何を選択しても後悔すると分かっているときに願うこと《週刊READING LIFE Vol.299 分岐点》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/3/10/公開
記事:吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「良性のもので、悪い細胞ではなかったですよ。今のところ心配ありません。ただ、良性でもこの先悪い細胞に変化していくこともあるので経過観察していきましょう」
背中にできた、イボなのか、謎のデキモノ。
年を重ねると、イボやらなんやら、いらないものができてしまうのは、人も犬も同じらしい。
いつのまにか愛犬の背中にできたデキモノは、病院でも何度か診てもらっていたが、ただのイボでしょうとのことだった。ところが、ここ1か月くらいの間に、急にメキメキと大きくなっていった。
病院で診てもらったところ、「細胞の検査をしましょう、結果が出るまでに1週間ほどかかります」と言われ、細胞を採取された。
それから、結果が出るまで、気が気ではなかった。
毎日元気にごはんを食べて、出して、散歩して、よく寝ている。いつもと変わりない姿に「心配ない」という思いと、「もしかしたら……」という思いが交錯し、不安な日々を過ごした。
数年前に、愛猫の検査結果を聞いた時の絶望感を、何度も何度も思い出した。
愛猫の病気がわかったときには、もう、手遅れだった。お腹に大きな腫瘍ができていて、何もしてあげることができなかった。
愛猫は、もともとは近所にいたノラ猫だった。
ガリガリになってケガをしているのを見つけて、病院へ連れて行った。
元気になったら引き取りたいとは思うけれど、犬もいるし、もっと私よりふさわしい飼い主さんを探すべきだと、頭では分かっていた。でも、入院している間に毎日のように会いに行っているうちに、「誰かに託すことなんてできない、うちへおいで!」と心は決まっていた。
10日ほど入院している間に、いろいろ必要なものを買い揃え、愛犬に何度も説明し、猫を迎えた。
愛犬はまったく受け入れてくれず、愛猫に怒ってばかりいたけれど、愛猫のほうは気にすることもなく、シャーシャーも猫パンチも出さず、少し距離を取って見守っているだけだった。
結局、最後まで仲良くはできなかったけれど、お互いの存在は認め合い、一定の距離を保って暮らしていた。
最初に病院に連れて行ったときに、歯や皮膚がボロボロで、10歳を超えているおじいちゃん猫ではないかと思うが、実際の年齢はよく分からないと先生に言われた。
10歳を超えていたとしても、猫の平均寿命からしたら、まだまだ一緒に暮らせると楽観的に考えていた。
しかし、一緒に暮らし始めて1年半と少し経った頃、ちょうど真夏だったのだが、食欲が落ちているようだった。でも、大好きなちゅーるやささみはいつも通り食べるし、体調が悪いようには見えなかった。
ちょうど愛犬の定期検診があったため、そのときに先生に愛猫の食欲について相談した。真夏で食欲が落ちているだけかもしれないけれど、様子がおかしかったら連れて来るようにと。
私は、そのまま様子を見てしまった。元気そうだし、たいしたことはない。そう思ってしまった。
しかし、それから1か月くらいすると、さらに食欲は落ちていった。大好きなささみをトッピングしてもごはんを残す日もあった。
いよいよ心配になり、病院へ連れて行った。
レントゲン検査など、できる検査をしてもらった。
結果を聞きに診察室へ入ると、いつもはないイスが置いてあり、「おかけください」と言われた。その雰囲気に、検査結果が良くないことを悟った。
先生がレントゲン画像を見せてくれて、丁寧に説明をしてくれたが、言葉が頭を素通りしていくようで、まったく入ってこなかった。
「お腹に大きな腫瘍があるようです。これ以上の検査や手術となるともっと大きい病院ではないとできないため、紹介状を書きます。早く診てもらったほうがいいから、予約も取りますよ、いつがいいですか……」
かろうじて、重要な部分だけは頭に残った。
予約を取ってもらい、総合病院へ連れて行った。
検査をして、手術をすれば元気になる、また今までのように一緒に暮らせると信じていたのに、先生からの説明は違った。
「お腹の腫瘍は癌の可能性が高いです」
「確定診断のためにはお腹に注射針を刺して細胞を取って検査をする必要がありますが、その検査自体にもリスクがあります」
「手術をしたとしても、これだけ大きいとすべて取り除けるか……。状況がさらに悪くなる可能性もあります」
「検査をするにしても手術をするにしても、入院しなければなりません。入院はこのコにとって大きなストレスで、それがさらに状況を悪くすることも考えられます。入院中に……ということも大いにあります。それでも検査や手術を望むのであれば……」
ひとつもいいことを言ってくれない。
ただただ、泣きながら先生の説明を聞いて、何もしないことを決断して、病院をあとにした。
そうして、一緒に暮らし始めてから、たった1年と10か月で、愛猫は旅立ってしまった。
保護した日を誕生日としていたのだけれど、2回目の誕生日も迎えられなかった。
多くの分岐点を通過し、そして、その分岐点で選んだ道が間違いだったのではないかと後悔が残っている。
あのままノラ猫としての運命を生きたほうがよかったのではないか?
病院へ連れて行ったのも、余計なお世話であり私のエゴだったのではないか?
病院で治療したあと、元の場所へ帰してあげればよかったのではないか?
病院で治療後に私が引き取るのではなくて、もっとふさわしい飼い主さんを探してあげればよかったのではないか?
食欲が落ちた時点ですぐに病院に連れて行ってあげれば治療ができたのではないか?
入院のストレスがあったとしても、成功率が低い手術であっても、できる限りの治療をしてあげればよかったのではないか……。
どの選択が良かったのか、何が正解だったのか、愛猫はどうしてほしかったのか、どう思っていたのか……。
わかりようもなく、答えは決して出ない。
たったひとつ分かっていることは、私は愛猫と暮らせて幸せで楽しくてかけがえのない時間を過ごせたということ、今でも、この先もずっと、大切な存在だということだ。
でも、私だけ幸せだったとしても……と、また堂々巡りなのだけれど。
しかし、唯一の救いは、愛猫が私の腕の中で旅立ってくれたことだ。3連休の初日の朝に旅立ったから、前の日の夜からずっとそばを離れず、抱きしめて、声をかけて、なでて、見守ることができた。それは、愛猫が私の元に来てよかったと思ってくれているからではないか、だからちゃんと一緒にいる時を選んでくれたのではないか、と勝手に解釈している。
愛猫が私の元を去って、私も分岐点を通過し、今までと違う選択をした、というか今までにない考えに至ったことが、2つある。
ひとつは、この先、私がどんな病気になろうとも、受け入れようということ。
それは、愛猫に何もしてあげられなかった罪ほろぼしとして、私も治療も何もしないとかそういうことではない。どんな病気でも治せるのであれば治したいし、痛みにとにかく弱いので痛くないようにしてもらおうと思っている。でも、愛猫が病気になっても苦しくても辛くても一瞬一瞬を大切に生きていたように、私も病気と闘いつつ大切な時間を生きていきたいと思っている。もちろん、大きな病気にかからなければ、それに越したことはないけれど。
そして、もうひとつは、選挙にちゃんと行こうということ。
それならば、今までちゃんと選挙に行っていなかったのかと言われると、お恥ずかしい限りだがその通りで、気が向けば行くという、政治に興味がない人間だった。
それにしても、どうして愛猫の死と選挙がつながったのかは自分でも分からない。愛猫が旅立って、わりとすぐに選挙があった。そのときに、「選挙に行かなくちゃ。これからはちゃんと選挙に行く人間になるよ」と愛猫の写真に話しかけていた。以来、宣言通りにちゃんと欠かさず選挙に行っている。来る3月16日の千葉県知事選にも、当日は行かれないため期日前投票に行くことにしている。
愛犬は、今回の検査結果は心配なかったけれど、シニア期に突入しているため、今後は老化や病気と闘うこととなるだろう。
愛猫が教えてくれた教訓通り、「もっと早く病院へ連れて行っていれば」という後悔だけはしないようにしたい。
しかし、この先の愛犬に関する分岐点において、後悔しない選択をする自信はない。どんな選択をしても、違う選択のほうがよかったのではないか、と必ず思ってしまうだろう。
それでも、そのときは最善だと思える選択ができるように、愛猫に力をかしてほしいとお願いしている。
でも、愛猫は愛犬に遠慮し続けて暮らしていたから、そんな義理はないと思っているのだろうか。
いや、愛犬が何をしても一度も怒らなかった愛猫は、一枚上手な大きな愛で愛犬のことを見守ってくれていたのだから、きっと、そっと力をかしてくれるはずだと信じている。
□ライターズプロフィール
吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福祉業界で働きつつ、「誰かを笑顔にする文章を書く」「誰かのなにかのきっかけになる文章を書く」ことを目標に、文章を書き続けていきたいです。
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