彼が残してくれたもの《週刊READING LIFE vol.3「とにかくこの本を読んでくれ」》
記事:青木文子(ライターズ倶楽部)
濡れた石畳の上をゆっくり歩く。友人のお宅にお参りに行く日は秋時雨だった。
道すがらの雨に、どこからか金木犀の匂いが交じる。
その友人の訃報を聞いたのは先々週の3連休の初日。その時東京にいた私への第一報は友人からのフェイスブックメッセージだった。あまりの突然の訃報に何が起きたかわからなかった。気がつくと見知らぬ駅でホームに降りてベンチに座り込んでいた。
なんで? どうして? そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡った。
彼は私より3歳若い友人だった。鍛えている身体は、その年齢の男性にありがちなビール腹のような体型からは程遠かかった。ほんの数日前にFBでコメントのやりとりをしたばかりだった。
新国立美術館でJOJO展を見ようとウキウキと向かっていた電車の中で知った訃報。結局、どこにも行く気になれず、泊まる予定のホテルの部屋に戻った。ベッドに寝転んで天井を眺めた。私の頭に、その友人の言葉がいくつも浮かんで、いくつも消えていった。
彼はよく私の事務所におしゃべりに来ていた。「文ちゃん、今います?」とメールが来て、しばらくすると、ひょっこり事務所の扉から顔をのぞかせる。大体いつも決まった用事はない。椅子に座るなり「最近、こんなこと考えてるんですよ」という前置きで始まるのが彼流だった。
「人は何を心の支えにするんだと思います?」
「人が生きる時にどうしても必要なことってなんでしょう」
「人が死ぬと、あとに残る人たちに何を残すんだろうね」
彼の僧侶という仕事柄、人が生きること、人が死ぬことについてよく議論した。意見がお互いに180度違っても、気持ちよい議論ができる人だった。
秋時雨の中、訪ねていった私を彼の奥さんが迎え入れてくれた。彼女は私の友人でもある。お寺の本堂の一角。お線香を上げて手をあわせる。遺影を見ていると言葉が聞こえてくるようだ。彼女と私だけの本堂はガランとしていた。手をあわせていると、ただただ時間が過ぎていく。それから、彼女と彼の思い出について話をした。
人は亡くなった後、残された人に何を残すのだろうか。
かつて「モギツヤ」を企画したことがある。モギツヤは模擬通夜だ。きっかけは、企画をする仲間たちで話し合いをした時の言葉だ。
「亡くなった人のことを語るのってさ、お葬式よりもお通夜じゃない?」
「その人の思い出とか、今なら言える迷惑かけられた話とかするよね」
「うんうん、泣いたり笑ったりするのってお通夜だよね」
模擬葬儀や生前葬儀という言葉は聞いたことがあるかもしれない。その人が亡くなる前に亡くなったとして葬儀をすることだ。そうではなくて、模擬通夜をしてみようということになった。
模擬通夜の夜はやはり秋時雨の夜だった。模擬、であるのに、その雰囲気からなぜか参加者はみんなしんみりとした気持ちになっていた。その当人の話を語り合うときには涙ぐんでいた。
お棺にみたてた箱に入っていた模擬通夜をされる本人が後から言っていた。
「生きているうちに、自分のことを語り合う言葉を聞けるって、本当に幸せだって思いましたよ」
身近な人、大切な人が亡くなった時に大切なこと。それはその人の思い出を語ることだ。人はその思い出を語る中で心の整理をしながら、気づいていく。亡くなった人が残してくれたものに。
『わすれられないおくりもの』という絵本がある。
今も私の本棚にある1冊だ。森の仲間達の中で頼りにされていたアナグマ。そのアナグマがある冬のはじめに突然亡くなる。残された仲間たちは嘆き悲しむ。それでも仲間たちは集まってアナグマの思い出を語り合うのだ。語り合ううちにそれぞれがそれぞれにアナグマが残してくれたものに気がつき始める。そして残してくれたものに気がついた時、それぞれは自分が生きていくことに向かい合う力を取り戻すのだ。
かつてNHKラジオかなにかの相談コーナーでこんな相談があった。
「我が家の飼っていた犬が死んでしまいました。でも小さい子どもは「死」ということがわかりません。どうやって伝えたらいいでしょうか?」
その回答の中で、この『わすれられないおくりもの』が紹介されていた。この絵本を読むことで子どもなりの「死」を感じていくことができるかもしれませんよ、と。
この絵本を読んだ人はきっと思い出す。自分がどこかで同じ経験をしたことに。この世に100%ということはありえないというけれど、人は100%死ぬ。この世の中で今一緒に生きている人たちも、必ずどちらからが必ず先に死ぬ。でもだから、残された人が先に逝った人のことを語ることが必要なのだ。
友人の話は語っても語っても話は尽きそうになかった。でも、そろそろ、帰らなくちゃ。帰る前にもう一度、遺影に向かって手をあわせた。目を上げると遺影と目があった。彼が私に何を残してくれたのだろうか。心の中で尋ねてみた。残してくれたものって、これなのかな、と。そう、そうだよ、という声が聞こえたような気がした。
本堂からそとに出ると、秋時雨は小振りになっていた。金木犀の香りはすこし濃くなっていた。本堂を振り返ってみた。そちらの世界に行くまで、もうすこし、こちらでやってみようとおもうよ、と心の中でつぶやいてみた。
紹介した本:『わすれられないおくりもの』
スーザン・バーレイ 著 評論社
❏ライタープロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ。岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学が専門。民俗学の学びの中でフィールドワーカーの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でないが、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。天狼院メディアグランプリ23nd season総合優勝。READING LIFE公認ライター。
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