週刊READING LIFE vol.301

特別の挨拶は、誰に対して?《週刊READING LIFE Vol.301 良いビジネスとは》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/3/24/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
良いビジネスとは、ズバリ、飲食業だと思う。
 
何故なら、他の業種では受けることが無い、特別の挨拶を頂戴することが出来るからだ。
 
 
飲食や食品製造のコンサルをしている私は、誰より飲食業の苦労を知っている。
勿論、その面白さや、本来在るべき敬意も熟知しているつもりだ。
それも、“食”と謂う、人間が生きて行く上で毎日欠かすことが出来ない事柄を担っているビジネスなのだ。
 
しかし、昨今の人手不足の風潮の中でも、飲食ビジネスはその‘あおり’を、一番強く受けている。
兎に角、人が集まらないのだ。
特に、飲食ビジネスで多いアルバイトが。
 
より高い時給を提示しているのに。
 
働く側の気持ちも、解らなくはない。
飲食はサービス業なので、同年代の若者が遊んでいたり、飲食店を利用したりしている日時に、働かなくてはならないのだ。
往々にして、勤務は夜遅く為ったり、早朝からだったりする。人間、食べる時間は千差万別だ。
 
店内(客席)の華やかさばかりが目立つ飲食ビジネスだが、裏では意外と重労働が多いのも実情だ。この辺りも、アルバイトから敬遠される一因かもしれない。
例えば、威勢良い接客が特徴のラーメン店等、営業時間より仕込みの時間の方が多い位なのだ。
それは、営業時間より長い時間、厨房内は灼熱の場と化していることと為る。そこでの(たとえ補助的とは謂え)作業は、重労働に他為らない。
油(油脂)が空気中に舞っているので、閉店後の清掃はいわゆる‘汚れ仕事’の代表と謂っても過言ではない。
しかも、飲食店内は、衛生的なことが第一条件だ。
 
この一例を取っても、飲食ビジネスに人が集まらない最大の要因なのだ。
 
従って、私の様なコンサルに届く相談は、“売り上げが上がらない”を抑えて、“人手が足りない”が圧倒的なのだ。
 
 
人手不足に悩む、飲食ビジネスの経営者に対して、私が必ずする助言がある。
それは、
 
「従業員に誇りを持たせていますか?」
 
と、謂う質問だ。
大概の経営者は、この質問を投げかけると、どこか上の空な表情に為る。
それもその筈、経営者自身が‘誇り’を持って居ないからだ。
 
そこで私は、これ等の経営者に対し、
 
「近い内に、伺いますよ。必ず、終礼の時に」
 
と、告げている。
肝心なのは、終礼(深夜の場合もある)時間なのだ。
主力メンバーの多くが揃い、経営者も残って居るケースが多いからだ。
私のアドバイスは、一般社員やアルバイトは勿論、誇りを持つことが出来ない経営者にも聴いて頂きたいからだ。
 
 
先日のこと、私はアルバイトが集まらないと悩む、横浜のラーメン店に伺った。
終礼の少し前に。
 
このラーメン店は、ターミナル駅からは少し離れているが、周りにも多くの飲食店が有る地域に在る。ライバルが多いにも拘らず、繁盛店の域に入る売り上げを示している。
客単価だって、決して安くはない。
問題は、人手不足の為、社員もアルバイトもやや疲弊して居り、仕事に対するモチベーションが上がって居なことだった。
 
私は、最後の客と為って、自慢のラーメンを頂いた。ここのラーメンは、私の好みの塩味だ。
会計を済ませた私は、レジに立ってくれたアルバイト店員(女性)に、
 
「有難う。美味しかったよ。ごちそう様」
 
と、礼を言った。
学生と思われる店員は、疲れが見受けられるものの咲顔に為り、
 
「有難う御座います!」
 
と、元気な声で応えてくれた。
 
 
店の暖簾(のれん)を仕舞って貰い、経営者を含めた全員に集まって貰った。
私のコンサル開始だ。
 
先ず、
 
「長い時間の営業、御疲れ様です」
 
と、私は告げ、少し仰々しく御辞儀した。
但しこれは、パフォーマンスでは無く私の真心だ。遅い時間迄、熱い厨房内や汚れる洗い場で働き続けてくれたことに対し、敬意を払わずには居られないのだ。
続けて、
 
「皆さんは、大変だけど本当に良いビジネスに関わっていますね」
 
と、私が言うと、並んだ顔が戸惑いの表示と為った。
私に真意を、未だ理解出来ていない証拠だ。
 
「皆さんが働いている飲食ビジネスは、他にはない特別な挨拶を頂戴出来るのです。何だか解りますか?」
 
経営者を始め、どの顔も“解った”表情に為らなかった。
私は、意地悪を止め、レジに立ってくれたアルバイトに、
 
「先程私は、貴女に何と言いましたか? 覚えていますか?」
 
アルバイトの女性は、
 
「はい、『有難う』と『ごちそう様』と言って頂きました」
 
「そうです。正解です」
 
私は、咲顔で返答した。
続けて、
 
「どんな客商売でも、『有難う』と言って頂くことは有ります」
「しかし、『ごちそう様』と謂う御礼を頂戴出来るのは飲食だけなのです」
 
と、言ってみた。
アルバイトは兎に角、経営者は、
 
『何だ、それだけか』
 
と、謂った表示だった。
私は、委細構わず言葉をつづけた。
 
「日本人は、食事をとる前に『頂きます』と言って手を合わせます。これは、日本語にしかない表現です」
「では、誰に対して言っているのでしょう?」
 
洗い場に立っていた男性のアルバイトが手を挙げ、
 
「作ってくれた人に対してだと思います」
 
と、元気よく答えて来た。
私は、
 
「うーん。半分正解」
 
と、答えた。
そして、
 
「作ってくれた人に対して、手迄合わせるのは仰々しいでしょ?」
 
と、言った。
 
「実は、『頂きます』は『ごちそう様』と対に為っています」
「そしてどちらも、仏教の神に申し上げているのです」
 
と、続けた。
怪訝な表情が広がった。
 
「では、何という名の神に対して言っているのでしょう?」
「知りませんよね。初めて聞くのですから。覚えて置いて下さい」
 
私は少し間を置き、
 
「『頂きます』・『ごちそう様』と感謝される神は、“韋駄天”と謂う神です」
「そう、脚が速いことで有名な“韋駄天”様です」
 
続けて、
 
「韋駄天様は、その俊足を生かし、人々に食べ物を配る神なのです」
 
少し間を置き、
 
「だから、『御馳走様』には“走”の一字が入って居るのです」
 
と、伝えた。
並んだ顔が、一気に咲顔に為った。
 
私は続けて、
 
「皆さんが従事している飲食業は、“韋駄天様”の行いと同じなのです」
「だから、『御馳走様』と神に対する御礼を言って頂けるのです」
 
もっと華やいだ咲顔を前に、
 
「どうです? 他の仕事では得られない挨拶でしょ?」
「どうか、誇りを持って従事して下さい」
「本日は、遅くまで有難う御座いました」
 
と、挨拶をした。
 
店の入り口で私は振り返り、もう一度、
 
「有難う御座いました」
 
と、挨拶した。
そして、
 
「また、寄らせて貰います」
「『御馳走様』を言いに」
 
と、伝えると店を出て深夜の横浜の街に出た。
 
短いながらも、遣り切った感一杯の訪問だった。
 
 
近くのコンビニの前で、タバコを一服しようと足を止めた。
後から、ラーメン店の経営者が速足で追いかけてきた。
 
私の前に立つと、
 
「今日は、本当に有難う御座います。これで、誇りを増してビジネス出来ます」
 
と、言って下さった。
 
私は改めて、礼を言った。
 
 
経営者の言葉に、“役立った感”が倍増した一夜だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2025-03-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.301

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