あなたはこし餡派?それとも粒餡派? 「どっちもいいよね」と言えるようになったら、世界が広がった《週刊READING LIFE Vol.296 あなたはどっち派?》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/2/20/公開
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「餡子は正義」
高校のときの友人がよく言っていた言葉だ。
昔も今も、全くもって同感だ。
学校を出てすぐのところにコンビニがあり、部活帰りによく買い食いをしていた。試合直前になると朝練も始まるためお昼の弁当の時間までお腹が保たず、コンビニで菓子パンを買って行くこともあった。朝が弱い私にとって、朝練は試練だった。「ご褒美が欲しい」と思い、朝練があるときは粒餡&マーガリン味の山崎製パン「ナイススティック」を買って、飢えと眠気をしのいでいた。当時100円したかしないかの菓子パンだったが、餡子の味に癒やされた。
ただ高校生の頃の私は、友人のように堂々と餡子党を宣言できずにいた。なぜかというと、こし餡は大好きだったのだが、粒餡は苦手だったからだ。なめらかな食感のこし餡に対し、まったりとした食感の中に突如ザラッと異物を感じる粒餡は、美味しさが半減するように思えた。当時粒餡のナイススティックを美味しく味わえたのは、餡子と一緒に挟まれていたマーガリンの威力が大きかったのだろう。
「餡子大好き」をうたうのであれば、こし餡や粒餡、他にも白餡やうぐいす餡、ずんだ餡だって好きでなければ宣言してはいけないと思っていた。(当時の私は粒餡に加え、ずんだ餡も苦手だった。)そのため心の中で友人の言葉に激しく同意しつつも、「そうだよね。餡子美味しいよね。私も好きだよ」と賛同の意を示すにとどめ、一緒に熱く語ることはなかった。
今の私はと言うと、こし餡も粒餡も、白餡もうぐいす餡もずんだ餡も好きだ。好きなものが増えて、「どっちもいいよね」「それもいいよね」と、いつの間にか自然と言えるようになった。そして気がつけば、頑なに「私は○○派」「絶対こっちがいい」と思っていたころよりも生きやすくなっていた。
私は甘い物が大好きだ。
ケーキ、クッキー、ドーナッツ、アイスクリーム、チョコレート…… 口に入れた途端なめらかさと甘さのダブル効果で癒してくれる生クリーム、鼻孔をくすぐるバターのかぐわしい香り、食欲をそそる小麦粉のこうばしい香り。味も然る事ながら、洋菓子は香りからも「美味しい」「食べたい」と思わせる魅力を兼ね備えている。
和菓子はどうだろうか。
饅頭、団子、大福、どら焼き、羊羹、最中…… 小ぶりで派手さはなく控えめな様相のため、洋菓子ほどのインパクトはない。ただじっくりと観察すると、小さなお菓子の中に季節が表現されていたり、細やかに施された造形の中に、作り手の技術の高さを感じる。
「お菓子の中で一番好きなものは何?」と聞かれると正直困る。ありすぎて選べない。
「死ぬ前にもう一度食べたいお菓子は何?」であれば即答できる。祖母の草餅が食べたい。
母方の祖父はサラリーマンだったが、実家が農家ということもあり、リタイア後は家庭菜園を趣味にしていた。定期的に段ボールいっぱいに詰められた季節の野菜たちが、我が家に届いた。じゃがいも、にんじん、大根、白菜、トマト、ナス、きゅうりに加え、夏はスイカや八朔が送られてくることもあった。
夏に母の実家に行くと、祖父が手作りの八朔に蜂蜜をたっぷりかけて振る舞ってくれた。「甘くて美味しいでしょう。どんどん食べなさい」と笑顔で蜂蜜八朔を作ってくれたのだが、幼いころの私はどれだけ蜂蜜をかけても感じる八朔の苦さに、苦手さを拭えなかったのは誰にも言ったことのない秘密だ。
祖父の愛情と太陽の恵みが注がれて作られた野菜にまぎれ、祖母お手製の料理やお菓子が入っていることがあった。祖父母の住む兵庫では季節の風物詩であるいかなごのくぎ煮、餡子も祖母手作りのぼた餅、粉雪のような細かい白砂糖をまとったドーナッツ…… その中でも私が一番好きだったのは草餅だった。
畑仕事は祖父がメインでやっていたが、祖母も一緒に行って手伝うことがあった。春先は祖父が畑仕事をしている間、祖母はせっせとよもぎを集め、草餅を作ってくれた。よもぎ餅の中の餡も、祖母お手製の餡子だ。「粒餡は苦手」という孫のため、こし餡だった。
祖母から「野菜と一緒に草餅送ったからね」と連絡があると、家族一同ソワソワしながら荷物を待った。草餅を送るときは竹皮の紙容器に入れて送ってくれるのが常で、野菜の中から竹皮模様が見えると「早く、早く!」と母を促して取り出してもらった。容器いっぱいにお行儀良く並んだ草餅に、心が躍った。
祖母の作った草餅を食べるとき、「こし餡を作るのって大変なのよね。濾すのが面倒なの。私だったらできないわ……」と母はよく呟いていた。祖母の作る餡子は程よい甘さと滑らかな舌触りで、今思い返しても素人さを感じさせない餡子だった。
春に祖父母に会いに行ったとき、一緒によもぎ摘みをしたことがある。「あまり育ち過ぎてないよもぎがいいのよ」という祖母の指導の下、せっせとよもぎを摘んで帰った。自分の大好きな草餅がどのようにして作られるのか見られるとワクワクしていたのだが、張り切ってよもぎ摘みに精を出したせいか、家に着くなり寝てしまった。昼寝から目覚めた頃には草餅ができあがっていた。自分の摘んだよもぎで作られていると思うと、更に美味しく感じた。
一つ残念に思っているのは、祖母が草餅を作る姿を見られなかったことだ。
断然こし餡街道まっしぐらの私に転機が訪れたのは、10年程前のことだ。
冬の能登に行ってみようと、会社の先輩と石川に行くことにした。輪島の朝市の近くの宿に泊まり、翌日は散策がてら朝市に行ってみた。海鮮や野菜等色々なものが売られている中、大豆や小豆、粟を並べているお店が気になり足を止めた。黄色、黒色、緑色、様々な形や色合いの豆を見ていたら「ぜんざいを作ってみたい」という気持ちが生まれてきた。「水でもどしてから炊いてみて。美味しいよ」とお店の人が教えてくれた。
帰宅後作ってみた。
水に浸して柔らかくなったのを確認して、コトコト煮た。それなりに煮込まないといけないかと思っていたが、ほどなく良い塩梅になった。人生初自分で作ったぜんざいをお椀の中にとろとろと流し込み、焼け目をつけた豆餅をポトンと落とした。
口に含むと小豆と砂糖の香ばしい香りが鼻から抜けていき、コクのある甘みが広がった。豆餅と一緒に小豆の皮を噛むたびに、小豆のうまみが感じられた。
衝撃だった。
小豆の皮って、粒餡ってこんなに美味しいんだ。なぜ今まで私は粒餡を敵視していたのだろう。もったいないことをした……
それ以降、こし餡も粒餡も分け隔て無く愛でるようになった。
新しい発見としては、粒餡への愛が芽生えると同時に、こし餡では物足りなさを感じる時が出てきたことだ。こし餡のまったり感やなめらかさは変わらず美味しく、上品さを感じる。ただ時に小豆の皮が引き起こす野性味ある食感が恋しくなる。「今、私は小豆を食べている」という、食材への思いを馳せる機会を与えてくれる。
粒餡が恋しくなるときの気持ちとしては、波のない穏やかな世界は捨てがたいが、時に冒険したくなる、そんな感じだ。
もう一つ、私が敵視していたずんだ餡だが、お土産でもらったずんだ餅を食べて考えが変わった。小豆に比べてお菓子というより野菜を感じさせる風味に加え、小豆のようなまったり感とは違いさらりとした食感に、「これはこれで美味しい」と思った。小豆に比べ軽い食感に、思わず「もう一つ」と手が伸びそうになった。
こだわりを持つことは大事だし、自分の好きなものを大切にする気持ちは心を豊かにしてくれる。ただ時にこだわりが自分の世界を狭めたり、自分の好きなものが増える機会を逸してしまうことを、粒餡が教えてくれた。
「絶対にこうじゃなきゃ嫌だ」「その考えはおかしいと思う」よりも、「どっちもいいよね」「それもいいよね」と言える心のゆとりは、自分の世界を温かく穏やかなものにしてくれる。
最近悩んでいることがある。
子供の頃から敵視し、友達になることを拒んでいる「アイツ」と仲良くするべきかどうかということだ。アイツとは長ネギのことだ。食感、味、におい、全て嫌いだ。玉ネギは好きなのだが、長ネギはダメだ。「玉ネギと長ネギ、どこが違うの? 一緒じゃん」と言われるが、私の中では別物だ。
なぜ嫌いになったのか覚えていないが、幼いころから嫌いだった。ネギ好きの母に「近所の○○ちゃん、頭いいでしょう。毎日ご飯にネギとおかかをのせて食べてるんだって。ネギ食べたら頭良くなるわよ」と諭されても「馬鹿のままでいい!」と言って断固拒否していた。
実家住まいの時は長ネギの料理が出ても口にすることはなく、一人暮らしをした8年間においては一度も私の食卓に並ぶことはなかった。
今二人で暮らしていて、時たま長ネギが出てくる。基本的には食べないが、気がつくと口に含んでいることがある。「あっ…… 食べちゃった」と思うのだが、想像していたような拒否感が生まれてこないことに気がついた。
驚きだ。
これは長ネギと仲良くなる良い機会かもしれない。
いや、でもここで食べ始めたら、今まで拒否し続けてきた43年間はなんだったのか。アイツと仲良くするかは、もうちょっと考えてみることにしよう。
□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。
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