週刊READING LIFE vol.302

皺だらけのおじいさんを「美しい」と思う私の美的感覚っておかしいでしょうか?《週刊READING LIFE Vol.302 美しいひと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/3/31/公開
記事:かたせひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私の美的感覚はおかしくなってしまったのだろうか。
 
おかしい。
絶対おかしい。
どうして小学生の私が。
 
お人形やアイドルに憧れる年ごろの私が、真っ黒に日焼けした皺だらけのおじいさんのことを「美しい」と思うだなんて。
 
思うだけじゃない。
「美しい」と、うっとりと見惚れてしまうだなんて。
 
 
 
おじいさんの家は、私の通学路の途中にあった。
おじいさんはいつも、自宅の隣にある畑で、黙々と作業していた。
 
当時小学生だった私は、呆れるほど素直な女子だった。
道徳の授業や学校で、「挨拶をしましょう」と習えば、ガッテンガッテンガッテン! と、すぐさま実行に移した。
毎日が挨拶キャンペーンだった。
 
何かと物騒な事件が多い昨今では、「知らない人には挨拶してはいけません」と教えられるところもあるらしい。
しかし、私が小学生だったのは昭和の頃。
まして、のどかな田舎で育った私は、真逆の教育を受けていた。
 
通学途中に会う人には、老若男女問わず一人残らず挨拶した。
なんなら野良猫にも挨拶した。
絶賛挨拶キャンペーン中だから、当然のことだ。
もちろん、畑で見かけるおじいさんにも欠かすことはなかった。
 
「おはようございます!」と明るく大きな声で挨拶をする。
そうするとおじいさんは私に気づき、にっこり微笑んで「おはよう」と返事をしてくれた。
 
その顔は、長年の畑仕事で、真っ黒に日焼けしていた。
日焼けし過ぎたせいなのか、皺が多くて、まるで皺の中に目や鼻があるようだった。
 
学校帰りにおじいさんの家の前を通ると、決まっておじいさんはまだ畑仕事をしていた。
おじいさんは畑仕事、続行中。
私も挨拶キャンペーン、続行中。
 
私は、朝と同じように、大きな声でおじいさんに「さようなら」と挨拶をする。
おじいさんも朝と変わらず、一旦、畑仕事の手を休めて、「さようなら」と返事をしてくれる。
 
このやり取りが毎日続けられた。
雨の日も、晴れの日も、風の強い日も。
春には、腰をかがめて、畑に一粒ずつ種を撒く。
夏には、雑草をひとつひとつ手で取り除く。
秋には、土を掘り、熟れた野菜を収穫する。
そんなおじいさんと交わす、朝夕の挨拶。
 
昨日と同じ、明日も同じ、穏やかな日常が繰り返された。
ただひとつ、私の背丈が伸びるにつれ、おじいさんの腰が少しずつ曲がっていったことを除いて——。
 
 
 
ある日、いつも通り、学校帰りにおじいさんの家の前を通ると、おじいさんが畑に座りこんで作業をしていた。
いつも立って働いているおじいさんが、座っているなんて珍しい。
 
私は好奇心から「何やっているの?」と声をかけた。
近くに行ってみると、おじいさんは大豆の選別をしていた。
 
大きな竹のザルに大豆がびっしりと並んでいた。
「星の数ほど」とはこのことか、と思うほど大量の大豆が入っていた。
もしかしたら1万個はあるかもしれない。
 
その中から、傷がついた豆、変色した豆、虫食いの豆をひとつひとつ取り除くのだそうだ。
座っているおじいさんのそばには、大きな麻袋がいくつも置いてあった。
これから袋に入った大量の大豆を、ひとつひとつ選り分けていくという。
 
その作業は子供でも根気のいる作業だとわかった。
耳かきで八甲田の雪を雪かきするような、あるいは耳かきで鳥取砂丘の砂を掻き出すような……。
 
「ええー! これ全部? 大変じゃない?」
私がびっくりして尋ねると、おじいさんは、にこにこして言った。
「そりゃ、大変さー」
 
けれど、おじいさんは、ちっとも大変そうではなかった。
眉間に皺のひとつを寄せるでもなく、口のへの字にするでもなく、相変わらずにこにこしながら、「でも、ひとつひとつやっていれば、いつかは必ず終わるから」と言った。
 
ああ、これが国語で習った「千里の道も一歩から」ということか。
それにしたって、千里に到達するまで、選別が終わるまで、いったいどれほどの時間がかかるだろう?
 
私は、おじいさんが大豆を選り分ける作業を眺めていた。
皺だらけでゴツゴツした大きな手は、厚くて茶色く、木の皮のようだった。
節くれだった指には、皺や爪の間に土が入り、薄っすらと汚れていた。
それでも、不思議と「汚い」とは思わなかった。
 
おじいさんが大豆をひょいひょいと、指先で巧みにひとつひとつ選り分ける様子は、まるで何か特別な技を見ているようだった。
それが面白くて、私はおじいさんの手の動きをじっと眺めていた。
 
「やってみる?」とおじいさんに言われた。
好奇心旺盛な私は「うん! やりたい!」と張り切って、すぐさまランドセルを放り投げた。(おいおい)
そして、おじいさんの隣に座って、豆を選り分ける作業を手伝った。
 
……でも。
おじいさん、ごめんなさい。
私、飽きてしまいました。
 
10分もしないうちに、退屈になってきた。
やってもやっても「やった感」がない。
想像した通り、八甲田の雪を耳かきで雪かきしているような果てしない作業だった。
 
私の様子に気づいたおじいさんは、「そりゃ、飽きるよなぁ」と笑った。
そして、「お手伝い、ご苦労さん」と、お駄賃として、採れたての野菜を持たせてくれた。
成果に比べて、多すぎるほどの報酬だった。
 
私はお礼を言って、その場を離れた。
畑を通り過ぎて、振り返ってみると、おじいさんは黙々と作業を続けていた。
私はちょっぴり後ろ髪を引かれる思いで、何度も振り返っておじいさんの様子をうかがった。
振り返るのがせめてもの応援の印だった。(だったら手伝いなよって話だが)
 
 
 
大人になってから、おじいさんが若い頃、シベリアで捕虜として抑留されていたことを知った。
氷点下40度の極寒の地で強制労働を強いられ、地下1メートルの凍土をひたすら掘らされていたそうだ。
 
飢えと寒さ、過酷な労働で仲間たちは次々に命を落とした。
おじいさんは、抑留について多くは語らなかったそうだが、その環境がいかに過酷だったかは想像できる。
鉄条網の向こうに祖国を思い浮かべ、いつか必ず帰国するというかすかな希望を頼りに、生きてきたのだろうか。
 
おじいさんの穏やかな笑顔からは、その壮絶な過去は微塵も感じられなかった。
そういう仏のように柔らかな表情を湛えた人ほど、実は壮絶な過去を背負っていることが少なくない。
おじいさんは、まさにその見本のような人だった。
 
「ひとつひとつやっていれば、いつか必ず終わる」とおじいさんは言った。
子供だった私は単純に、大豆の仕分けの話だと思っていた。
けれど、大人になって、この言葉にはおじいさんの歴史や哲学が込められているのだと気づいた。
おじいさんの歴史を知って初めて、その言葉の真の重みが胸に響いた。
 
おじいさんは、きっとこの言葉を自分に言い聞かせながら、凍えた手でスコップを握り、必死で生き延びてきたのだろう。
目の前のことをひとつひとつ片づけ、いつか必ず終わると信じて。
 
その「いつか」だって、何日後、何年後と、はっきりと決まっていない。
祖国に帰れるかどうかもわからない中で、「ひとつひとつやる」ことが唯一の希望だった。
 
あやふやであいまいな「いつか」を信じて、ひとつひとつ目の前のことを片づけていく。
気が遠くなりそうな、いや気が狂いそうな状況で、そうやって精神を保ってきたのかもしれない。
押しつぶされそうな不安を跳ね除けながら。
 
そんな過酷な環境を生き抜いたおじいさんだから、豆の仕分けなんてちっぽけなことに思えただろう。
戦争や抑留と違って、確実に終わりが見える作業で、命を脅かされることはないのだから。
 
私は、仕事や家事が山積みになったとき、おじいさんの言葉を思い出す。
「ひとつひとつやっていれば、いつか必ず終わる」
そうだね、ほんとだね。
そう思うと、気持ちが軽くなるのだった。
 
 
 
大人になって、あのとき小学生だった自分が感じていた違和感の意味にやっと気づいた。
私が、「おじいさん」を「美しい」と思ったその理由が。
 
あの日私は、学校帰り、いつものようにおじいさんの畑の横を通り過ぎた。
日差しがジリジリと音を立てているかのような、暑い夏の日だった。
 
私はいつも通り、おじいさんに「こんにちは」と挨拶した。
おじいさんは、畑仕事の手を休め、にっこり笑って「お帰り」と返事をしてくれた。
おじいさんも暑いようで、首に巻いたタオルで、何度も額の汗をぬぐっていた。
 
いつもならこのまま会釈をして通り過ぎる。
けれど、その日はなぜかすぐには立ち去れなかった。
誰かが「待って。まだ行かないで。ほら、あれを見てごらん」と、ささやいたような気がしたからだ。
 
え? なに?
 
私は、おじいさんに目を向けた。
おじいさんは、赤く熟れたトマトを収穫していた。
ひとつひとつ宝石でも扱うかのように丁寧にもぎ取り、腰に下げたかごにそっと大事そうに入れていた。
 
日陰が一切ないトマト畑に、真夏の容赦ない日差しがおじいさんに照り付ける。
おじいさんの額には玉のような汗が浮かんでいた。
シャツは汗でぐっしょり濡れていた。
離れていても、暑さと疲労に満ちたおじいさんの荒い息遣いが聞こえてくるようだった。
 
そんなおじいさんを見つめているうちに、私の心に、ひとつの感情が湧いてきた。
それが、「美しい」という感情だった。
私は、目の前で働くおじいさんの姿を、そう感じたのだ。
 
え? 美しい?
なんで私、美しいって思うの?
美しいって、綺麗な人や花、景色に使うんじゃないの?
 
童話に出てくるシンデレラ姫を可愛いと思う。
『ベルばら』のマリーアントワネットを美人だなぁと思う。
桜の花にうっとりしたり、お母さんがお化粧したときに「わぁ、綺麗!」と思ったりする。そういうのが、「美しい」だよね?
 
今私が見ているのはおじいさんだよ?
シンデレラ姫ともマリーアントワネットともお花とも違う。
真っ黒で皺だらけで、汗と土にまみれたおじいさんだよ?
 
じっと見ている私に気づいたおじいさんが、にっこりと笑った。
太陽を受けて、私に見せる笑顔は、まるで夏のヒマワリのようだった。
真っ黒に日焼けして汗で光る顔に、にっこりと笑う口元から白い歯がのぞく。
その笑顔には、見る者を幸せにするような美しさがあった。
 
私は、なぜだか泣きたくなるような、心が震えるような感覚に包まれた。
当時はその感覚が何なのかわからなかったけれど、今振り返ると、それは「感動」だったのだと思う。
 
今まで経験したことのない感覚に戸惑いながら、おじいさんを見つめていると、おじいさんの頭に何かが見えた。
それは、光輝く金冠だった。
おじいさんの額のあたりに光の輪ができて、まるで王冠をかぶっているかのように見えた。
汗に反射した光のせいかもしれないし、空想好きな私が勝手に描いた物語なのかもしれない。
 
でも、その光り輝く金冠は、きっと誠実に働くおじいさんに与えられた王冠なんだと、子供心に思った。
誰にでも与えられるものじゃなくて、神様が認めた人にだけ与えられる特別な王冠なんだと。
 
なぜ美人のお姫様でもない、綺麗な景色でもない、畑で働いているおじいさんを「美しい」と思うのか?
そのときはわからなかった。
 
でも、今はわかる。
私はおじいさんの働く姿に美を感じて、「美しい」と思ったのだ。
 
幼かった私は、「美しい」という言葉は、外見に魅力があるものに使う言葉だと考えていた。
けれど、それだけではないことを知った。
おじいさんの笑顔、その内面からにじみ出る優しさや力強さが、私に今まで知らなかった別の「美しさ」を教えてくれた。
目に見える造形の美しさだけではなく、その人の生き方や思いが輝きを放ち、美しさとなって見る人の心を打つ。
そういう美しさがこの世には存在するんだと、薄っすら気づいたのが、あの夏の日だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール

かたせ ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2024年6月よりライターズゼミに参加。
ありふれた半径3メートルの日常を書けたらいいな、と日々精進中。

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2025-03-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.302

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