あのストーカー行為が今の私を作ってくれていた《週刊READING LIFE Vol.299 分岐点》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/3/10/公開
記事:かたせひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私はストーカーだった。
わずか9歳にして。
「つきまとい」「待ち伏せ」「押しかけ」「うろつき」
ストーカー行為と言われる、これらの行為はひと通りやった。
約50年前のその頃、私は小学3年生だった。
まだ「ストーカー」という言葉も概念もない時代だった。私は、時代を先取りしすぎた9歳のストーカーだった。
小学3年生のとき、クラス替えで私達の担任になったK先生。
初めて会った瞬間から、私はK先生を好きになった。
年齢はおそらく母より少し年下で、26歳くらいだったと思う。
まず、見た目でやられた。
一目惚れという言葉もまだ知らないうちに、一目惚れした。
「こんな綺麗な人がいるんだ」と、目を奪われた。
テレビや本の中では美しい大人の女性を見てきたが、現実に見たのはこれが初めてだったかもしれない。
美しくアーチを描いた眉、大きな瞳、長いまつげ。スッとした鼻、キュッと尖った顎、ふんわりとカールした髪。
先生の周りだけ、空気の粒が光っているみたいだった。
スタイルの意味も知らないのに、一目見た瞬間、先生は抜群だとわかった。小さな顔と長い手足はお人形のようだった。
さらに、優しい眼差しと穏やかな声色がその美しさを際立たせた。
少し前に読んだギリシア神話に出てくる「アフロディーテ」だと思った。
挿絵の女性が抜け出してきて、そこにいるようだった。
漫画やアニメで見る「女の子」とは違う「大人の女性」、そして母親や親戚のおばさん、近所のお姉さんとも違う「大人の女性」だった。
大人になったら、こんな風になりたい。
生まれて初めて「憧れる」という感情を知ったのが、この瞬間だったと思う。
そして私のK先生へのストーカー行為が始まった。
担任のK先生とは、学校では朝から夕方まで一緒にいられる。
でも休み時間になると先生は職員室に戻ってしまう。
授業が終わると、私は先生のあとを追った。
口実代わりにメダカの餌やりの相談をしたり、雑巾は何枚持ってくればいいかとかどうでもいいことを聞いたりしていた。
先生は放課後には大抵図書室にいた。
図書室の管理運営を任されていたからだ。私も自然と図書室に出入りするようになった。
図書室に来る子供はそう多くはない。むしろ物好きの部類だ。
それが私に取っては好都合だった。
憧れの先生と二人きりになれて、独り占めできるのだから。
放課後の小さな図書室には西日が差し込み、本棚には陽に焼けた本の背表紙が並んでいた。
西日に透ける先生の髪がとても綺麗で、私は思わずうっとりした。
仕事をする先生に「何やっているんですか?」と話しかけて、いちいち邪魔した。
そうやって先生の作業を眺めるのが好きだった。
先生のそばに行くと、母とは違うお化粧の匂いがふわっと漂う。
今までかいだことのない甘い、私の知らない世界の大人の香り。
その香りをかぐと、ちょっとドキドキした。
私もいつか大人になったら、お化粧をして先生のような甘い香りをまとうのだろうか。
そんなことを思いながら、先生の作業を眺めた。
憧れの先生のそばにいたいという思いで始めた図書室通いだったが、次第に図書室にある本に目が行くようになった。
私が本棚を眺めていると、先生は嬉しそうに「これ読んでみるよといいよ」といくつかの本を勧めてくれた。憧れの先生が勧める本だ。すぐに読んだ。
図書係にもなった。
図書係をする前はいきもの係をしていたが、名前のようなほのぼのしたものではなかった。特に鶏の餌やりは罰ゲームでしかなかった。
毎回、鶏にツツかれて、音声だけ聞いたら虐待されている子供のようだった。ギャー、やめてー!
先生にそのことを相談したら「じゃあ、図書係にならない?」と誘われた。
盲点だった! 図書係になれば先生と接点が持てる。
私は「その手があったか」と気づき、二つ返事で引き受けた。
図書係なら、鶏が襲ってくることもない。本はいつでも私を歓迎してくれる。そして先生も。先生との距離が近くなることが私はとても嬉しかった。
しばらくして、先生がクラスである提案をした。
「学習ノート」を始めようと。
学習ノートというのは、言ってしまえば自習ノートだ。
先生が宿題を出すのではなく、各自が好きなことを勉強してノートに書くというものだ。
漢字の書き取りでもいいし、九九算でもいい。日記でも漫画でも何でも良かった。
先生は、「強制ではないけれど、できるだけ挑戦してみましょう。」と言った。
私は先生に「先生もやっていたんですか?」と聞いた。
答えはイエスだった。
子供は単純だ。そして私は他の子供達以上に輪をかけて単純だった。
学習ノートを書き続けたら、私も先生のようになれるかもしれない! やったね! と、「これであなたも素敵な人に」というハウツー本の一部を見せてもらったような気になっていた。
配られたノートを前にして、みんなが「えー」と非難めいた声を出す中、私は、未来の自分を想像してニヤニヤしていた。
絶対最後まで続けよう。たとえ最後の一人になっても。死んでも続けよう。(オーバーだって)
先生みたいになれるなら、続けることなんてお安い御用と思った。
最初は、オーソドックスに漢字の書き取りや、九九算などを書いていた。
このまま無難な内容でも良いものを、ふと「先生、似たような学習ノートばかり見ていたら飽きないかな?」と思った。
私は、他の子に何を書いているか聞いてみた。
予想通り、みんな漢字やドリル、教科書の書き写しといったありきたりで個性がないものばかり書いていた。
やっぱり……。みんな似たり寄ったりだな。
と、自分のことは棚に上げ、私はオーソドックス路線をやめることにした。
先生は漢字の書き取りや九九算ばかりで、飽き飽きしてるだろう。
40人分の九九算を見たって何が楽しいものか。
何かこう、目新しくて箸休めになるものも欲しいだろう。
よし、私が箸休めになろう! ちょっとした変化や刺激も必要だ!
と、変なサービス精神がムクムクと沸き上がっていた。
箸休めとして私はこんなことを書いた。
・私が考える〇BS夜の番組に対する提案。
今放送しているドラマの主人公は、別の人に変えた方がいいとか、コマーシャルの時間を短くして欲しいとか。
学習ノートじゃなくて、直接〇BSにお便りしなよ、って話だ。
・校歌の続きを作詞。
既に3番まであるので、気前よく6番まで作った。
万が一採用されて校歌が6番仕様になったら、全校生徒から大ブーイングだっただろう。私だって、3番でも長いなぁと思っていたくらいだから。
・家族の好物ランキング。
実際に家族にヒアリングして書いた力作だったが、先生も「はあ、そうですか」としか思えなかっただろう。
こんな学習ノートに返事を書く先生も大変だったと思う。
「おじいちゃんはカレーが好きなんだね。先生もカレーが好きです」
果たして箸休めになったどうかは振り返っても微妙なところ。
むしろ、ストーカー行為のように迷惑行為だった気がしないでもない…。
さて、こうして箸休めを交えつつ、学習ノートは休むことなく続けた。
最初はクラス全員で始めた学習ノートだったが、一人減り、二人減り。
そしてとうとう、数人しか残らなかった。
その数人の中でも、地道に毎日続けていたのは私だけだった。
そのうち、クラスの中で私に対する非難の声が上がり始めた。
お約束の「いい子ぶってる」というアンチテーゼだ。
「いい子ぶってる」「先生に気に入られようとしている」
最近、つき合いが悪くなったからかもしれない。
ドッジボールや虫捕りの誘いを断る回数が増えていた。
適度に参加してたつもりだったけれど、彼らにしてみれば、「あいつ、変わったよね? つき合い悪いよね?」と思ったのだろう。子供の社会もいろいろあるものだ。
私を非難することで、学習ノートを辞めさせようと思ったのかもしれない。
でも、彼らの読みは甘かった。
私はそういうことを言われると、逆に「意地でも辞めない」と思うタイプだった。非難を燃料にしてしまう。
なにより、私には「先生みたいになれるかもしれない」という夢があった。そっちの方が遥かに大事だった。
気に入られるとかの小さい話じゃないんだよ! そう思ったが、口には出さず、無視して学習ノートを続けた。
しかし、何を言われても一向に辞める気配を見せない私に、日に日に風当たりが強くなっていった。
そこで、ある日、私は言った。
「そんなこと言う人には、給食のプリンあげないから」
「えっ!」
子供の頃、私はプリンやゼリーの類が嫌いだった。
食感が苦手で……はっきり言うとあのやわらかい感じがゲ〇みたいと思っていたのだ。
給食にプリンやゼリーが出ると、希望する人にあげていた。
子供達はプリンが大好きで、いつも争奪戦だった。
この脅迫は思いがけず効果的だったようで、非難の声も聞かれなくなっていった。
最初は先生への憧れから始めた学習ノートだったが、そのうち私は新しいことを知る喜びを覚えていった。
毎日何を書こうか考え、日常の中から材料を探す。
昨日、カブトムシを採った。じゃあ、図鑑でカブトムシの種類を調べてみようかな。
図鑑を見ると、外国のカブトムシがたくさん出ている。
ベネズエラのカブトムシ。ベネズエラってどこにあるの? 暑いの? 寒いの? 地図で探してみよう。
そんなふうに好奇心が広がっていく。
今日は、この間読んだ本の感想でも書こうかな。
『若草物語』、面白かったなぁ。そうだ、女の子が主人公の物語を読んでみよう。一つの本から新たな本との出会いが生まれる。
学習ノートを書くのが楽しかった。毎日が新しい発見だった。
書いたページが増えていくたびに、ノートが溜まっていくたびに、自分の中に何かが蓄積されていくようだった。
大人になった今、先生がなぜこの学習ノートを勧めたのか、その意味がわかるようになった。
まずは「継続力」をつけるためだ。
先生はみんなに毎日何かを続ける力を養ってほしかったのだと思う。
おかげで継続力は身についた。ノートに毎日書き続けた日々が、その第一歩だった。
そして、学ぶ喜びを見つけてほしかったのだと思う。
ひとつの興味をきっかけに世界が広がっていった。
好奇心がとてつもなく刺激され、その度に胸が躍った。
図書室は私にとって、知が騒ぎ、血が騒ぐ場所だった。
あの頃の私は、好奇心の赴くままに本を開き、知らない世界から情報を集めるのに夢中だった。
学習ノートを通して書く楽しさも教えてもらった。
真っ白なノートに自由に自分を表現する楽しさはあの時見つけたのだと思う。ノートに綴る文字は、単なる文字の積み重ねではなく、日々の思考や感情が形になる瞬間だった。
間違いなく私の最初の分岐点は先生との出会いだった。
先生への憧れが、私を育ててくれた。
読書の楽しさも、書くこと、学ぶことの楽しさも、みんなみんなすべてあの出会いから始まった。
あの時から、今に続く私がいる。
今私は、再び、書くこと、学ぶことの楽しさを味わっている。
子供の頃、先生が私の中にたくさんの種を植えてくれた。
その種は長い間、土の中で眠っていたけれど、経験という肥料や水を受け、最近になってやっと小さな芽が顔を出した。
芽吹いたこの小さな芽は、どこまで育つだろうか。
せっかく芽吹いた芽を大切に育てるために、自分にたくさんの経験や刺激という肥料や水を与えてあげたい。
まだ発芽していない私の中に植えられた種がいつか芽を出すためにも。
先生と過ごした西日が差し込む古ぼけた小さな図書室を思い出す。
憧れの先生が仕事をする横で、机に向かって学習ノートに鉛筆を走らせる。
校庭から聞こえる子供達の声。窓から入るそよ風。誰かが廊下を走る音。
その中で図書室だけは静寂に包まれ、穏やかな時間が過ぎていく。
そんな空間にいられることがとても幸せだった。
あのとき、少しずつ私の中に種が植えられていたんだな。
あれほど憧れてストーカー行為まではたらいた先生に、私は少しでも近づけただろうか。
小さな女の子だった私は大人になった。
もしかしたら年老いた先生は私よりも小さくなっているかもしれない。
その間、お互いどれだけの分岐点を過ぎてきたのだろう。
先生が植えてくれた種が今の私の人生を豊かなものにしてくれている。
今の私の土台を作ってくれたのは先生だ。
私は心からの感謝を伝えたくなり、ペンと便箋を手に取った。
いつか二人が分岐点で再会することを願って。
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