電車では絶対読めない文学賞受賞作家の抱腹絶倒エッセイ集を是非読んで欲しい《週刊READING LIFE Vol.293 今年見るべきコンテンツ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「新・ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/1/20/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
きっかけは、X(旧Twitter)でのフォロワーさんのつぶやきだった。
「あーーーーーーー!! 楽しかった!! 笑いすぎて息できんくて何度も止まりました」
というテンション高めの文章が、笑い転げて泣いちゃってる顔文字と一緒に踊っていた。すぐ下には画像の添付があり、本が三冊載っていた。
朝井リョウさんのエッセイ集「ゆとり 三部作」である。
このフォロワーさんは日頃から常に読書に勤しんでおり、時間があればついスマホをスクロールして時間を溶かす私からしたら「尊敬」の二文字でしかないのだが、難しい本も含めてとにかく量をたくさん読んでいるフォロワーさんだからこそ、このつぶやきは信頼に値した。
そんなに面白いの!?
息できんくらい!?!?
小難しい話は苦手だが、面白い話がとにかく大好きな私は「必ず読む」と心に決めた。
まず、朝井リョウさんの「ゆとりシリーズ」で一貫している事は、作者本人が自分をサゲにサゲていることだ。
朝井さんは、自分のことを「馬面猫背胴長短足男」などと揶揄し、とにかく文面のあらゆる箇所から(こんな自分みたいなもんが)という、一見すると自己肯定感が世界一低そうな男を演出している。
この彼のやり方に読者はあっという間に『朝井ワールド』に引き込まれていくのだ。
なんだ、私と別に変わらないじゃん。
朝井リョウにもこんなアホな一面があるのかよ。
ウケる、うそでしょ、いくらなんでもアホ過ぎない??
などなど、きっとこのエッセイ集をひとたび読み始めれば、人間臭くてアホ全開でそれでいてどうにも憎めないこの若者と友達にでもなったような気にさせる。もしかしたら「しっかりしろよ」と少し先輩面してしまいそうな危険性もはらんでいるくらいだ。
それくらいエピソードの一つ一つが爆発的な面白さなのである。
でも、冷静になってよく考えてほしい。
朝井リョウが世間的にもどれだけイケてる若者なのかということを。
まず早稲田大学在学中に「桐島、部活やめるってよ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー、その後「何者」で直木賞を受賞した。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少だった。その後の活躍はみなさんもご存知の通りであり、最近では著書の「正欲」が映画化されヒットした。
若いうちに芽が出て第一線で活躍し続けるというのは、同じ作家のなかでも何割のひとが達成できることなのであろうか。
イケてる事実はこれだけにあらず、馬面猫背というどう考えたって陰キャを想像しそうな容姿からは想像もつかないほどアクティブでハツラツとした経歴なのである。
高校時代はバレー部という運動部のなかでも花形の類に属し、体育祭の応援団長を務めたとあるではないか。
これが陽キャじゃなかったら何なのだ。
私の記憶の中で体育祭の応援団長といえば、炎天下のなか生徒たちをリードするために声を張り、黒く焼けた上腕二頭筋を汗で光らせながら、大きな旗を振ったりする。
そして、体育祭が無事に閉会すると、序盤から熱き視線を送っていた女子たちに目をハートにしながら囲まれて一緒に写真を撮ったりするのだ。
しかも、大学時代にはストリートダンスのサークルで活動をしている。作家志望者の多い学部に所属していたので、あえて作家志望者がバカにするようなサークルに所属したとご本人は言っているが、理由は何であれストリートダンスを軽く踊れる若者は結局イケてる、と踊れない私は思ってしまうのである。
もう一度言う。
これが陽キャじゃなかったら何なのだ。
高学歴で仕事がデキて運動もできる。
しかし、朝井リョウの本当のすごいところはこの先に存在する。
どこからどう見ても人がうらやむ若者としてこの世界に生きているのに、エッセイ集のなかでは高スペックの一切合切をかなぐり捨て、アホで間抜けでどうしようもない愛しい若者として存在している。
これが、朝井リョウのエッセイの魅力だ。
一緒に仕事をする立場の方々にはきっと「先生」などというトップクラスの敬称で呼ばれているであろうことなんか微塵も感じさせない。
三部作は時をかけて書かれているので、アホな若者なりの成長やあの時の人物とのその後なんかが伺いしれてより親密さを感じる作りとなっている。
エッセイは『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』の三部作で構成されており、担当編集によるとタイトルには「ゆとり世代の著者が子供のころから今にいたるまで、変わりばえせず、馬鹿馬鹿しく可笑しい日常を過ごしている、というようなニュアンス」が込められている、とあった。
もちろん、おわかりの通り、タイトルは往年の名作から拝借しており、そんなところもふざけていて読者の関心を引き寄せる。
一部の『時をかけるゆとり』は著者の大学生時代の話だ。
病名に触れてはいないが、おそらく過敏性腸症候群と思われる症状を携えて登場するのだが、冒頭いきなり窮地に追い込まれた著者が、誰なのか名前も知らないおじさんに頼んでよそさまのお宅で大便をぶっ放すという偉業を見せる。
便意をもよおした瞬間のことを、「殺し屋が、す、と銃を構えた時のように」と表現してあって笑った。便意のことを書いているということを、一瞬忘れそうになる。
エピソードがアホであるうえに、その次々と繰り出される比喩表現がもう本当にうまくて、よくこんなこと思いつくなとプロの技に脱帽させられるのである。しかも一見シリアスにも取れそうな症状のことを心情と共にリアルにお伝えしてくるその様子は「俺はもうかっこいいと思われなくても構わない!!」という確固たる意思を見せつけられるのだ。
また文章の緩急がジェットコースターのようで、お笑い芸人が漫才のなかで用意する「ここ笑うとこですよ」というオチの部分が何回も何回も出てくる。
全編がゆるいエピソードなだけに完全に気を抜いて読んでいると、思わず「ブッ!!」と吹き出してしまう。私がこれを読み始めた際、あまりにも声をあげて笑うので、普段なら「君は君、僕は僕」のスタンスの夫が「そんなに面白い!? ねぇ何読んでるの??」と聞いてきたくらいだ。
もうひとつの魅力として「人に振り回される系キャラクター」というのが挙げられる。
美容室のカットモデルになった際には「顔のフォルムが長い」だの「後頭部に欠損(ハゲ)がある」だの言いたい放題言われてしまうし、マックでは下半身が黒タイツのみのおじさんに話しかけられてロックオンされ、しかもクイズまで出題されてしまうという珍事が起きる。そして黒タイツおじさんに間違った答えを言って叱られる。なかなかの珍事だ。普通に日常を過ごしていたら起こりそうもない珍事が次々朝井リョウを襲う。この数がなかなかすごいのだ。
きっと腰が低くて丁寧な感じを「断れない」と勘違いした人たちが朝井リョウのまわりに発生するのかもしれない、などと思う。
スルーしたりなんとなくぼやかしたりする事もできそうな場面でも、人がいい彼は結局真っ向から向き合うことになってしまい、それが面白い事件へと発展する。
二部の『時をかけるゆとり』は一部で出てきた眼科医との話の続きがあるのだが、この眼科医というのがひどく曲者でキャラが濃い。一度行った眼科をネットで検索した著者が目にした証言は「私が診察室に入ったとき、あの人はデリバリーピザを食べていました(20歳・学生・男)」というもので、これが本当だったらまじでヤバい医者である。そんなヤバい医者とひょんなことから眼科を抜け出して一緒にランチをしに行くくだりがあり、これもまた相手が朝井リョウさんだからこそ生まれたエピソードなのではという気にさせる。
クールな性格で何事にも動じない堂々としたタイプだったら、患者を置いてきぼりにしている眼科医と昼食を取りにいったりしないだろう。
さらには、エピソードの中にはちょいちょい女の子たちが登場するのだが、彼のすごいところは絶対に「モテ」を読者に意識させないことである。ぼんやりとした生ぬるいアホな男子学生というキャラクターを徹頭徹尾守っており、本当だったらキラキラとした恋のひとつやふたつ必ずありそうなところを完全に隠しているのである。
この高々に掲げた「我、非モテにあり」というスローガンのようなものが、この作品を読むすべての者に浸透し、ゆえに「彼とは友達になれそう」と思わせるのかもしれない。
読みながら読者をうならせるのは、一瞬たりとも素に戻らせないほど朝井ワールドに没入させる技の数々であり、それが至極自然な流れで行われるあまりに本当はすごい人だということを忘れさせる。
では朝井リョウさんの作品はエッセイしか読んだことがないのかと問われればそんなことも無く、会社員時代本好きな社長に呼ばれ「君、これだけは読みなさい」と一冊の本を渡されたが、それが当時、直木賞を受賞したばかりの「何者」であった。本来読書がなかなか進まない私も、社長に言われた手前読まずに返すわけにもいかず読み始めたわけであるが、就活中の学生たちの裏の心情が明らかになっていく様子は一種のミステリー要素もありページをめくるスピードはどんどんアップした。最後に人には見られたくない裏のドロッとした部分を見せつけられた時は胸がヒヤっとした感覚になったのを覚えている。
そんな朝井さんが、
「怖いほどにえぐる」と担当編集者に言わせる朝井さんが、
若いのにすごい賞を受賞している大物作家の朝井さんが……
アホな話満載の、いやアホな話しか載せてないエッセイというのが振り幅がデカすぎてそこも合わせて面白い。
この三部作を読み始めて、私は確実に朝井リョウさんのことが好きになってしまった。なんというか、自分を微塵も大物と思っておらず、かといって人に気を遣わせる感じのサゲでもない。見聞きしてちょうどいい塩梅のサゲ具合が、人々の心をゆるませる。
読書に割く時間はそれほどないのだが、最近では寝る前に必ずこのエッセイを手に取る。少し前まで深刻に考えていたようなことも綺麗さっぱり忘れて爆笑してしまうこの本たちは、私の最大の癒しなのである。
物価上昇で日々の暮らしは窮屈になったし、巷では感染症が大流行し明日は我が身の毎日。暗いニュースがテレビを賑わせ、ついこちらまで暗くなってしまう日もある。
でも、笑いは決して裏切らない!
暗い世の中だからこそ! ひと笑いをあなたの生活の中に!
と、言いつつ最終章の『そして誰もゆとらなくなった』はまだ読んでいないので、今日明日にでも手に入れて心を空っぽにしてくれるバイブルを手元に増やしておこうと思う。
公式に『圧倒的無意味で国宝級に面白い』と謳われた朝井リョウさんのエッセイ、おひとついかがだろうか? 悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなるくらいあなたを空っぽの世界に誘ってくれること間違いなし、である。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!
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