人はなぜ結婚してまで苦悩したがるのか《週刊READING LIFE Vol.299 分岐点》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/3/10/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
先日、友人夫婦を家に招いてお茶をしていた時のことだ。
「ちょっとパナ子ちゃん、聞いてくれる?」との号砲を皮切りに妻であるH美ちゃんの夫に対する愚痴がまあ止まらない。H美ちゃんの夫は目の前のイスに腰かけて、一緒にコーヒーを飲んでいるというのに。
彼女の話によると、夫であるY助がとる行動の意味がわからな過ぎて腹が立つという。
毎週土曜日彼女は半ドンの勤務があり、Y助の仕事はお休みである。Y助が「きょうは君が仕事の間に、散髪に行っておこうと思う」と言ったので、彼女は一台しかない車を置いて行った。通常なら彼女が職場まで乗っていくのだが、散髪屋が少し遠いので譲ったらしい。彼女の職場は自転車で行けないこともない距離だからだ。
仕事を終えてやれやれと自宅に戻り、リビングにいた夫が視界に入った時、彼女は戦慄した。
(か……髪……切っとらんやないかい……!!)
わざわざ車まで譲ったのに散髪屋に1ミリも近づいてない夫の姿をみて、怒るより前に(why!!!!!)の気持ちが勝ったH美ちゃんは「え……髪……切ってなくない?」を絞り出すのが精いっぱいだったらしい。
理由を聞けば「やっぱり子供連れて行くの可哀相かなと思って」(今まで何回も連れて行ってた)とか「君が帰宅してから行く方がいいかなと思って」とか後から考えたようなものばかりで、しっかり者のH美ちゃんをだますことは不可能だった。
ここまで一気にまくしたてると「もう本当に意味わからんと思ってー!」と怒りを再認識したようだった。
ここで、「本当に意味わからんねー!」と言えたらよかったのだが、言えない私がいた。
女同士、妻という立場同士、また気の合う仲間として「大変だよね」と言いたいのはやまやまなのだが、とある事情がそうさせなかった。
なぜなら、私はどちらかというと、夫のY助の立場に近いからだ。
その他の愚痴を合わせて考察してみても、Y助はズボラで時間にルーズで面倒くさがりだ。決して褒められないが、私もそのクチなのだ。
だから、Y助の心情が手に取るようにわかってしまった。
きっと休みでゴロゴロしているうちになんだか散髪に行くのが面倒くさくなり、まあ後で行けばいっかと思っているところに妻が帰宅し、叱られたというわけだ。
当たり前だ、そのために彼女は車を譲ったのだから。
目の前で愚痴られてY助は「ははは、すんません」と苦笑いしていたが、彼女の愚痴がヒートアップしていくのに居ても立ってもいられず、私は「ごめん!」と遮った。
「ごめん、私、完全にY助の方の立場だわ……」
「えッ……」と驚く彼女。
これはY助をかばうつもりは毛頭なく、全然デキた人間ではないのにあれこれ人の事を言えないという反省と同時に、夫への謝罪の気持ちが生じたのが大きかった。
私の夫も、H美ちゃんと同様細やかな部分まで行き届いているようなきちんとした人なのである。自分を管理できている人間が、私のようなルーズな人間と暮らすとはどれほどのストレスであろうか。
新婚の頃、ふたりで関西方面に旅行にでも行こうと私が持ちかけたにも関わらず、新幹線や宿の予約など諸々を任せきりにした挙句、当日の朝、私の準備に手間取り出発がギリギリになった。
「新幹線に乗り遅れるでしょ!! なんでもっと早く準備しないの!?」
まるで子供が親に叱られる内容が夫の口から出たのは、記憶に新しい。平謝りしながら飛び乗った新幹線で自分はなぜいつもこうなのかとうなだれた。
結婚して十年以上が経ち、私も人の親となった手前、もうあんな叱られ方をすることはさすがになくなったが、バタバタしがちな私にあまり信用が置けないのか、家族でどこかに出発する際は夫が「じゃあ、〇時〇分には、家を出ましょう」と号令をかけるのが常になった。
H美ちゃんも、うちの夫も、結婚したばかりに新手の苦悩を手に入れてしまったようで大変申し訳ない。
じゃあ、ズボラなY助や私が、ただのほほんとした生活を送っているかというと案外そうでもない。それは家のなかにきちんとした人がいるというプレッシャーからきている。「なんとなくボケっとしていたら三時間過ぎてた」とか「やんないとなーとは思ったけど面倒くさくてやめちゃった」というDNAが体内を巡っている我らの性分を「きちんとさん」の彼らが到底理解できるはずもなく、かといってそれについてわかりやすく我らが解説するほど弁も立たない。結局「なんとなくずっとルーズ」というレッテル貼られながらも、彼らが怒り心頭しない程度にゆるく「きちんと」を維持していかねばならないのである。そういう意味ではこちら側も新手の苦悩なのである。
しかし、この十年に渡る課題が意味することについて、つい先日新たな視点を得た。
それは「結婚相手はどう決まるのか」という話を聞いたからだ。
算命学という学問で人生を視ていく占い師の話を聞く機会があり、その人がこんな事を言っていた。
「恋愛は当人どうし、結婚はご先祖さまが決めていますよ」
スピリチュアルな話になるので賛否両論はあるだろうが、私はなんとなく納得してしまったのだ。なるほどと思い、ネットなどでも検索した結果、こんな記事にたどりついた。
『守護霊が導いてくれた相手はあなたを厳しく鍛え直してくれる相手となり、足りない部分を気付かせてくれる相手となります。
「運命の相手のはずなのに一緒にいて辛い」という場合は、スピリチュアル的にあなたの魂の修行が全然足りていないという可能性があるので、簡単に音を上げないようにしましょう』
ハハハハハハハッ!!!!!
なんだか図星過ぎて笑いが出た。
そうでしたかー! 夫、私のズボラな面を厳しく鍛え直そうとしてくれてましたか!
まいっちゃうな。
どうやら私も魂の修行がまだまだのようですな……。
ここでまたひとつ私の脳裏をかすめたのは、夫が私にプロポーズをした場面だった。
まだまだ夫と付き合いたてでウキウキの頃、私は久しぶりに父と外で呑むことにしていた。
「え、俺も行っていい?」
何を思ったのか飛び入り参加してきた夫を、父は快く受け入れた。
受け入れたどころか、酒が進むにつれ、ふたりの様子がなんだかおかしい。
「本当にね……ありがとうね……こんな娘だけどね……」
父が涙ぐんでいる。おいおい泣くなよ。
きっと夫のきちんとしている感じが短時間のうちにわかり、この人なら娘を任せられる、そう思ったのだろう。
つられたのか何なのか、それを聞く夫もまた涙ぐんでいた。
いやいやだから泣くなよ。
私だけが居酒屋の小上がりでヘラヘラしているうちに、二人が熱い握手を交わし始めた。
「ありがとうね、ありがとう……!」
「いや、お父さん、こちらこそありがとうございます!」
あの……盛り上がっているところすみません……私まだプロポーズもされてないんですけど。
戸惑う私を残して、二人の熱き握手はなかなか終わらない。
気が済んだのか、手をゆっくりほどくと父が言った。
「ちょっと、お手洗い、行ってくるね」
その時だった。
父がトイレに立ったその隙に夫が私に向かって言った。
「けっこん、しようね~」
かっっっっっる!! 超絶に軽いな!!
そして順番が逆やないか!
「え? ねえこれプロポーズ??」
「うん」(酔った顔でにこ)
ずこーッ! こうして夫から私へのプロポーズは、父との涙編からすると比べられないほどに軽く執り行われた。これが私にとって人生最大の分岐点となったのであった。
今思えば! 先祖というか、父が決めた結婚みたいな側面もあると思ってしまう。
きっと父の「こいつのズボラなところ、叩き直してやってくださいよ」という依頼に応えて
「お父さん! お任せください! 僕がきっと……!」みたいな。
あの時、私には感じられなかった、精神のやり取りが二人の間にはあったのかもしれない。
こうやってトントン拍子に結婚まで進んだ私たちだが、くだんの占い師は言った。
「旦那さんは、結婚する必要のない人ですね。きっと血迷って結婚してしまったのでしょうね」
えーーーー! そうなの!?
だとしたら、彼は本来抱えなくていい苦悩を抱えているのかもしれない。
これから先の二人の(というか私の?)考え方や動き次第で、分岐点での選択がいい方にも悪い方にも動いていくのだ。今はそんな風に感じている。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00