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週間READING LIFE vol.3

私の中で生きる、忘れられない誰かの恋愛物語《週刊READING LIFE vol.3「とにかくこの本を読んでくれ」》


 

記事:伊藤千織(ライターズ倶楽部)

 

皆さんは、思い入れのある本をどれくらい持っているのだろうか。
私は高校生の頃に出会ったある1冊の本を、一生私の人生から手放さないと誓った。
その本は恋愛小説で、著者は最年少で文芸新人賞を受賞するなど当時話題となっていた若手女性作家だった。普段あまり本を読まない私でも、彼女の名前は知っていた。

私は小説を読むことが苦手だった。読みすすめるうちに内容に飽きてきてしまい、結末まで読めないことが多い。学生の頃は学校の課題で読書感想文があると、本の途中までのあらすじは詳細に書けるのだが、その結末に対してどう感じたのか、いつも自分の感想を述べることができなかった。

しかし、自分が読みたいと思えた本なら最後まで読めた。私は自分の感性にピッタリと合う本に出会いに、学校帰りに地元の本屋さんへよく立ち寄っていた。本屋でタイトルを見て、面白そうだと思った本は片っ端から内容を覗き見した。様々なページを試し読みして、読み進められそうだと思った本は購入して隅々まで読んだ。

いつも私は結末をある程度読んでから物語を追い始める。これを話すとよく驚かれるのだが、おそらく私には想像力がないからこの手法を取る。
結論や文章の面白さがわかっていないと、安心して先を読み進めることができないのだ。

この日も、私は学校帰りに本屋で自分の琴線に触れる本を探していた。すると、1冊の本に一目惚れしてしまった。
その本は「ナラタージュ」(島本理生著 2005年発売 角川書店)という本だった。表情の見えない若い女性が暗い部屋の中で正面を向き、立ち尽くしている姿が表紙だった。私はその本を見つけると、思わず手に取っていた。なんとなく、一筋縄ではいかない恋愛小説である予感がしたのだ。
その本は元々人気だったようで、単行本が並ぶ本棚に平積みにされていた。本の帯には、その年の恋愛小説ランキングで1位を取ったという情報が大きく載っていた。

私はまず表紙を開けて、最初の章から読んでみた。しかし、やはりそれだけはイマイチ内容を把握できず、いつものように何ページかワープして読書を再開した。
すると、ちょうど物語の転換期だと思われる文章が目に飛び込んできた。そこで繰り広げられる事件を私は息を潜めながら覗き見し、ひとつひとつのフレーズを噛み締めながら読み進めた。

息ができなかった。一気に引き込まれた。
私はその章を一通り読み終えると、そのままレジに向かった。帰宅し、夕飯を食べ終えるとすぐに自分の部屋で無我夢中で読んだ。気がつくと深夜3時になっていた。私が翌日のことや時間を忘れて小説を読み、翌日のことなどどうでもよくなるほど続きが読みたくなったのは、これがはじめてだった。
私は翌日、本を家から持ち出し通学中の電車の中で読んだ。これまで通学中は携帯電話の操作しかしてこなかったが、この本に出会った途端に習慣が変わってしまったことに自分で驚いた。授業中も本の続きが読みたくて集中できず、休み時間は読書に時間を割いた。

とにかく感情描写がリアルで、とにかくすべてのフレーズが愛しかった。
当時高校生だった私にはこの小説のような大恋愛など経験したことがなかったが、とにかく涙が出て仕方がなかった。
すぐに頭の中でストーリーが上映された。どのシーンも、私の頭の中ではセピア色のスクリーンに投影された。モノクロ映画のように無音の中で登場人物が現れ、その表情はどの人物も微笑み、悲しみ、切なげな表情を浮かべるのだった。

私はこの本を何度も何度も繰り返し読んだ。頭の中で朗読しているうちに高ぶる感情を抑えることができなくなると、私は声に出して読んだ。1章ずつ音読しては、情景を想像し泣き、切なさを噛みしめるのだった。

あまりに好きすぎて、暇さえあれば私は携帯電話のメール新規作成欄にその本の文章を1から転記していった。単行本を毎日のように持ち歩くのはさすがに重かったため、携帯電話に入れてしまえばいつでもどこでも読めると思った。当時は電子書籍が普及しておらず、私にはその手段しか思いつかなかった。また、その好きなページを携帯電話で撮影するのでもなく、1文字1文字を逃さず入力したかった。

多分、生涯でただ一度の忘れられない恋って、こういうことなのだろう。
切なくて悲しい記憶の方がたとえ大きくても、その全てが愛しい思い出なのだろう。

恋愛に夢を見ていたあの頃の私は大人に憧れ、こんな恋愛がしたいと思った。

あれから10年以上経ち、私は実家を出て社会人として様々な土地で働き、恋愛も経験した。この本は私が一人暮らしをはじめた時に一緒に連れて行き、何度も引越しをしては常に私のそばにいた。
しかし、仕事に明け暮れるようになると、この本を開けることはなくなった。もうフレーズも思い出せなかった。存在すら忘れそうになっていた時、この本が実写映画化されるという情報を知った。

映画化に際して、この本を手放そうと考えた。この映画の出演者を好きな人は、きっと原作を読んで見たいと思うはずだ。私はこの本を今はもう読めていないし、誰かの役に立てたらいい。そう思い、中古転売アプリで出品金額を調べた。
状態の良いものは500円ほどで売れていた。状態の悪いものでも、最低設定金額である300円でほとんど売れていた。私の持っている本も読みすぎて表紙が一部擦り切れているし、色褪せている。むしろ値段がつくだけでもありがたいだろう。

アプリへ出品するために写真を撮ろうとした時、この本を夢中になって読んでいた頃の感情を、突然思い出した。

300円で、私はあの頃の感情を葬ってしまうのか。
必死に読んで、必死に声に出して、必死に感性を磨いていたあの頃の感情はその程度だったのか。

私は出品ボタンを押せなかった。思い出を手放すには、あまりにも安すぎた。
そして私は久しぶりにこの本の表紙を開けた。再び、あの頃に私の頭の中だけで上映していたオリジナルキャストがセピア色のスクリーン上で微笑んでいた。

大人になったからだろう、読み進めるうちに感情移入できる登場人物が増えた。しかし情景が変わらない。主人公の一生忘れられない恋愛は、私の中でも生涯共に生きていくのだろう。

皆さんは、思い入れのある本をどれぐらい心に抱えているのだろうか。
私がこの本を通して体験した忘れられない恋愛のように、愛してやまない物語を是非とも声に出して教えてほしい。
誰かの中で生きる物語が、より多くの耳に伝わればいいと願う。

 

❏ライタープロフィール
伊藤 千織 (Chiori Ito)
1989年東京都生まれ。
都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店でライターズ倶楽部に在籍中。小学生の頃から新聞や雑誌の編集者になるという夢を持っていたが、就職氷河期により挫折。それでもプロとして文章を書くことへの夢を諦められず、2018年4月より天狼院書店のライティングゼミに通い始める。

趣味は旅行、バブルサッカー。様々なイベントに参加し、企画もするなどアクティブに活動中。

 

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2018-10-22 | Posted in 週間READING LIFE vol.3

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