週刊READING LIFE vol.299

心が満たされてないなら、腹を満たせ《週刊READING LIFE Vol.299》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/3/10/公開
記事:後藤尚子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
 「子ども食堂」ができはじめて、もうどれくらい経つのだろう。
 全国で1万軒を超えたという。貧困により、お腹を満たせない子どもたちが増えている。
 
 わたしは、子ども食堂ならぬ「おやつ食堂」をやっていたことがある。
 週2回、15人くらいの子どもたちにおやつを提供していた。子どもたちは、貧困家庭の子ではない。家に帰れば、いくらでも食べ物はあったはずだ。でも、満たされていなかった。だから、せっせとおやつを作った。
 
 「心が満たされてないなら、腹を満たせ」
 
 これがおやつ食堂のモットーだった。
 
 
息子のハルルが小学5年生のとき、学年が崩壊した。
 
 4年生までは、のどかでのんびりとした学年集団だった。ちょっとした小競り合いや小突き合いはあったのだろうが、大きないじめはなく、50人2クラスというサイズもちょうどよく、そこそこみんな仲良し。
……だったと思う。
 
 5年生に上がり、1組は男の先生、2組は女の先生が担任になった。ふたりとも若かった。力のあるベテラン先生が見てくれないと困る、という状態ではなかったので、それに不満の声は聞かれなかった。
 
 異変が起き始めたのは、夏休みも間近という頃だ。
 
 ある日、ハルルから
「最近2組のムラカミがおかしいんよね。先生泣かしてるらしい」
と聞かされた。ハルルは1組だったが、隣のクラスでなにかおかしなことが起こっていることは知っていた。
 
ちょっとやんちゃ坊主だった2組のムラカミが担任の先生に反抗しまくっている、という。反抗だけならまだしも、担任をからかい、若い女先生は泣かされていた。
 こうなってくると、ムラカミ以外も子どもたちも担任を軽んじ始める。2組がいつもザワザワするようになった。
 
 当然、隣の1組にもその様子は伝わった。授業中に雄たけびが聞こえてくる。ザワザワの中に時折爆笑が起こり、先生の怒鳴り声が混じる。
 なまじ仲の良い学年だっただけに、その混乱ぶりは1組にも波及した。担任の若い男の先生も、いきのいい5年生を押さえつける力を持っていなかった。学年全体がカオスになった。
 
 その様子が正式に学校から伝えられることはなかったが、子どもたちの口から保護者の耳に入っていった。しかし、なすすべもないまま5年生が終了。2組の先生は、他県の教員採用試験に合格したから、という理由で、この学校を辞めていった。
 
 そして、6年生。
 1組の先生はもちあがり、2組にはその年、急に採用された40代の女性講師が担任になった。何年も教職を離れていたが、子育てが一段落したからということで、学校現場に戻ってきたとのことだった。
 
 前年、荒れていたことを聞かされていたかどうかは不明だが、2組の先生は始業式の日、
「みなさん、今日は来ただけで満点です!」
と、にこやかに言ったらしい。
 
 意味不明な癒しワードに、子どもたちの緊張は一気に緩んだのだろう。
 翌日から、2組は荒れた。
 
 5年の頃をはるかに上回る勢いで、2組は荒れた。
 ハルルのいた1組も一発触発の状態になった。誰かが一声叫んだら、一気に崩れ始めそう、とハルルは言っていた。
  
 当時、学校では2年生と4年生も崩壊していた。
4年生は授業中に廊下でキャッチボールをしている。
2年生の若い先生はゴールデンウィーク明けに学校に来なくなり、新規採用されたばかりの先生がピンチヒッターで担任になって、恐怖政治で子どもたちを押さえつけている、とも言っていた。
 
 だが、なんの手も打たれないし、保護者への報告もない。
 子どもたちの口から聞かされるだけの荒れっぷり。保護者のなかでは、学校は何をしてるんだ、という不信感が高まっていった。
 
7月、授業参観があった。
 
 そこには、まさに無法地帯があった。
 
 授業中にもかかわらず、また、保護者が見ているにもかかわらず、教室の後ろでプロレスをし始める子、教科書の上にマンガを広げ爆笑しながら読んでいる子、先生の一挙手一投足を真似してからかう子、となりの席の子と談笑する子、寝ている子、そして、必死に先生の言葉を聞き取ろうとする子、……。
 
 カオス、カオス、カオス。
  
クラクラした。
 クラクラしながら、わたしは、これは子どもたちからおとなへの挑戦状だと感じた。
 
 これだけ叫んでるのに、おとなはだれも子どもの声を聞いてくれないんだ! 寄り添ってくれないんだ! ならば、ぼくたちは、わたしたちは、もっと荒れてやるぞ!
 子どもたちの満たされない心が手に取るように分かった。
 痛くて痛くて仕方がなかった。
 
 その翌日、ちょっと仲のよかったお母さんからLINEが来た。授業参観の様子を見て、何人かの保護者で話し合いたいという。
 指定されたファミレスに行くと、8人くらいのお母さんが来ていた。
 
 だが、その話し合いもわたしを失望させるものでしかなかった。
 
 保護者の口から次々に出てきたのは、
 
「このままじゃ授業が遅れる。中学になって隣の小学校と一緒になるのに、この学校だけ習ってないところが出てくるのは困る」
「中学受験に向けて大事な時期なのに、勉強に集中できない」
「荒れてる子の親は授業参観にも来ない。逃げ回っている、無責任だ」
「うちの子は、静かにしてって言っただけでいじめられた」
 
 さらに、 
「ハルルも『先生だけじゃなくて俺たちも悪い』って発言して、みんなから責められたらしいよ」 
という報告までもらった。
 
 とはいえ、ハルルがそのことをことさら気に病んている様子はなかったし、ましてや、そのことで被害者ヅラするのは嫌だった。
 
 それよりも、
「子どもたちは言いたいことがあるんじゃないの? ちゃんとその話を聞こうよ」
「あの荒れっぷりは、おとなに言いたいことがあるからだと思うよ。そこに寄り添っていこうよ」
と何度も提案したが、誰もその意見には乗ってこないことが残念極まりなかった。
 
 絶望した。
 ああ、こんなこと言うのはわたしだけだ。誰も頼りにはならんのだ。
 
 だが、一旦きちんと絶望すると、
「もういいや。わたしがなんとかするしかないんだ」
と、開き直りにも似た力が湧いてくる。
 
 とりあえず、わたしだけでも子どもたちの話を聞いてみよう。そう決めた。
 とはいえ、いきなり「なにがあったのか聞かせて」なんて言っても、そうそう心を開いてもらえるわけがない。ならば、どうする?
 
 ふっとひらめいたのが、おやつで釣ろう! ということだった。おやつを与えて子どもたちと仲良くなろう。おやつでお腹が満たされたなら、この子たちも口を割るんじゃないか。
 
 心が満たされてないなら、腹を満たせ。
 我ながら、ナイスアイディア!
 
 そんなわけで、わたしは「おやつ食堂」を始めた。
 貧困対策の子ども食堂とはちがう。子どもたちの心に滑り込むためのおやつ食堂。
 
 ハルルから、5時間授業の水曜日と習い事の少ない金曜日は放課後の公園に来る友だちが多い、と聞いたので、とりあえずその週2回。
 
 初日、小麦粉とキャベツともやしを買ってきてお好み焼きを作ろうと思った。だが、この分量で足りるかな? と不安になり、ゆうべの残り物の冷ご飯をそこに混ぜた。かさ増しだ。
 もちもちのお好み焼きが大量にできた。一口サイズに切ったそれをお盆に乗せて、つまようじを添えて、子どもたちが遊んでいる公園に運ぶ。そこには10人くらいの男子が遊んでいたが、急な差し入れに「え? え? いいんすか?」と戸惑っている。
 
「いいのいいの、食べて食べて! ごみだけ散らかさないでね」
わたしはそう言うと、そそくさと家に帰った。なんだか恥ずかしかった。
 
 2時間後、ハルルがお盆を持って帰ってきた。
「美味しい美味しいってみんな食べてたよ」
 そりゃそうだ。お好みソースとマヨネーズとかつおぶしをたっぷりかけたからな。美味しくないわけないじゃないか。
 
わたしが気になったのは味じゃない。それよりも、量だ。
「足りてた? みんなにいきわたった? 食べられない子はいなかった?」
 
「あー大丈夫。みんな腹いっぱい」
ハルルの言葉に、どうしようもない安堵感を覚えた。よかった、みんな満足してくれたんだ。
 
 それからは、週2回はりきっておやつを作った。予算は1回1000円以内と決めた。本当は質のいい国産小麦などを使いたかったが、10人も20人もいる子どもたちの腹を満たすことが先決と考え、質より量を優先した。
 
 大量のやきそば、大量のおにぎり、大量のスパゲティ、大量の蒸しパン、大量のピザ、その他いろいろ。
 
 もともと料理の腕に自信のないわたしは、ソースやふりかけで味をごまかし、家に残っていた野菜やコメでかさ増し、飾りつけも一切しなかった。というか、できなかった。
 
 回を重ねるごとに、公園に集まる子は増えていった。そして、そのうちに使った食器などを、みんなでわちゃわちゃ言いながら返しに来るようになった。
「ありがとうございます」
「美味しかったです」
 
 公園を散らかすこともなかった。自分たちでゴミ袋を設置して、すべてその中に入れて、自分たちで処理していた。
 学校では、あいさつもできない、掃除もできない、あの子たちが。
 
 そうやってせっせとおやつを作っているうちに、当初の目的はどうでもよくなっていた。子どもたちとそんなに仲良くならなくてもいい。何を考えてるのか、聞きださなくてもいい。ただ、あの子たちが腹いっぱい食べてくれるだけでわたしは満足だ。
 
 学校では、子どもたちは相変わらず荒れていた。授業もあまり成立していないようだった。でも、わたしにとって、もはやそれはどうでもよいことになっていた。週に2回、子どもたちがにこにこ笑って、蒸しパンを食べてくれるだけでよかった。わたしは、ただのおせっかいおばちゃんでよかった。
 
 ある日、近所の人たちがうちを訪ねてきたことがある。
 この子たちが、自転車で坂道をフルスピードで滑り降りる遊びをしていて、危ないからやめさせてほしいとのことだった。
「あの子たち、ハルルくんの同級生でしょう」
そう言われて、引き受けざるを得なかった。
 
「あ、あのさ」
おずおずと子どもたちに近づいて声をかけた。なんて言ったらいいんだろう。楽しんで遊んでるのに、危ないからやめろとか言いたくないな。
 
「あのさ、わたしはもちろん、あなたたちがこの遊びで怪我をするとかさせるとか思わない。これ以上やったら危険ってラインはみんな分かってると思うし、命にかかわるようなところまではしないと思う。でも、見てる人たちはヒヤヒヤしてるんだよね。それでわたしに『やめさせてほしい』って言ってきたの。だからさ、ここはひとつわたしの顔を立ててくんないかな。この遊びは、やめてほしい。お願い、わたしの顔を立てて!」
 
 口から出てきたのは、こんな言葉だった。
 
「はーい、いいっすよ」
「わかりましたー」
子どもたちは、素直にその遊びをやめた。
 
なんという頼み方をしてしまったのだろう、とわたしはあとから恥ずかしくなったが、それでも、子どもたちが素直に聞いてくれたことにホッとした。
 
おやつ食堂は、子どもたちが小学校を卒業するまで5か月間続けた。
そのことを、他の保護者には一切話さなかった。子どもたちも、自分の親にそのことを話しているふうでもなく、ごく一人か二人のお母さんから「いつもありがとう」と言われたが、わたしは取り立てて話題にしなかった。
 
これで子どもたちの心が満たされたのかどうかは分からないし、学校での荒れは最後の最後まで収まらなかったが、それでも子どもたちと共有したおやつ食堂は、わたしにとって大切な思い出である。
 
中学校にあがるとき、率先して荒れていた子どもたちはなぜか全員、私立中に進学、または転校した。
そんなわけで、中学生になったら、またのどかでのんびりした学年集団に戻っていった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
後藤尚子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

九州在住。2児の母。とはいえ、ふたりともすっかり育ちあがってしまった。
子どものおもしろ行動フェチ。自然療法家。健康おたく。

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2025-03-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.299

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