週刊READING LIFE vol.301

息子の菓子折り案件を告白したら私が叱られてしまった話《週刊READING LIFE Vol.301 良いビジネスとは》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/3/24/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「それで? やったことは、それだけですか?」
いつになく詰め寄られ、私はジリジリと部屋の後方に後ずさりしたい気分になった。
 
臨床心理センターでここ2年半ほどお世話になってきたカウンセリングの先生が、こんな風に詰めることは難しい。いつもの柔和な表情はそのままに、けれど、この言葉を発したきり、先生は黙った。
このことが意味するものが何となくわかってしまい、私は「うーん……そうですねぇ……」と言いつつ目を逸らした。
 
私はきっと対応を間違えたのだ。
 
 
 
このカウンセリングルームに通いだしたきっかけは、息子の不登校だった。
桜が満開の頃、ピカピカのランドセルを背負って学校の門をくぐった小さい息子はすぐに学校に行けなくなった。その時の衝撃ったら、なかった。
 
幼稚園はあんなに楽しそうに通っていたのに!?
入学式ではニコニコの笑顔で記念撮影をしたのに!?
 
お友達にいじめられたとか、先生に厳しくされたとか特段の原因もなく「なんとなく怖い」という、当時の私からしたら到底理解してあげられない理由で彼は学校を拒否した。
 
教室の前まで連れて行き、別れようとすると大泣きして廊下に座り込み、てこでも動かない息子に手を焼いた。
 
「〇〇くん、どうしたの?」
「だいじょうぶだよ?」
「ランドセル、わたしが机まではこんであげる!」
 
一人だけ騒がしい息子には差し伸べてくれる可愛らしく小さい手がたくさんあったが、当の本人は自分の泣く声しか届いていないようで、誰にどんなに優しくしてもらおうと何の意味もなかった。
 
なぜ、うちの子供だけ、こうなってしまったのだろう。
他の子供たちはハツラツとした表情で学校になじみつつあるというのに。
 
お先真っ暗という気持ちになってしまった私は、次第に「いきたくない」と首を横に振りメソメソする息子を「大丈夫だよ!」と元気に送り出す気力を失ってしまった。
 
遅れて登校したり、早退したりなんとか通っていた学校からは次第に足が遠のき、入学してちょうど一ヵ月が経つ頃には、二人で自宅に引きこもるようになってしまった。
人生で一番はっきりとした挫折だった。
 
特に下校時間になると、開放感でいっぱいの子供たちの声が近所から聞こえてきて胸を突き刺した。あの子たちにはできることが、うちの息子にはできない。
 
泣いたり落ち込んだりしながらなんとか立っていたような時、遠方にすむ姉からひとつの情報がもたらされた。
「あんたが住む地域に相談乗ってくれるとこがあるみたい! 行ってみたら?」
これが私たち親子とH先生との出会いとなった。
 
50代後半のH先生は、自身も4人のお子さんを育て上げたお母さんであり、その温かい眼差しはいつでも私たち親子を優しく包み込んでくれた。
先生は私が止まらない勢いでしゃべる日々の辛さやしんどさを全て受け止めてくれ、存在を丸ごと認めつつも、最後には必ず胸に刺さるアドバイスをくれた。
 
当の息子は結局、学校には戻らず、親子で話し合って少人数のフリースクールに通うことになった。最初こそフリースクールも行き渋ったが、次第に慣れて楽しそうに通った。籍自体は学校においてあり、フリースクールに通った日数=学校への登校日数に換算されるため、私としてはもう何の問題もなく、息子が毎日元気に好きなことに意欲的に過ごしてくれることがありがたかった。
 
さらにはフリースクールに通いだして一年が経つ頃に、今度は夫が付き添う形でもう一度小学校への登校チャレンジをすることになる。熱心な夫は、仕事を調整しながら登校から下校まで息子に付き添った。いつでも父親がいるという安心感から次第に勇気を取り戻した息子は、なんと一人で学校に行けるまでになった。
 
夫や息子が一緒にカウンセリングルームを訪れたこともあったが、最終的には私ひとりが先生の元を訪ねて話をきいてもらうスタイルに落ち着いた。
 
夫の努力で登校を再開できた時も先生は言った。
「お父さんもえらいです。でも! そこまで支えたのはお母さんですから」
先生はいつでも私の涙腺を緩ませにきた。
 
毎月一回先生に会うのが楽しみになり、他では言えない話をしたり、愚痴をこぼしたり、とにかく帰り道にはいつも心がスキップするくらい軽くなった。
 
そんな日々が続いたある日、先生が言った。
「どうしましょうかね」
今後についての言及であることは、すぐにわかった。
息子は毎日元気に登校し、勉強や係のお仕事に情熱を燃やすようになった。素晴らしく成長したのだ。
 
先生とサヨナラする日がもう近づいている。
おそらく最後になるだろうと決まったカウンセリングの日程が近づいてきた頃、事件は起きた。
なんと、菓子折り案件が発生したのだ。
 
 
 
元気で上り調子になった息子は、クラスメイトの男の子をからかい、度が行き過ぎて彼を傷つけてしまったのだ。学校の先生から一連の出来事が知らされたとき、頭に血が上った私は、息子を呼びつけビンタした。
「あんたが、どんだけその男の子を傷つけてしまったかわかる!?」
 
なんでだよ。
学校に行けなかった時期もあるお前なら、優しくあってほしかったよ。
お前は一体何を学んだんだよ。
 
そんな思いが脳内を駆け巡り、私は冷静さを失った。
そして、一番にやらないといけないことは先方への謝罪一択だと判断した。それしかなかった。
 
結局、学校の先生を介して、先方のお母様とやりとりするなかで「そこまで反省の弁をおっしゃてくださるなら謝罪はもう結構です」とお許しを得たが、心のモヤモヤは消えなかった。
 
最終的に「謝罪のお手紙だけでもお渡ししたい」と学校に申し入れ、受け取っていただいた。
 
そのことをカウンセリングルームで話したときに言われた言葉が冒頭の「やったことはそれだけですか?」だったのだ。
まさか、そんな返しが来るとは思っておらず、私は状況を飲み込むためにパチパチとまばたきをした。しかし、先生からいつもは感じさせない迫力めいたものを感じ、私は止まった。
 
先生は言った。
「〇〇君がやってしまったことは、聞いていると2、3個ですね? 確かにお友達にとっては嫌なことだったかもしれない。でも致命的とは考えられない」
 
そしてこう続けた。
「お母さん聞きましたか? 『なんでそんなことしたの?』ももちろん必要ですが、息子さんの裏側にあった事情というものをきちんと聴こうとしましたか? 私はそれを聞きたいんです」
 
先生の真剣な表情に、私は言葉が詰まった。
以前も言われたことがあったのに、私はまたやってしまった。
 
何か問題を抱えるたび、先生は私を諭した。
「彼がその時、どんな心情だったのか。どんな気持ちを抱えていたのか。必ず一緒に考えるようにしてください」
 
頭ごなしに注意されたところで、何も残らず、むしろ心には「俺の気持ちはどうせ誰もわかってくれない」という反抗心を生む。赤ちゃんとして生まれて成人するまでの約20年間、信頼関係が無ければどうしようもできない。それが真の意味で、親子関係を築くということだ。
 
今回のカウンセリングで先生と一緒に紐解きわかったことは、クラスメイトが授業で大きな声を出したりすることがあり、音や匂いといった五感が繊細な息子はストレスを抱えていたのかもしれない、ということだった。
息子側の事情をまったく気にも留めないまま、ビンタしてしまったことを私は猛省した。
 
もちろん、だからといって、お友達をからかったりしていいことには決してならない。このご時世、虐待などと言われる可能性があったとしても、ビンタしたことを私は後悔していない。ただ、それだけで終わっては息子の気持ちは宙ぶらりんなままだ。本当の解決には繋がらない。
 
子育ては、社会全体にとって重要な「未来への投資」ともいえる。近い将来大きくなったこの子を世に放つとき、人の気持ちがわかる人間であってほしいと思う。
 
例えば、『良いビジネス』とは顧客の成長を助け、長期的な信頼を築くものと捉えることもできる。子育ては賃金こそ発生しないが、そういう意味で捉えると、心して向き合わなければいけないビジネスと一緒なのだ。子育てにはとんでもない責任が伴う。
 
ちなみに心理学では『ヘリコプターペアレンツ』なるものがあるそうだが、それは「子供のまわりを常に旋回して、すぐに介入する親」という意味らしい。
今回の私がまさにこの状態で、状況の把握も出来ぬまま、「まずは謝罪を!」という気持ちが先走り過ぎて、ヘリコプターのエンジンを全開した。長期的な視点を持てば、これらの行動は息子に本当の意味での成長は促せないのかもしれない。
 
線路がどこまでも伸びるように、子育てという私の最大のビジネスもまだまだ続く。
このビジネスをより良いものにしていけるよう、これからは何かあったとき、私だけがヘリコプターで飛び立つのはやめて、きちんと離陸準備をして一緒に飛び立とうと思う。
 
まあ、出来れば、何も起きて欲しくはないですけどね!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!

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2025-03-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.301

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