あの時の占いは当たっていたのかもしれない《週刊READING LIFE Vol.299 分岐点》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/3/10/公開
記事:亀子美穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
あの日、薄暗くて人通りも少なくなった八重洲のオフィス街の裏通りを、私は1人でとぼとぼと東京駅に向かって歩いていた。
その時の私は24歳で、仕事に行き詰まりを感じていた。
まだ、「女はクリスマスケーキと一緒。24過ぎたらただ同然」なんて事が平気で言われていた時代だ。同じ会社に入社した同期の友達は1人、また1人と結婚を決めて退職していた。
「寿退社」が女の花道だった時代。大した仕事も任されず、経験よりも若さが尊ばれる職場の仕事には何の展望も持てなかった。
「これから、どうしたらいいんだろう」
そんなことを考えながら地下街に入ると、ふと、通路の片隅に机を出して座っていた占い師と目が合った。中年の女性の占い師だった。
私は引き寄せられるようにふらふらと占い師の前に座った。
聞かれるままに生年月日や血液型を答え、手相を見せた私に、占い師は開口一番、
「あなた、お見合いしなさい」
と言った。
「え?」
当時の私は、何が何でも結婚したいという気分ではなかった。むしろ、もう少しやりがいの持てるような仕事をしたい気持ちが強かった。それに、付き合っている彼氏もいた。
戸惑う私に占い師は、さらに続けた。
「あなたはお見合い結婚で幸せになる相が出てる。お見合い、したことある?」
首を横に振った私に、占い師はお見合いの手順の説明を始めた。
「近所に必ず、世話好きのおばさんがいるから、その人に写真と釣書を渡して、『いい人いたらお願いします』と言うの。今は実家にお住まい? なら、お母さんに聞けばそういう人、知り合いにいると思うから、頼んでもらえばいいわ。
写真はそんな、写真館で撮った立派なものでなくてもいい。スナップ写真でいいの。全身が写ったのと胸から上のを、お父さんとか男の兄弟に選んでもらって。絶対に男性に選んでもらうのよ。
釣書、知らない? まあ、出た学校とか、趣味とか書けばいいのよ。あんまり変な趣味は書かない方がいいわ。大人しめな感じでね」
あまりにも具体的な説明。
これは占いなんだろうか?
でも、結婚相談所の勧誘などではなさそうだった。
その後、お見合いの説明は、実際にお見合いに臨む際の服装の事とか、話すといい話題など、さらに具体的で詳細になってきた。
私は、その勢いに押されて、口もはさめずにいたが、このままではお見合い指南だけで占いの見料2千円が無駄になってしまうと思った。かといって、「お見合いなんて興味ありません」と言い切ってしまうのも気が引けたので、話の区切りを見計らって、勇気を出して、小声で
「でも、私、彼氏いるから……」
と言ってみた。
「あら、そうなの?」
占い師は少し意外という顔をしたが、すぐに彼氏の生年月日をきいてきた。
私が彼の生年月日を伝えると、何か計算のようなものをして、
「その人はだめね。一生うだつがあがらない」
と言い捨てた。
「お見合い、してみてね。絶対いい運が開けるから」
最後までお見合いを勧めてくる占い師の声に送られて、わたしは席を立ったのだった。
その後、私がお見合いをすることはなかった。
占い師が話してくれたお見合いの手順は大変そうに思えたし、結婚よりも仕事を続けたい気持ちが強かったためだ。親に占いの話をすることもなかった。
私はその数か月後に転職した。
しかし、その転職先でも長く勤め続けることはできなかった。30歳を前に、周囲の、結婚しろという圧力に負けた私は、結局、占い師が「うだつが上がらない」と切り捨てた彼氏と結婚して退職する道を選んだのだ。
だが、結婚というのは、当人だけの問題ではないのだと、私はその時に思い知ることになった。
地方出身の彼の両親は、私と会う前から私の事が気に入らなかったようで、私があいさつに行ったときにいきなり「あの子には地元のお嬢さんの方が色々わかっていていいと思っていたのに」と言われた。
その後、結婚式の時期や場所に口を出され、招待する人から嫁入り道具にまでいろいろと文句を言われ、私も、私の両親も、結婚前からへとへとに疲れ果ててしまった。
「何でこんな言われ方しなくちゃいけないのかしら。あんな田舎の家なんかよりも、ずっといい所からの縁談だってあったのに」
母が悔しそうにこぼしたのは、結婚式の数日前だった。
聞けば、母の知人から、お見合いの打診が数件来ていたのだそうだ。
中には、相手が医者というのもあったらしい。
「でもね、あなたが仕事頑張るって転職したりしていた頃だったし、もう、あの人とお付き合いもしていたみたいだったから、断っちゃったの」
ちょうど、あの占いの頃の事だった。
もし、あの時、母に一言「占い師からお見合いするといいって言われた」と話していたら、もしかしたら、私は医者の妻になっていたかもしれない。そう思ったら、ちょっと残念な気がした。
その後、両方の実家から離れた名古屋に引っ越し、息子が生まれ、平たんではなかったものの、なんとか結婚生活を続けて20年近くの年月が流れた。
息子の大学受験が終り、無事、大学入学が決まった時、問題が発覚した。
大学の入学金が払えない?!
なぜだ?
夫は「俺が稼いだ金は俺が管理する」と言って、自分で財布のひもを握っていた。
私や息子が何か大きな買い物をするときにはあれこれ文句をつけてきていたので、貯金などもしっかりしているのだろうと思って安心していた。
しかし、違っていた。夫は稼いだ金を全部使い果たして、借金までしていたのだ。
予兆はあったが気付かないふりをしていた。
結婚前にはわからなかったことも、20年近く一緒に暮らしていれば、それとなくわかってくるものだ。夫は家事ができないが、多分、会社でも仕事ができない奴だろうなと感じていた。
家でときどきこぼす、会社の愚痴が、「お前、そんな事でごたごた言ってるんじゃない!」という次元の事が多かったし、出世競争では同期入社から大分遅れをとっているようだった。
そのくせプライドが高い所があって、会社でのストレスを外で晴らしているらしく、帰りが遅いことが多かった。
「クレジットカードで払っていたら、使いすぎちゃって」
使いすぎた分を貯金を切り崩して払っていたらしい。
その貯金も底をついて、キャッシングに手をだしている状態だった。
息子が生まれた時や学校に上がるたびにもらったお祝いを息子名義の通帳で預金していたものも、すでに引き出されていた。息子が大学に上がる時のためにと思ってかけていた学資保険もとうの昔に解約されていた。
「うだつが上がらないどころか、とんでもないクズじゃないか!」
頭の中に、あの占い師が言った言葉がはっきりとよみがえってきた。
結局、私のなけなしのへそくりとか、夫と私の実家から入学祝という名目で援助してもらったりしてお金をかき集めて、息子を大学に行かせることができた。
でも私の中で、あの時占い師の言う通り、お見合いしていたら、こんな思いはしなくて済んだのにという後悔の念がふつふつとわいてきたのだった。
そんなことがあってからさらに10年たった。
なぜか私は離婚もせず、いまだに夫と暮らしている。
自分でもよくわからない。
夫は定年を迎えた。占い師の言う通り、最後まで出世しなかった。
それでも、別に不幸には感じない。
多分、これからもこんな感じで行くのだろう。
あの占い師に会ったあの時が、一つの分岐点だったと思う。
あの時、別の道をえらんでいたらどうなっていたかわからない。
お見合いをしたからって、医者の妻になれたかわからないし、医者の妻になっていたとしても、幸せに過ごせたかどうかはわからない。
でも、お見合いも1回ぐらいしてみてもよかったかも。
□ライターズプロフィール
亀子美穂(ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。愛知県名古屋市在住。 2024年4月よりライティングゼミを受講。その後ライティングXを経て、新ライターズ倶楽部受講中。昨年60歳を迎え、体力の衰えを感じながらも、これからの楽しい生き方の追及中。
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