週刊READING LIFE vol.296

家事ヤロウのレシピ帳《週刊READING LIFE Vol.296 あなたはどっち派?》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/2/20/公開
記事:マダム・ジュバン(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「悲報。夫仕事休むってよ。さようなら、私の大好きなひとり時間」
ある日こんな投稿をスレッド(注:SNS投稿サイト)に見つけ、上手いこと言うなとニマニマしていたらあっという間に1万ものハートマークがついた。
念のため説明すると、ここでのハートマークは「いいね」を意味する。
この投稿に呼応して
「夫 在宅するってよ。昼ご飯オレの分あるかときた。私の分しかないし!」
「夫 3日から自宅で仕事するんだって。どうする? 精神的にやられるかな~
私はどうやって安らぎを求めたらいいのでしょう? 58才だけどまだまだ生きていたい」
と続く続く。
スレッドは妻たちの果てることのないボヤキで埋め尽くされた。
はたして貴女は夫の急な休みを喜ぶタイプだろうか?
それともやっぱり……ですよねえ。
 
世の男性方よ。
言われたい放題ですぜ、ダンナ。
しかしこんな投稿を面白がって読んでいる私とて、夫の在宅を時々うらめしく思うひとりだ。夫は70歳。週に3日働いているが、あとは基本休みで家にいるのである。
幸い運動好きな夫だから、やれトレーニングだ大会だと休みの日も家を空ける。
その度に私は「は~い! 行ってらっしゃ~い♡」と快く送り出す。
トレーニングシューズやウェア、大会参加費、仲間との打ち上げ費……と出費もかさむがここは致し方ない。
だって何より私のひとり時間が大切だもの。
 
子どもたちが巣立ち、夫婦ふたりだけになった私たち夫婦は1軒家を手放しマンションの小さな家に移り住んだ。
この転居を機に私は夫に基本のキから家事を仕込んだのだ。
結婚してからまったく家事をしてこなかった夫だが、週3勤務となり時間はたっぷりとあるのだから。
ゴミの捨て方から始まって、洗濯機の使い方、干し方、たたみ方、掃除の仕方、そして買い物、料理などなど……。
あれから5年が経った。
結果どうなったか。
私は夫に頭があがらなくなった。
なぜなら夫のほうが私より家事が得意だったのである。
端をキッチリそろえた洗濯物のたたみ方、細かなところまで行き届いた掃除……。挙げたらキリがない。
フタを開けてみれば夫は家事ができないのではなく、やろうとしないだけだったのだ。
かくして夫は立派な「家事ヤロウ」となった。
今は私が手を出さなかった領域「スイーツ作り」にまで手を広げている。
これがまた美味しいから夫はますます調子づき「オレが本気出したらこんなもんよ」と、のたまう。
夫が作ったタルト・タタンを頬張りながらも私の気持ちは複雑である。
 
なぜ素直に家事をするようになったのか、最近あらためて夫に聞いてみた。
夫曰く最初は(体の丈夫なオレの方がきっとお前より長生きするだろう。残された時のために家事を覚えよう)と始めたそうだ。
だが家事を覚えるにつれ、妻が予想以上に家事が苦手だったことがわかった。
(コイツはこんなに苦手なのに、今まで文句も言わずにやってきたのか……)と逆に感謝の念が湧いた。
「だからこれからはオレが頑張ろうと思ったんだ」と。
ノロケるわけじゃないが本当の話だ。
 
こんな夫を持ちながら何の不満がと言われそうだが、それでもやはり夫と四六時中顔をつきあわせていてロクな事はない。
何しろ、敵は私より家事がデキル人であるから私の大雑把な仕事が気になってしかたがないらしい。
冷蔵庫の整理やら洗濯物の干し方やら(よくもまあ次から次へと……)と感心するほど細かなところを指摘されて、私はつくづく肩身が狭い。
もっとも夫に言わせれば(よくもまあ次から次へといい加減な家事を……)と思っているだろう。
そして夫の言い分はいちいち理にかなっているから反論の余地がない。
家事を分担してラクになったことはなったが、これでは昭和の口やかましい姑(今も現存するのか?)とあらたに同居を始めたようなものだ。
「だって急いでいたんだもの……」
私の見え透いた言い訳は見事にはじかれる。
「急いでいたって何だって、こうしておけば次にラクでしょう?」
はい、そのとおりです。おかあさま、いや夫さま。
まったく、こんなことになるだなんて思わなかった。
だから、夫のいない日は思い切りのんびり、本来のテキトーで怠惰な女に戻るのだ。
 
「質問です。皆さんの一番嫌いな育児はなんですか?私は夫の晩飯作りです」
スレッドではこの投稿にも多くの反響があった。
「育児」というところがミソだ。
たぶんこの方はお子さんの他に大きなお子さんがいるのだろう。お察しします。
貴女なら何と答えるだろう。
コロナ渦以降、在宅ワークが多くなった、あるいはすべて在宅ワークに切り替えた男性も多いらしい。
夫たちが常に家にいるだけでも妻の自由時間は奪われるのに、加えて3食作らなければいけないという地獄。
作って食べて後片付けを3セット。これだけでも1日最低2時間はかかるし食材もストックしないといけない。
これが毎日となると、恨めしくもなろうというものだ。
自分ひとりなら昼ご飯はちゃちゃっと残り物で済ますだけなのに……。
 
「朝ご飯食べている時に『おい、昼はどうする』」って聞かれるの本当に嫌」と悲痛な妻の声がある。
在宅ワークで一日中家にいる夫を持つ妻からの相談に「妻のトリセツ」などで有名な人工知能研究者で作家の黒川伊保子さんは著書のなかでこう答えている。
 
 朝ご飯が終わってすぐ夫からの「お昼どうする?」は女性脳にとって本当に辛い言葉。
男性脳の想像をはるかに超える多大なストレスであるから、夫は妻に食事の3時間以上前にメニューを聞いてはいけません。
なぜなら朝「昼ご飯どうする?」と聞かれた女性の脳には、常にお昼ごはんのことが常駐するのです。
たとえば「昼はチャーハン」となったなら他の家事をしながらも「チャーハンなら冷凍のエビを解凍しておこうか」「卵はあったかしら」と常に考えなくてはならない。
                    参考文献:小学館「夫婦の壁」黒川伊保子著
 
黒川先生はこの回答で昼のリクエストをLINEで受け取るなど、妻がずっとお昼のことを考えなくていい仕組みを作る提案をしていた。
しかし私は思う。
専業主婦だろうと仕事を持つ妻だろうと、「夫」という大のおとなのご飯を1日3回用意するのは難儀なことだ。
大人ならオノレの昼食くらいオノレでなんとかしてほしい。
スポーツジムに通っていた頃「おとうさんが待っているから帰らなきゃ」と昼前には帰る高齢女性を多く見た。
たぶん彼女たちの夫は家で、妻が昼飯を作ってくれるのをただじっと待っているのだろう。
いいかげん解放してあげようと露ほども思わないのか、妻の方も「おとうさん何もできないから」と諦めてしまっているのだろうか。
私は不思議でならなかった。だからこそ夫に家事を仕込んだのかもしれない。
 
よく世の夫たちがいう「簡単なものでいいよ」「そうめんでいいよ」。
この言葉も絶対踏んではならない地雷ワードだ。
だいたい「簡単なもの」って何だろう。
例えば、会社のつきあいか何かで酔った夫が遅く帰る。
そろそろ寝ようとしていたパジャマ姿の妻に夫が声をかける。
「いや~酔った酔った。でも腹減ったな……。なんかある? 簡単なものでいいよ」
このセリフほど恨めしい言葉もない。
夫のイメージとしてはお茶漬けに漬物でもあると嬉しい、といったところだろうが、
お風呂にはいり髪も洗った妻は、漬物なんて触りたくもない。
かと言って○○園のお茶漬け海苔だけってわけにもいかない。
カップ麺でも食っとけとホントは言いたい。
渋々キッチンに立つ妻のモヤモヤに夫たちは気づいているのだろうか。
「そうめん」。これも一見ラクにみえるが、さにあらず。
大鍋に湯をわかしそうめんを茹でる間に、薬味を切り、めんつゆを用意し、海苔を細かく切って、茹で上がった麺を冷水で一気に冷やして……と行程が多いのである。
夫が悪気もなく言う「簡単なものでいい」「そうめんでいい」にイラッとこない妻はよほどデキた妻だと思う。
簡単ならご自分でどうぞ、と言いたいところをグッと堪えているのである。
 
まずい。
なんだか顔も知らない妻たちの怒りが乗り移ったのか、マグマのようにふつふつと怒りが湧いてくる。今度は立場を替えて夫の側から考えてみよう。
日々通勤電車に揺られて会社に通う日々。
お、やった。明日は休みだ。明日は久々にゆっくり家でゴロゴロするか。
休日。なぜだろう。朝から妻がそこはかとなく機嫌が悪い。
だからなんとなくオレも居心地が悪い。
朝はメシをがっつり食ったから昼は簡単なものでいいや。
「あ、昼は簡単なものでいいよ」と機嫌をとるオレ。
(あれ? オレなんか悪いこと言った?)
きっと妻の苛立ちは口に出さない限り一生理解はしてもらえないものだ。
夫の仕事の苦労が妻にはわかりにくいように。
 
ふと思う。
いや実は心の片隅にずっとあること。
今は夫の在宅を時々うとましく思ってしまう私だが、5年後10年後同じように思うだろうか。
70代と60代の私たちだから、どちらかが病に倒れて此処にはいないかもしれない。
私が昔子育てに奮闘していた頃、早く大きくなってラクがしたいと思っていた。
けれど今振り返れば子どもたちとの日々が宝物に思えるように、夫婦ふたりの平凡な毎日も失った後にどんなに幸せだったかと気づくのだろう。
今はこんなに楽しみな「ひとり時間」だが、ずっと続く毎日を想像するとぞっとする。
考えたくない。(あ、夫が先にいなくなる前提だ。ごめんよ夫!)
シングルの方には叱られそうだが、長年夫婦というカタチで暮らしてきてひとりになった時の心寂しさが正直想像できないのだ。
昨年夫(つまり私の兄)を亡くした義姉は、いまだについ兄の名を呼んでしまうという。
それくらい夫婦というのは、傍にいて当たり前の存在。
だからこそ相手への気遣いやら思いやりが大事だと誰もが知っている。
なのにそれを忘れてしまう。
一体なぜなんだろう。
 
これもまた黒川先生の著書「妻語を学ぶ」によると、女性脳において恋の期限はたったの3年しかないらしい。よく女たちは「彼は変わった」と嘆くが、変わるのは女性脳のほう。
結婚して3年も経つと「あばたもえくぼ」と何もかもが愛おしかったはずの相手の嫌なところがヤケに目につくようになる。
おならが臭いというだけでケンカの種になったりする。(注:我が家調べ)
これは男性だって同じだろう。
始終一緒にいると腹のたつこともままあるが、なんだかんだ言って長年連れ添ってきたのはやはり相手へのリスペクトがあるからだ。
つい文句が出てしまうのも相手が一番甘えられる存在だからこそ。
恋はとっくに終わっていても、夫は誰よりも心を許せて笑い合える私の相棒だ。
 
先日夫の机に広げてあるファイルを見つけた。
綺麗な手書き文字で何十枚もの料理のレシピが綴られている。
顔に似合わず几帳面な彼が、料理本やInstagram、料理番組で見つけたレシピを書き写したものだ。
「コピーとればいいじゃん」という私に「いや、こうして書き写した方が覚えるんだ」と頑固に譲らず書いていたっけ。
そのレシピがこんなにもたくさんになった。
その中からこれと決めたレシピをキッチンの壁に吊るし、丁寧にレシピ通りに料理をする夫。
中にはリピートし過ぎて醤油か何かのシミがついたものもあった。
指でその文字をなぞりながら愛おしさがこみ上げた。
それは久しぶりの熱い感情だった。
夫はここまで努力して私を助けようとしてくれている。
そして家事労働に理解を示し、自ら動く人になってくれた。
夫は生まれ変わった。
そんな夫に私はこの先何をしてあげられるのだろう。
 
そんな私の想いも知ってか知らずか、今日も夫のダメ出しが止まらない。
「おい、そこシンクの水滴、ちゃんとふき取った?」 ……もう、適当でいいじゃん。
でも、私は知っている。
夫がいなくなったら、この「姑みたいな夫」のダメ出しさえ恋しくなることを。
そうして夫婦漫才は今日も続いていく。
 
 
 
 

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2025-02-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.296

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