら「慣れていない」から苦手なわけではないようだ。私の料理への苦手意識は、消えるどころか、年々強くなっているような気さえする。どうしてだろう?
まず、料理には終わりがない。
朝ごはんを作って片付けたかと思うと、すぐに昼ごはんの時間になる。昼ごはんを作り、片付ける。そして、ほっと一息つく暇もなく、やがて晩ごはんの時間がやってくる。
朝昼晩、毎日3回のルーチンを繰り返す日々は、まるで無限ループに囚われているかのようだ。回し車を延々と走り続けるハムスターが思い浮かぶ。カラカラカラーー……。
そして料理は、目に見える成果が残らず、すぐに消えてしまうからだと思う。
例えば掃除や洗濯は、終わった後に部屋がきれいになったり、衣類が整頓されていたりして、成果が目に見える形で残る。
それに対して料理はどうだろう。作ったものも、食べてしまえば胃袋に一瞬で消えてしまい、形として何も残らない。そのはかなさが「いと悪し」なのだ。
私は「食」に強いこだわりがあるわけではない。
たまには美味しいものを食べたいとは思うけれど、基本的には栄養を摂取できればそれで良い。
栄養摂取モードの日が8割、美食摂取モードの日が2割と言ったところだろうか。
もし自分一人だったら、きっと毎日簡単に済ませているだろう。
でも、家族と自分の健康を考えると、栄養が偏りがちな総菜や外食ばかりに頼るわけにもいかない。
だから、渋々ではあるものの、毎日キッチンに立つ。
でも、この料理に費やす時間とエネルギーを、別のことに使えたらどんなに良いだろうと思う。
この野菜を切る時間で、メール一本返せるのに。
この味噌汁を作る時間で、あの本の続きを読めるのに。
こんなことを考えながら料理をしていたら、料理を好きになるわけがない。
毎日「嫌だなぁ」と思う瞬間が必ず訪れるのは、考えてみると結構なストレスだ。
1日3回、渋々重い腰を上げて料理に取り掛かる。
憂鬱な気分で会社に出社する月曜の朝を、1日の中で3回体験するようなものだ。
よく今までストレスで血尿が出なかったと思う。メンタルを病むこともなく、キッチンに立ち続ける自分が、誇らしくさえ思えてくる。
しかし、このままずっとこんな調子で逃げてばかりでいいのだろうか?
嫌なことから逃げて、「いかに料理の手を抜くか」だけを考え、その場しのぎにしていいのだろうか?
私は今50代。これから先、あと10年、20年は料理を作ることになるだろう。
その10年か20年を、「嫌々ながら」の姿勢で続けていくのか?
毎日「嫌だなぁ」と思う時間を、確保し続けるのか?
思えば、特にここ10年ほどは料理へのイヤイヤ期が続いている気がする。
おそらく、年齢とともに徐々に自分の処理速度も落ちているのも影響しているのだろう。
昔なら、力技で複数のタスクをこなしていたけれど、年齢を重ねるにつれてそれが難しくなってきているのを感じる。
だから、苦手な料理に対して「この時間がもったいない、料理する時間で他のことができるのに!」という気持ちが生まれ、料理に対してどうしてもネガティブな感情が強くなっていった。料理を嫌い、料理と喧嘩してきたわけだ。
喧嘩していても、いいことなんてないよなぁ……できることなら、仲良くしていきたいものだ。
私は初めて、この問題に正面から向き合うことに決めた。
日に3度「嫌だ」と思う時間を、「好き」や「やりたい」とまではいかなくても、せめて「普通」にしたい。負の感情を抱かずに、例えば歯磨きやお風呂に入るように、日常の一部として淡々と処理できるようになれば、どんなにストレスが減るだろう。
自分の中の「嫌」を減らすことで、相対的に幸福度も上がるかもしれない。
私は、具体的に料理のどこが嫌なのかを考えてみた。
料理には様々な工程がある。細かく見ていけば「ここだ!」という箇所が特定できるに違いない。
ざっと工程を洗い出してみると……。
まず献立を考え、冷蔵庫をチェックして足りないものをリストアップ。
その後、買い物に出かけ、帰宅後に食材を冷蔵庫にしまい、今度は切ったり、煮たり、炒めたり。
次に盛り付けて食べ、食器を洗い、最後に片づける。
大まかに書いただけでも、これだけの工程がある。毎日、この繰り返しをしていると思うと、その大変さが改めて実感できる。
料理は掃除や洗濯のように単純な工程ではない。予算や家族の好み、栄養バランスを考慮しながら進めなければならない。
料理をする人たちには、頭が下がる。これだけ複雑で数多くの工程を毎日繰り返し、しかもその成果はあっという間に胃袋に流し込まれ、消えてしまうのだから。
さて、こうして洗い出してみて、それぞれの工程に○×をつけて自分の好き嫌いをあぶり出してみた。
そうして見えてきたものは……。
私が最も嫌な作業は「献立を作る」ことだった。
冷蔵庫にある食材を無駄なく使い、家族の好みや栄養、予算を考慮しながらメニューを決める。これが私にとっては一番の壁だった。つまり、料理の最初の工程で壁にぶち当たっていたのだ。
毎回、うんうん唸りながら、献立を作っていた。
1回分だけならまだ何とかなる。しかし、大抵は2日分、3日分とまとめて考える。そうすると私の唸る時間は倍々で増えていく。
パズルを組み合わせるかのように、「これでもない」「あれでもない」とメモを何度も消しては書き直し、ようやく献立を決めていた。
そして、やっとの思いで献立を考え終えたら、次は買い出し。
まずは冷蔵庫を開けて、足りない食材をリストアップする作業が待っている。
「ネギはある」「ハムはない」などと確認しながら、買い出しメモに書き足していく……。
読んでいるだけで、すでにうんざりしてきますよね?
実際にやっている私は、もっとうんざりして深いため息をついているのです……。
しかし、うんざりの度合いが大きければ大きいほど、改善の余地も大きいはずだ。谷が深いほど、跳ね返りも大きい。
この献立作りの部分にメスを入れてみるのが良さそうだ。
しばらく考えて、私ははたと気づいた。
これまで自分が見てきたコンテンツが間違っていたのではないかと。
献立を作る。だから、レシピを探さなくては、と考えてレシピサイトを見ていた。しかし、レシピを探すというのは、ある程度何かを作りたいという絞り込みが出来ている人が見るものではないだろうか。
「牛肉を使った料理」とか「丼もの」とか、何かしらの作りたいキーワードがある。
けれど、私はそもそも「作りたい」という意欲自体がないのだから(「食べたい」はあるが)、見るコンテンツが間違っていたのだ。
なるほど、だからレシピサイトを見てもピンとくるものがなく、ただダラダラとスマホの画面をスクロールしていたわけだ。まるで、何が欲しいのかイメージが全く浮かばないのに、「バーゲンだから」と洋服売り場をウロウロ歩いているのと同じだ。
結局、これといった作りたいレシピも見つからず、時間だけが無駄に過ぎていくというのを繰り返していた。
私は「レシピを探す」ではなく「献立を作る」という切り口で、サイトやアプリを探してみることにした。
「お願いです。イチから献立を作ってください!」「もちろんです! お任せください!」という献立作成に特化したコンテンツを見つければいいのだ。
今はAIの時代。献立を作成してくれるサイトなんていくらでもあるに違いない。
私は解決の糸口を見つけた気がして、少しワクワクした気持ちで、献立作りお助けコンテンツを探してみた。
それは普段の「さて取り掛かるか……」と重い腰を上げるような気持ちとは全く違っていた。
探してみると、出るわ、出るわ。灯台下暗しとはこれいかに。こんなに多くの献立作成用のサイトやアプリがあるなんて!
ああ、どうして今まで気づかなかったんだろう。苦手意識は、対象物を無意識のうちに排除するものらしい。今まで食わず嫌いで料理関係のコンテンツから目を背けていたけれど、だいぶ損してきたのかもしれない。
ま、ここから挽回すればいいか。
そして、私は数あるアプリの中から、ピンと来た献立作成アプリを使ってみることにした。
これがまあ、びっくりするほど素晴らしいものだった。甘えようと思えば、どこまでもAIに甘えられる。
日々の献立はもちろん、1週間分の献立だってチャチャッと作ってくれる。そして、「この献立は気に入らない。別の献立をお願い」とワガママを言っても、瞬時に別の1週間分の献立を提示してくれるのだ。
更に、買い出しリストまでご用意してくれるという、痒い所に手が届くホスピタリティの高さ。
レシピサイトや料理本に記載されている材料の人数は統一されていない。2人分で表記しているものもあれば、4人分で表記しているものもある。だから人数に合わせて計算しなければならなかった。
アプリでは人数を指定すると一瞬で人数分の食材を表示してくれる。至れり尽くせりだ。
スマホに向かって「一生ついていきます!」と言い出しそうになった。
この買い物リストを見ながら、食材を買いに行けばいいので、手書きのメモともおさらばできた。
今までせっかく書いたメモを忘れてしまうことが何度もあった。内容を思い出しながら買い物をして、自宅に帰って答え合わせをするという自作脳トレを繰り返してきた。でも、スマホなら必ず持ち歩くので、もうそんな脳トレもしなくて済む。
AIが人間に取って代わる時代が来ると言われているが、「どうぞ、どうぞ。ぜひ取って代わってください」とこちらからお願いしたいくらいだ。
そして、私は料理を作ること自体はそんなに苦じゃないこともわかった。
これほど料理への苦手意識が強い私でも、料理教室に通っていた時期があった。その時は、苦手意識もなく、むしろ料理を楽しんでいた。
なぜ? 答えは簡単。料理教室では献立が決まっていたからだ。
なるほど、私は「これを作ってね」と指示されれば、「イエッサー」とそこそこ手際よく作ることができる。要するに、料理に関しては指示待ち人間で満足なのだ。
こうして献立作成アプリを使うようになって、料理への抵抗感がだいぶ和らいできた。
今まで料理のコンテンツは苦手意識から素通りしていたが、こうして目を向けてみることで、少しずつ、確実に料理に対する壁が低くなってきた。
他にも様々な料理のコンテンツを使いこなせば、苦手が普通になり、もしかしたら好きに変化するかもしれない。
苦手な分野のコンテンツこそ、一度触れてみる価値がある。そこには、自分の苦手や嫌いを減らすきっかけが隠れている。
一歩踏み込むことで、新しい世界が開く可能性がある。それは人生をより豊かにする第一歩なのかもしれない。
料理だけじゃない。これまで避けてきたことすべてに同じことが言えるだろう。
好きな分野よりも、むしろ苦手な分野にこそ未知の何かが待っている。うん、今年はこれだ。
ずっと喧嘩していた料理との和解も、きっとそう遠くない。そう思えた。
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00