「未来への反省文」旅の計画が教えてくれること《週刊READING LIFE Vol.303 面白い反省文》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/4/7/公開
記事:山岡達也(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
金曜の夜、デスクには未処理の書類が山積みだ。画面を切り替えれば、そこには南国の青い海が広がる。次の連休にどこへ行こうか、旅先を思い浮かべた瞬間、現実の疲れは一時的に忘れ、心には淡い期待が芽生える。
「もういっそ旅行に行ってリフレッシュしたい」
誰しも、仕事や日常のストレスが限界に達したとき、そんな衝動に駆られることがあるのではないだろうか。
旅行の計画を立て始める瞬間は、多くの場合ストレスからの逃避であり、同時に「今のままではいけない」という内なる声に突き動かされる行為でもある。新幹線や飛行機の時刻表を検索しながら、「自分は何に疲れているのだろう」「この旅で自分は何か変われるだろうか」と、いつしか自問自答を始めている自分に気づくことはないだろうか?
実は旅行の計画を立てるという行為は、単なるレジャーの段取りではなく、自分自身を見つめ直す内省のプロセスと表裏一体なのだ。このエッセイでは、旅行計画と反省文がいかに似通った構造を持っているのかを掘り下げてみよう。
旅の計画に潜む葛藤と内省
旅行計画にはワクワク感がつきまとう一方で、同時に葛藤も潜んでいる。行きたい場所ややりたいことを思い描くと心が躍るが、一方で「こんな贅沢をしてよいのだろうか」「仕事を数日も休んでしまって大丈夫なのか」といった遠慮や罪悪感が頭をもたげることもある。気晴らしに旅をしたいという欲求と、日常生活をすべて放り出すわけにはいかないという現実の責任との間で、心が引き裂かれるような感覚に陥るのだ。
実際、楽しみにしていた連休直前に限って急な案件が舞い込み、予定していた旅行を取りやめざるを得なくなった、という苦い思い出を持つ人も少なくないだろう。旅行計画という非日常的な行為には、現実のハードルをどう越えるかというテーマも必ず付いて回るのだ。
しかし、こうしたハードルこそが自分自身を見つめ直す入口でもある。「なぜこんなにも仕事に追われているのか」「本当にそこまで仕事優先で良いのか」「私の人生の主導権はどこにあるのか」と自分に問いかけるうちに、普段は見て見ぬふりをしている不満や欲求が浮かび上がってくる。
「仕事も大切だけれど、自分の心と身体を整えるための休息もまた必要なのではないか」
この気づきは、旅行計画を立てる最初の段階で生まれがちなものだ。まるで自分のライフスタイルを洗い直すために、旅行という特別な時間が呼び水となっているかのようだ。旅行計画という非日常的な行為が、皮肉にも自らの日常を見つめ直すきっかけになるのだ。計画を立てるペンを握りながら、心の中では現状の反省会が静かに幕を開けている。
理想の旅と現実の自分
人は旅行の計画を立てるとき、まず理想の旅の姿を思い描くものだ。情報サイトで目にした美しい写真を眺め、頭の中では完璧な旅程が浮かぶ。晴天のビーチで優雅に読書をし、おしゃれなカフェで美味しいスイーツを楽しみ、夜は地元の名物料理を心ゆくまで堪能する…そんなイメージを膨らませては、まるで理想の自分に生まれ変わったかのような錯覚を覚えることすらある。
しかし現実はどうだろうか。旅先に着いても、結局はいつもの自分がそこにいるだけだ。場所を変えたところで性格や生活習慣が一夜にして変わるわけではない。早起きの計画を立てていたのに、結局は夜更かしの癖が抜けず、翌朝も寝坊してしまう。南国リゾートの青い海を眺めながらも、心の片隅では「帰ってからの仕事が山積みだなあ」と不安を抱えている。理想と現実のギャップは、旅先においても厳然として存在する。
にもかかわらず、人は旅に理想を託さずにはいられない。現状に満足できないからこそ、非日常の場を求めて自分を変えたいと願うのだ。言い換えれば、私たちは無意識のうちに旅先に「なりたい自分」を投影している。その投影は、自分が変わるきっかけを掴みたいという希望の表れでもあるのだ。
この点で、旅行計画とは一種の自己改革プランに近いといえる。「今回の旅では朝寝坊を卒業して、陽が昇る瞬間の絶景を逃さないようにしよう」「せっかくなら新しいアクティビティに挑戦してみよう」といった意気込みが次々と浮かんでくるのは、旅先を機に普段の惰性から脱却し、理想の自分に近づきたいからだ。実はこれこそが、反省文における「今後の改善策」を綴る部分そのものではないだろうか。
旅立ち前に急に家事を始める心理
計画が少しずつ具体化してくると、出発が近づくにつれて不思議な現象が起きる。人は急に日常の雑事に意欲的に取り組み始めるのだ。部屋の隅々を大掃除したり、使いかけの食材をなんとか使い切ろうとまとめて調理したり、溜まっていた洗濯物を一気に片付けたり。挙句の果てには、旅行とは全く関係のない用事、読みかけの小説を読了する、録画したままのドラマを見てハードディスクを空けるなど、にまで着手してしまうことすらある。
周囲からすれば「旅行準備は大丈夫なのか」と心配になるかもしれないが、当人にとっては、これこそが安心して旅立つための大切なプロセスなのだ。まるで長期休暇前の小学生が、溜まった宿題を一気に片付けようと焦る気持ちと似ている。「未消化のまま放置しておくのは嫌だ」「休む分の帳尻は合わせておきたい」という心理が働くのだ。
この「旅立ち前の雑務処理」は、反省文を書く際にまず事実関係や問題点を整理する作業に近いものがある。自分が抱えるタスクを洗い出し、一つずつ片付けていく行為は、言わば人生の目の前にある散らかった書類を整理整頓することでもあるのだ。「これだけやっておけば、旅行中に変な心配をする必要はない」と自分の心に言い聞かせるための行為なのだ。
欲望と制約のはざまで
旅行計画を立てる過程でもっとも悩ましいのは、理想の旅に対する欲望と、現実的な制約のせめぎ合いだろう。高級リゾートに泊まってみたい、あれもこれも満喫したい、あの観光名所にも足を伸ばしたい…と欲望は尽きない。SNSで見かけた絶景スポットをすべて回りたいと思うのは自然な欲求だ。しかし、予算も時間も無限にあるわけではなく、結局はどこかで妥協や取捨選択が必要になる。
例えば、「短い休みに5都市を巡る」というプランは魅力的ではあるが、実際には移動ばかりでほとんど観光に時間を割けないという事態になりやすいものだ。慌ただしさに疲弊して、帰宅後の疲れが増してしまった…という苦い体験をした人は少なくないはずだ。
夢見たプランの全てを盛り込むのは困難であると悟り、「今回はここだけに絞ろう」と涙を呑んで目的地を減らす行為は、まさに反省文で「ここが問題だった」「こうすればよかった」と理由づけしながら今後の課題を明確化するプロセスと同質だ。
心の底では「ここも行きたかったな」と未練が残るかもしれないが、一方で「旅において大切なのは量より質だ」と自分に言い聞かせ、プランを修正する。こうした割り切りと現実的な判断ができるかどうかが、旅の満足度を大きく左右するのだ。
「反省文」という名の旅行計画
ここまで考えてみると、旅行計画の本質が徐々に見えてくる。行き先や日程、交通手段や宿泊先などを決めるだけでなく、その裏には「本当は何を求めているのか」を問う自己対話のプロセスが存在するのだ。忘れ物リストや持ち物チェックシートには、かつての失敗から学んだ教訓が顔を出す。「前はスマホの充電器を忘れて痛い目に遭ったから、今回は絶対にチェックしておこう」といった具合だ。
つまり、旅行計画とは言わば「未来に向けた反省文」なのだと再認識できる。通常の反省文が「過去の失敗や問題点を振り返り、どう改善するか」をまとめるものであるなら、旅行計画は「これから起こりうる失敗や不満を事前に想像し、それをどう回避または解消するか」を計画に落とし込む書類なのだ。同時に、過去の旅行での反省点(下調べ不足や荷物の過多・過少など)を踏まえ、「次こそはより良い旅にしよう」という決意表明の場でもある。
こう考えると、旅というのは単なる娯楽にとどまらず、自己成長の装置のように見えてくる。計画が詳細であればあるほど、自己との対話が深まるのだ。予約サイトを巡り、ガイドブックを熟読し、現地のレビューを読んでは「やはりここはスケジュールに組み込もう」「この移動方法がベストだ」と検討を重ねる。人は、まるでジグソーパズルのピースを組み合わせていくように、旅の全体像を丁寧に作り上げていく。
こうした作業は、まるで「理想の自分」という名のパズルを組み立てているかのようだ。断片的な情報やイメージを拾い集め、それらを組み合わせて一つの形にする。しかし、パズルが完成したとき、それは本当に自分が望んでいた姿なのだろうか?旅の計画は、常にこの問いと向き合う作業でもある。
旅の終わりに手にするもの
旅行計画という名の「未来への反省文」を作成し、いざ旅に出る。すると、計画通りに進むこともあれば、予想外の出来事が起こることもある。天候に恵まれず予定していた絶景が見られなかったり、現地の交通機関がストライキで動かなくなったり。あるいは、現地の人々との交流を通じて、計画にはなかった新しい発見があったりもする。
旅の終わり、私たちは計画と現実とのギャップを改めて認識する。そして、そのギャップこそが、旅の最大の収穫でもあることに気づくのだ。計画通りにいかなかった部分には、自分の想定外だった要素が隠されている。それは、自分の知識や経験の限界を示すと同時に、新たな可能性を示唆するものだ。
例えば、現地の人の勧めで訪れた小さな食堂で、忘れられない味に出会ったとしよう。それは、ガイドブックには載っていない、まさに「偶然の出会い」だ。計画通りに進めることばかりに気を取られていたら、この出会いはなかったかもしれない。計画を立てる段階では想像もしていなかった「予想外の喜び」こそ、旅の醍醐味なのだ。
旅の終わりに私たちが手にするのは、計画を完璧に実行できたという達成感だけではない。むしろ、計画通りにいかなかった部分にこそ、かけがえのない学びや発見が詰まっている。それは、自分の無知を恥じる材料ではなく、むしろ世界に対する解像度を高めてくれる貴重な経験なのだ。
旅は「自分」というパズルを完成させる旅
旅行計画とは、未来への反省文である。それは、過去の自分を振り返り、未来の自分を想像し、理想と現実のギャップに悩みながら、それでも前に進もうとする人間の記録だ。
そして、旅とは「自分」という複雑なパズルを完成させるための旅でもある。計画という設計図を描き、現実というピースを拾い集め、それらを組み合わせていく。時にはピースが足りなかったり、間違ったピースをはめ込んでしまったりすることもあるだろう。それでも、旅を続けることで、私たちは少しずつパズルを完成に近づけていく。
旅に出ることは、日常から離れることではない。それは、日常というパズルを別の角度から見つめ直すことだ。そして、旅の終わりに手にするものは、完璧な計画の達成ではなく、自分というパズルの新たな一面を発見したという喜びなのだ。
たとえ計画が未完成でも、旅は決して無駄にはならない。なぜなら、その過程こそが、私たちを成長させてくれるからだ。旅の計画を立てるとき、私たちは未来の自分に宛てて手紙を書いているのかもしれない。そして、旅の終わりには、その手紙への返事が、自分自身から届くのだ。
□ライターズプロフィール
山岡達也(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
四国在住。職業は生物化学系の技術者である。天狼院書店との関わりは、2019年にライティング・ゼミに参加したことに始まる。ライターズ倶楽部には2025年より参加。
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