週刊READING LIFE vol.295

AIが教えてくれた使命。私を使い切りたい《週刊READING LIFE Vol.295 〇〇のようになりたい》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/2/10/公開
記事:マダム・ジュバン(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
(この話はフィクションです)
 
「ターララ タララ ターララ タララ……」
いつものように「徹子の部屋」のメロディがテレビから流れる。
いつものように玉ねぎ頭に華やかなドレスで黒柳徹子女史が微笑んでいる。
私は少し遅いランチを摂りながら観るともなしにテレビをつけていた。
 
「皆さまこんにちは。黒柳徹子です。本日のゲストは、AIによって蘇った二人の伝説的な女性です! どうぞ拍手でお迎えください!」
 
思わずすすっていたラーメンの手がとまった。
(何? 過去の映像?)
嘘だろ……。
なんと! あの「徹子の部屋」のソファにオードリー・ヘップバーンとダイアナ元妃が並んでいるではないか。
「皆さま、今日は特別にAIの技術でおふたりをこうしてこの部屋にお呼びすることができたのです。わたくしも、もう驚いてしまって……。まあ……おふたりとも、まあ!」
さすがの徹子さんもAIで再現された二人に言葉を失っている。
はあ~。時代はここまできたのか。
以前紅白でAI美空ひばりやAIユーミンを観た時、なんだか不自然で気持ち悪いと思ったが今テレビに映し出された二人の姿は、生前のそれと何ら変わることがない。
画面の下に流れる解説によれば、進化が著しいAI技術によってまるで本人がそこにいるかのように映しだすことが可能になったらしい。
しかも当時の声色を再現するだけでなく、本人たちの生前の行動や思考を解析しあたかも本人が反応し答えているかのようなトークショーが成立するのだという。
もうラーメンどころではない。私は画面に釘付けになった。
 
オードリー・ヘップバーンは黒髪を小さなシニヨンにまとめ濃いブルーのワンピース姿。
痩せてはいるが晩年のエレガントな雰囲気そのままに優しく微笑んでいる。
一方ダイアナ元妃も不幸な事故で亡くなる少し前の美しい姿で、はにかむようにうつむいている。昔と変わらぬ輝くブロンドに真っ白なシャネルスーツがよく似合う。
司会の徹子さんがいつもより緊張した面持ちで語り始めた。
 
「皆さま今日は私のたっての希望でこの対談が実現しました。
おふたりは世界中の誰もが憧れるようなお立場でありながら、常に貧困や病気に苦しむ方々、特に子どもたちへの支援活動を積極的に行っていらっしゃったことは皆さまご存じのことと思います。
私も長年にわたりユニセフ親善大使としてこうした子どもたちの支援活動をしてまいりましたので、ぜひ一度お話を伺いたかったのです」
なんてことだ。このふたりと黒柳徹子さんは私の最も尊敬し憧れる女性。
子どもたちへの支援活動で世界を飛び回り、実際に子どもとふれ合う姿に私は感銘を受け続けてきた。
3人が一堂に会するだなんて!
私は興奮した。
 
「まずダイアナ元皇太子妃からあらためてご紹介させて頂きます。
ダイアナさんはイギリス王室の一員として公務を行う一方で、100以上の慈善団体のパトロンとなって病院、学校、募金イベントなど世界各地を訪問していらっしゃいました」
画面にはダイアナ元妃がエイズやハンセン病患者と握手を交わしたり、病気の子どもに寄り添う姿が映る。
そして地雷撤去の方法を自ら学び、防弾チョッキにフェイスカバーをつけて空き地となった地雷原を歩く姿も映し出された。
「ミズ.ダイアナとお呼びしてよろしいかしら。
貴女のこうしたお姿に私はとても驚いたんですね。
はっきり言って怖いとお感じにならなかった?」徹子さんが率直に問いかけた。
ダイアナは深い湖のような瞳で話し始めた。
「もちろん少し怖かったわ。でもねテツコ、それが私のような立場にある者の務めだと
思っていたの。私が動くことで大きな影響があるのならってね」
 
1981年伯爵令嬢であったダイアナが長い長いウエディングベールを身に纏い皇太子とキスをかわした結婚式の中継を思い出す。
まるで映画のようなシーンをがこ世界中がこぞって生中継した。
しかしリアルなシンデレラストーリーに見えた結婚生活は初めから破綻していたのだ。
幸せな時期は続かなかった。
徹子さんはさらに踏み込んだ。
「貴女は1995年のインタビューで産後うつになったことや過食症になったことを告白されましたよね。あれはとても勇気がいる告白だったと思います」
ダイアナ元妃は少しうつむいた。
「子どもを産んで私は最高に幸せを感じました。でもその後うつ状態になってしまったの。
朝起きると、ベッドから出られず自分は皆から誤解されていると感じ、気持ちがとても落ち込んでいたのです」
私はダイアナ元妃を一気に身近に感じた。
ダイアナさんと並べて語るのもおこがましいが、私も長女を出産後幸せなはずなのになぜか涙がとまらず気持ちが安定しなかったことを思い出した。
私みたいな者に母親になる資格はあるのだろうか?
この子を育てていけるのだろうか?
言い知れぬ不安でいっぱいだった。
「大丈夫」と言ってくれた母の存在がなかったらどうなっていたかわからない。
「でも貴女の勇気ある告白で多くの女性が救われましたね。
多くの女性たちがこの問題についてオープンに話せるようになる突破口の一つを開いたんですもの」
徹子さんが身を乗り出して褒め称えるとダイアナ元妃は恥ずかしそうに微笑んだ。
そうか。私が出産した頃は「産後うつ」なんて言葉は一般的でなかったが、こうした世界的な著名人が告白をすることでその問題が一気に表面化され世間に広まったのだろう。
 
ダイアナ元妃は続けた。
「夫との不仲やパパラッチからのストレスで私はひどい過食症になってしまったの。
でも別居の後、病気で苦しむ方たちや子どもたちとふれあうことで私自身もきっと癒やされたのね。次第に健康を取り戻したわ」
そして前を向いてこう言った。
「困っている人を助けることは私の人生の一部だわ」
あまりにも真っ直ぐなダイアナ元妃の言葉に、ヘップバーンも徹子さんも深く頷いた。
伸びきったラーメンを前に、私も感動していた。
世界中の誰もが知るセレブリティでありながら、これほどまでに己の使命を信じて愛のある行動をした人がいただろうか?
自ら動くことでメディアの注目を逆手にとって、本当に困っている人たちや問題に目を向けさせた。
彼女からは世間の古びた常識や偏見を恐れず、正しいと思ったことをする「真の勇気」を教えられた。
36歳という若さでパパラッチから逃れるため車の事故で亡くなるとは、なんて運命は残酷なんだろう。
「貴女の事故を聞いて私は本当に悲しかったんです。でもね、貴女のなさった数々の尊い行いは決して皆さんの心から消えませんわ」
徹子さんが涙をこらえ力を込めた。
 
「さて、次はオードリー・ヘップバーンさんのご紹介です」
気を取り直すように大きな声をはる徹子さん。さすがプロだ。
「オードリー・ヘップバーンさんは申し上げるまでもなく数々の映画にご出演。
『ローマの休日』ではアカデミー主演女優賞を獲得されその美しさ愛らしさから『永遠の妖精』と呼ばれたほどでしたね!」
微笑むオードリーは、すっかり痩せ細りシワも目立つがそれでも優美な気品に溢れている。
姿勢を正し真っ直ぐ徹子さんを見つめる瞳は優しさに満ちていた。
画面は「ローマの休日」「マイフェア・レディー」など絶世期の美しく愛らしい彼女を映し出した。
がすぐその後に病気や貧困で痛々しく痩せた子どもを抱き寄せる晩年のオードリーを映した。
「オードリー・ヘップバーンさんは1988年から63歳で亡くなるまで5年間ユニセフ親善大使となり、貧しい子どもたちを救うためエチオピアを初めとする8カ国を訪れました。
『あなたは親善大使として何をするんですか』といった意地悪な記者の質問にこう答えたそうですね。
『私は母親であり、旅することを厭わない』と。」
オードリーが付け加えた。
「ええ。もちろん政治家や評論家やらエキスパートたちがあれこれ言ったわ。でも言葉だけでは駄目、『愛は行動』よ。
私が行くことで世間が注目すればきっと誰かが『私も何かしなければ』と考えるはず。そう思ったの」
インターネットが無い時代に、手っ取り早く世界の惨状をもっとも効果的に伝えた彼女の功績は大きい。
マスコミは彼女の容色の衰えも報道することを忘れなかったが、そんなこと彼女にはどうでもよかったのだ。
「これは笑い皺よ。笑いほど嬉しい贈り物はないわ」と言ったそうな。
あれほどの美しさで一世を風靡すれば、外見にこだわっていかに若く見せるかに執着してしまいそうだが、彼女は白髪も皺もそのままにした。
とにかくそんなことよりも彼女は自分のやるべき事をまっとうしたいと考えたのだろう。
 
「貴女の俳優としてのキャリアとユニセフ親善大使の活動。
このふたつをどう位置づけていらっしゃいますか?」徹子さんが問う。
「ユニセフの活動をして私にはわかったことがあります。
自分が有名になったのが何のためだったのかということです。
多くの人々にユニセフを知ってもらい、世界の子どもたちを救うためだったのです」
オードリーが言い切った。
あれほどの俳優としてのキャリアを築きながら、子どもたちを救う事が天から与えられた使命だと感じていたからこそ、命の瀬戸際まで活動を続けたのだ。
その言葉に嘘はないことは彼女の真っ直ぐな黒い瞳が物語っていた。
傍でじっと話を聞いていたダイアナ元妃も大きく頷いていた。
 
オードリーが言った。
「エチオピアで抱きしめた子どもたちの顔が、今も目に浮かびます。彼らが大人になる前に命を落としてしまうことがどれほど悲しいか」
ダイアナ元妃も訴えた。
「今も世界中で戦争が絶えず、子どもたちが犠牲になっている状況に胸が締め付けられるわ」
「本当にそうですね。私もアフリカを訪れたとき、同じように無力感を覚えました。でも、私たちが声を上げ続けることで少しでも変えられると信じています」と徹子さんが涙を溜めた目で応えた。
そしてAI画像であることも忘れて思わずふたりに握手を求めた。
しかし淋しげに微笑むふたりの美女の姿はだんだんと薄くなり、やがて消えた。
 
(なんだったんだ……。私は今何を観ていたんだろ……)
余韻もないまま番組は終わり騒々しいCMに切り替わった。。
興奮がなかなか冷めない。
頭の中で今観たばかりのAIダイアナとAIヘップバーンが微笑んでいる。
夢だったのか?
 
頭を冷やそうと私は外へ出た。
いつもお決まりの散歩コース。
海岸をひとり歩く。
薄曇りの空の下、真冬だというのにサーファーたちが海に入って波を待っていた。
いい波はなかなかやってこない。
それでも辛抱強く波を待つ彼らが自分と重なった。
私のきわめて平凡な人生。
人並みにさざ波はあったけれど、大きな波はない。
ささやかで幸せな波風のない人生だ。
この先もずっとこんな感じで老いてゆく予感しか無い。
チャレンジングなサーファーなら、大きな波を利用してカッコよくキメるのだろうが私にはそんな勇気がない。
 
それにしてもあのふたりのAI映像と言葉が頭に焼き付いて離れない。
はたしてこれは何かの啓示だろうか。
これまでずっと憬れてきた3人の女性は私に何かを伝えたかったんじゃないだろうか?
画面越しに語りかける彼女たちの言葉は、まるで私に向けられているようだった。
『あなたなら何ができますか?』と問いかけられたのだろうか?
これまで自分ができる範囲で寄付をしたり、子どもたちのためのNPO法人で働いてきたりしたが自己満足の範疇でしかないかもしれない。
まだまだ私にもできることがきっとあるはずだ。
ダイアナやオードリーが亡くなった今も彼女たちの思いが私の中に生き続けている。
その思いを次の世代に伝えることも仕事のひとつかもしれない。
 
もっと耳を澄ませ。
世界から目をそらすな。
そうして私はこの平凡な命を無駄なく使い切りたいな、と思った。
ふと見ると夕陽の中でポチャンとサーファーがボードから落ちるのが見えた。
そうカッコ悪くてもいいんだ。やってみないと何も始まらないのだから。
 
 
 
 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2025-02-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.295

関連記事