あのプリンアラモードは昭和の味がしたのだろうか?《週刊READING LIFE Vol.297》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/2/24/公開
記事:亀子美穂(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
遠方から遊びに来た同世代の友人を案内して、久しぶりに名古屋の大須商店街に行った。
大須商店街は日本一元気な商店街といわれているそうで、家電店、古着屋、アニメやゲーム関連の店やおしゃれな雑貨店、食べ歩き用の焼き小籠包店やクレープ店などが並んでいるかと思うと、観音様や織田信長ゆかりの寺があったり、落語などの寄席をする演芸場があったりと、老若男女楽しめる場所。外国人観光客も多く、活気にあふれ、いつも賑わっている。
ひとしきり歩き回って、ひと休みしたいと思っていたところに、喫茶店の看板が目に入ってきた。
看板の隣に置かれていた、手書き風の文字とイラストのメニューにも心が惹かれた。
友人も同じように思っていたようで、私たちはその店に入ることにした。
ドアを開けると、そこはちょっと高級な昭和の純喫茶という感じだった。
少し暗めの店内には落ち着いた色の木目調のテーブルと椅子が置かれていた。照明はステンドグラス風のランプシェード。壁にはタイルがはめ込まれていた。
少し懐かしい気がしながら、案内された席についた。
周りを見回す。店内は、ほぼ満席。若いカップルや若い女性同士のグループ客が多かった。
早速メニューを開く。
黄色っぽい紙のメニュー。丸っぽいかわいい文字で飲み物や食べ物の名前が書かれていて、その横に、クレヨンで描かれたようなテイストのクリームソーダやケーキのイラストが載っている。「軽食」のカテゴリーには、鉄板に乗った「昔ながらのナポリタン」のイラストが描かれていた。
私は「デザート」のカテゴリーにあった「プリンアラモード」に心を鷲づかみにされた。
私がまだ小学校に上がる前ぐらいの小さい頃、家族でデパートに買い物に行くのも結構なお出かけだった。いつもは母のお手製の服を着ていた私が、デパートで買った既製品のフリフリのレースの襟がついたブラウスと赤いチェックのスカートに、エナメルの靴という、一そろいしかない「お出かけ着」を着せられた。母が買い物をしている間、私は父と一緒にデパートの屋上のミニ遊園地に行って、ミニ機関車のアトラクションに乗った。お昼はデパートの「お好み食堂」でお子様ランチを食べるのがいつもの事だった。その、「お好み食堂」の店頭のショーケースにあった、プリンアラモードのサンプルがとてもおいしそうだった。足が着いた横長のガラスの器に盛られた果物の真ん中に鎮座するプリン。プリンの上にはサクランボ。そこでプリンアラモードを食べさせてもらったことはなかったけれど、私の中でそれは憧れのお菓子だった。
年月が経って、デパートの屋上遊園地はなくなり、お好み食堂も知らない間になくなっていた。
大人になった私は、喫茶店やカフェに行くようになった。子供の頃お菓子と言っていたものはスイーツと呼ばれるようになり、種類も格段に増えたけれど、プリンアラモードをメニューに載せている店はそれほど多くない。あの手のスイーツは大体、背の高いグラスに盛られたパフェになっていた。プリンが入っていても、プリンパフェとしてグラスに入っていたら、それは憧れのプリンアラモードではない。やはり、私の中で、プリンアラモードは足つきの横長なガラスの器に盛られたものでなくてはならなかった。
大須商店街で入った喫茶店のメニューにその名前を見た時、昔の思い出がありありとよみがえってきた。プリンとフルーツが、あの足つきで横長のガラスの器に盛られているイラストも描かれている。
私は迷わずそれを注文した。
念願のプリンアラモードが運ばれてくるのを待つ間、友人と、昔子供だった頃の昭和の話で盛り上がった。
店の中には、私たちが子供の頃遊んだような昔のおもちゃなども飾られていた。
他の席の若い人たちの中にも、運ばれてきたナポリタンやクリームソーダの写真を撮っている人たちもいた。SNSに載せたりするのだろう。
今、昭和レトロがブームになっているらしい。
私たちの世代が子供から青春時代をすごした1970~1980年代のファッションや雑貨、音楽などが、若者にも人気なのだそうだ。
若者にとっても昭和レトロは懐かしさを感じるものらしい。
それは、彼らの親がちょうど私たちの世代であるため、1970~1980年代の物や音楽を見たり聞いて懐かしがっている親の様子を見ている子供にも懐かしいという感覚が刷り込まれた結果らしい。
そういえば、最近、昭和歌謡とか80年代のポップスがユーチューブなどで若者にも広く知られるようになり、カラオケで歌われたりするのだとテレビで見た記憶がある。
われわれ世代は若い頃、テレビで「懐かしのメロディ」なんていう番組を親世代が懐かしそうに見ていても、古臭い印象で、カラオケで歌おうとは思わなかったけれど、今どきの若者たちは、昭和の物や音楽の中に懐かしさとともに新しさも感じているようだ。
デジタル世代だからこそ、アナログのぼんやりした世界に憧れて、レコードやカセットテープを聴いたり、フィルムのカメラで写真を撮ったりするのが新しいと感じる若者もいるようだ。
花柄が描かれたグラスなど、ポップでカラフルなデザインの昭和の雑貨や、昔のアニメやテレビ番組のキャラクターなども人気らしい。
そんな流れを凝縮させた空間がこの純喫茶のような店なのかもしれない。
落ち着いた木目調の家具も、置かれている昔のおもちゃや雑貨も、店内にBGMで流れている竹内まりあの曲も昭和レトロそのものだ。
そして、メニューのナポリタンも、クリームソーダも……プリンアラモードも!
そして、私の記憶やメニューのイラスト通りの、足がついた船のような形のガラスの器に盛られたプリンアラモードが運ばれてきた。
私も他の人たちと同様、スマホで写真を撮りまくった。
そして、スプーンでプリンをすくって口に。
しっかりとした食感のプリン。口でふんにゃり溶けてしまうようなやわなプリンではない。
あの時食べたかったプリンアラモードも、きっとこんな味だったんだろうか?
「こうやって、懐かしく思い出して話をするのはいいけど、あの頃に戻りたいとは思わないわ」
と、友人が言った。
「あの頃は、スマホもパソコンもなかったし、フィルムは現像にだすのもお金かかったから、そんなふうに写真撮りまくったりできなかったじゃない」
友人の言う通りだった。
今ではパソコンやスマホがなかった時代に、どんなふうに情報を得ていたのか、どんなふうに人とつながりを作っていたのか、はっきりと思い出せない。多分、とっても不便で大変な思いをしていたんだと思う。
そして、あの頃の雑貨は色鮮やかでポップなのかもしれないけど、当時見ていた景色はもっとくすんで汚かった気がする。それは、映画の回想シーンのように、セピア色の演出がされたものを思い出しているからだけではない。
私が小学生の頃に住んでいた東京の街は、大気汚染がひどくて、光化学スモッグの注意報がしょっちゅう出ていた。クラスの同級生の半数以上に小児喘息の疑いがあった。道にはたばこの吸い殻がたくさん落ちていた。
私にとっての昭和の思い出は、美しいだけではない。埃っぽくて、汚い部分もあった。しかしそんな影の部分があるからこそ、明るい部分がより美しく思えるのかもしれない。
でも、確かに、あの頃に戻りたいとは思わない。
今は懐かしさという、思い出の一番美しい上澄み部分を味わうだけでいるのがいいのかもしれない。
そんなことを考えて、この、昭和レトロ喫茶店を見回したら、他の客の前に置かれたクリームソーダの色が、さわやかな青だったりピンクだったりするのに気が付いた。
真正昭和のクリームソーダの色は、毒々しい緑色一択だったはず。
そのことを友人に言ったら、彼女はちょっと笑いながらレジの近くの壁に掛けられたパネルを指さした。そこには「SINCE 2023」と書かれていた。
私はレジに背を向けて座っていて、全然気づいていなかった。
この店自体、昭和の思い出の上澄みを掬い取るために最近作られた店だったのだ。
レジでスマホのキャッシュレス決済で会計をして、店を出た。
これはこれで、喫茶店の新しい形態なのだ。
昭和レトロブームが終わったら、この店もなくなってしまうのかもしれない。
それでも、友人と昭和について話りあった思い出の店だ。
この日食べたプリンアラモードも、この日の思い出とともに、ふとした拍子に思い出されることになるのかもしれない。
□ライターズプロフィール
亀子美穂(ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。愛知県名古屋市在住。 2024年4月よりライティングゼミを受講。その後ライティングXを経て、新ライターズ倶楽部受講中。昨年60歳を迎え、体力の衰えを感じながらも、これからの楽しい生き方の追及中。
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