アナログ洗濯生活が今ここにある幸せを教えてくれた《週刊READING LIFE Vol.305 アナログならではの魅力》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/4/21/公開
記事:かたせ ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
昔昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは、風呂場へすすぎ洗いに。
おばあさんは、洗面所へ洗濯に……。
洗濯機が死んだ。
正確に言えば「壊れた」だが、突然死だった。
洗濯物を入れ、注水が終わったところで、そこからウンともスンとも言わなくなってしまった。
そういえば、様子がおかしいときがあった。
スタートボタンを押しても、すぐに動作しないことが何度かあった。
あれが突然死の予兆だったのかもしれない。
しかし、呑気な私は、「気のせい、気のせい」「たまにはこんなこともあるでしょ」と、洗濯機からのサインを見逃していた。
そして、長年の酷使に耐えかねたのか、、突然力尽きてしまった。
ちょっと待ってよ、ウソでしょ!
何でこのタイミングで!
壊れるなら、せめて水を入れる前に壊れて欲しかった……。
洗濯槽には、今日に限って大物のシーツとバスタオルが入っていた。
水をたっぷり含んだシーツとバスタオルが、洗濯槽の中で「ねぇ、まだー」と、次の動作を待っている。
このあとどうすりゃいいのさ。
私は、なんとか蘇生できないかと、必死にスタートボタンを押し直してみたり、コードを抜き差ししてみたり、思いつく限りのありとあらゆることを試した。
しかし、その動作も瀕死の洗濯機には酷だったのか、全く反応しなくなってしまった。
そうだ、マニュアルにきっと蘇生方法……、いや解決方法が載っているはずだ。
マニュアルを引っ張り出して「こんなときは」というページから、同じ現象を探す。
……なかった。
どうやらよくあるケースではないようだ。
なんでこんなときにオンリーワンなんだよ。
みんなと同じ一般的なありふれたケースに該当したかった。
最後の手段は、修理だ。
私は、マニュアルの最後に書いてある「お客様相談室」へ電話してみた。
頭の中で「修理代、いくらくらいになるかなぁ」と考えながら、相談室のお姉さんに状況を伝える。
てっきり修理でなんとかなると思っていたが、お姉さんの返事は──まさかの死亡宣告。
古い製品なので、部品がない。
よって修理は難しいそうだ。
蘇生不可。万事休す。
洗濯機を買い替える以外、方法がない。
ああ、まさかの予想外の出費。
さて、買い替えるにしても、今洗濯槽に入っている洗濯物をどうにかしなければならない。
まずは、洗濯槽からシーツとバスタオルを取り出さなければ。
セーターの袖を腕まくりし、洗濯槽からシーツを取り出してバケツに入れる。
自分の服を濡らさないように、そして床に水をこぼさないように気をつけたが、セーターの袖も床も見事にビシャビシャになった。
洗面台に水をため、洗剤を入れて、シーツを手洗いする。
「あーあー、洗濯機が壊れなかったらなぁ」と、過去を引きずりながら、悔恨の念を手に込めて、ひたすら押し洗い。
推し活ならぬ、押し活だった。
単調な作業の繰り返しは、無心になれて意外と心地よかった。
この調子なら、もしかして洗濯機なしでもやっていけるかもしれない。
そんな期待を抱いたのも束の間。
洗濯は「すすぎ」「脱水」という、まだまだ骨の折れる工程を残していた。
こんなときは、夫を頼るのが一番。
病めるときも、健やかなるときも、洗濯機が壊れたときも。
これを愛し、これを慰め、これを助け——そうだよ、助け合うのが夫婦なんだよ。
私は夫を呼び、事情を説明した。
そして「洗面台で、シーツを濯ぐのは無理だから、浴槽でやってもらえない?♡」と、「可愛く」お願いしてみた。
もちろんOK。
私は洗面台で洗い担当、夫は浴槽ですすぎ担当。
こうして、急遽「アナログ洗濯プロジェクト」が始動した。
私たち夫婦はあと数年で還暦を迎える。
おじいさん、おばあさんと呼ばれても、もう不思議じゃない年頃だ。
昔話風に言えば——
おじいさんは浴槽へすすぎ洗いに、おばあさんは洗面所へ洗濯に。
「ねぇねぇ、おじいさ……じゃなくて、夫。うまく濯げてる?」
「濯げてると思うけど五十肩にはきついなぁ。おばあさ……じゃなくて、妻はどう?」
「この体勢、腰にくる……」
プロジェクトが始動したばっかりだというのに、既に泣きが入っている。
今夜はキックオフでもして士気を高めた方がいいだろうか。
それでも、どうにかこうにか二人で洗濯とすすぎを終えた。
残るは脱水だけだ。
やったね、あとは絞って干せば終了! ラクショーさ!
と思ったのも束の間、脱水こそが大きな山だった……。
ハンカチやタオルくらいなら、絞るのなんてたいしたことない。
でーも!
シーツを手で絞るのがどんなに大変か、初めて知った。
私の握力ではほとんど水を絞り切れず、かといって、夫の握力でも洗濯機の脱水機能には遥か遠く及ばなかった。
二人で何かいい方法はないかと知恵を絞ってみたものの、こっちの方は絞っても絞っても何も出てこなかった。
観念した私たちは「もういいよ。このまま干そうよ。いつかは乾くよ」
と、鳴くまで待とうの家康スタイルを選択した。
通常なら半日もあれば乾くはずだが、このビショビショぶりだと、乾くまで相当待たなければならない。
でも、いいんだ。家康だから。
水を含んだシーツとバスタオルはなかなかの重量で、干すのにも体力を使った。
こうして初日のアナログ洗濯プロジェクトは終了した。
2人して、30分以上はプロジェクトにかかりっきりだった。
アナログ洗濯を通じて、洗濯機がどれほどありがたい存在か、改めて実感した。
今まで、あるのが当たり前、動くのが当たり前と思って、そのありがたさを完全に忘れていた。
失って気づくありがたさというのは、人類の普遍的テーマだ。
「孝行したいときに親はなし、洗濯したいときに洗濯機はなし……」。
昨日までの「あたりまえ」が、とてつもなく幸せなことに思える。
私は、THE虎舞竜の「ロード」のサビを、歌わずにはいられなかった。
この日だけで、10回は歌ったと思う。
夜になり、プロジェクトメンバー(と言っても、私と夫だけだが)で今後の対応について相談した。
もちろん、すぐに洗濯機を購入するつもりだ。
しかし、3月のこの時期は、新入学や転勤で洗濯機を新調する人も多く、恐らくすぐには配送されないだろう。
Amazonプライムのノリで「今日注文して明日届く」なんてことは期待できない。
洗濯機が届くまで、どうやって凌ぐか?
このままアナログ洗濯プロジェクトを続行するのか?
それとも近所のコインランドリーに通うのか?
洗濯……じゃなくて、選択はこの二つのどちらかだ。
私たちが選んだのは、アナログ洗濯プロジェクトの継続だった。
コインランドリーに行く手間を考え、手洗いを選択した。
あれだけアナログ洗濯が大変だったにもかかわらず、意外と懲りない夫婦だった。
週末に近所の家電量販店で洗濯機を購入した。
すぐにでも配達してほしかったが、予想通り、配送が混んでいるらしい。
結果、配達は10日後となった。
アナログ洗濯をするようになって気づいたのは、手洗いの方が、汚れが落ちるということだ。
今までいろんな洗濯洗剤を使い、期待を裏切られてきた。
CMの「驚くほどの白さ!」という甘い言葉に期待するものの、実際に使ってみて、白さに驚いたことはただの一度もない。
「襟汚れすっきり!」の謳い文句にも散々期待させられたが、すっきりした記憶はない。
うちの夫の首が汚すぎるのか?
いや、夫は、毎日風呂に入って首も洗っている。(よね?)
こうした汚れ落ちに関する不満も、手洗いだと激減する。
手洗いには、汚れをピンポイントで直にこすれるという大きな利点があった。
そして、プロジェクトが始まってからというもの、メンバー同士のコミュニケーションが増えた。
共通の目的に向かって、互いに知恵を出し合い、力を合わせる。
この「助け合う」感じが、なんとも心地良い。
平穏時より非常時の方が、チームの結束は固まるという。
私たちはきっと、今、この状態なんだ。
アナログ洗濯プロジェクトが立ち上がらなかったら、「洗濯」を軸に、ここまで協力し合うこともなかっただろうし、「洗濯」について熱く(?)語り合うこともなかっただろう。
洗濯機が壊れる前より、夫婦の関係は良くなっていた。
なかなかアナログ洗濯も良いものだ。
文明の利器に頼っていたけれど、こういうのがアナログの魅力なんだな。
便利な時代だからこそ、たまには手を使って暮らしと向き合い、家族と向き合うのも悪くない。
そう思い始めた頃に、新しい洗濯機が届いた。
古い洗濯機よ、サヨウナラ。
思えば、この10年ほぼ毎日、あなたと向き合ってきた。
あなたはいつもそこにいて、黙って私を支えてくれた私の良き相棒だった。
そして、ようこそ、新しい洗濯機。
これからどうぞよろしく。
新しい洗濯機の到着は、イコール「アナログ洗濯プロジェクト」の解散だ。
そう思うと、ちょっぴりさみしい……と思ったのは一瞬だった。
新しい洗濯機を使ったら、そんな気持ちはすぐに消え失せた。
やっぱり全自動って便利――――!!
ボタン一つで洗い、すすぎ、脱水までぜーーーーんぶお任せ。
ほったらかしで全部やってくれる!
全自動、オール自動って、最高だーーー!
2週間のアナログ洗濯、つまり全手動の日々を思い出すと、全自動の動作にいちいち感動した。
私たちプロジェクトメンバーは、全自動洗濯機の動きしばらく眺め、感動に浸った。
洗濯機が「三種の神器」のひとつと呼ばれたのも頷ける。
洗濯の負担を大幅に軽減し、自由な時間を提供してくれた洗濯機。
本当に「神」だ。
新しい洗濯機が神々しく見えてくる。
「洗濯機様」に足を向けて寝られないね、と夫婦で頷いた。
たった2週間日間のアナログ洗濯生活も、夫婦二人だからこの程度で済んだ。
しかし、もし野球部やサッカー部に入っている息子が二人いたら、どれだけの洗濯の量になることか。
泥や汗で汚れた洗濯物は、洗うのに時間もかかるだろう。
こうなったらコインランドリーに行かざるを得ないだろう。
そして、まだ洗濯機もコインランドリーもなかった昔、人々は川で洗濯していた。
冬の川で洗濯なんて、もはや修行だ。
真冬の川の水はどれほど冷たかっただろう……。
超アナログ時代の洗濯を思うと、ボタンひとつで、手を濡らすこともなく、すべて完了してくれる全自動洗濯機がどんなに素晴らしいものかわかる。
この便利さを享受できる暮らしはなんて贅沢で幸せなことだろうか。
アナログにはアナログの良さがある。
アナログ洗濯にも、良い面はたくさんあった。
でも、でも。
私はやっぱり便利な家電の方を取る。
アナログ式の洗濯方法しか知らなかった時代なら「こういうもの」と受け入れていただろう。
川で洗うのが「あたりまえ」の時代だったら、黙って、川で洗濯しているだろう。
でも、一度便利さを知ってしまったら、アナログにはそう簡単には戻れない。
焼き鳥だって炭で焼いた方が美味しいし、直火で炊いたご飯はそりゃあ美味しい。
でも、「毎日炭を起こして料理しますか?」と聞かれたら、それは嫌だ。
炭火ほど美味しくなくても構わない。迷わず電気炊飯器を選ぶ。
手書きの手紙ってありがたいよね。
心がこもっていて、温もりがあるよね。
それはわかる。
でも、電子メールを知った今、便箋と封筒と、更には切手を用意して、達筆でもない字で手紙を書きますか?
便箋で3枚にもなるような長文でも、毎回手で書くかと聞かれたら、「ごめんなさい」だ。
用件が伝わればOK。
温もりは他のところで調達するから、電子メールを選ぶ。
アナログならではの魅力は、その良さを感じることで、今の便利さを改めて実感できるところにあるのではないかと思う。
アナログで丁寧な暮らしは、やっぱり素敵だ。
効率や生産性ばかりを求められる毎日、「忙しさが正義」という価値観に逆らうような暮らし方。
心と時間に余白をつくって、日々の営みをひとつひとつ、丁寧に大事に味わう。
そんな暮らしに憧れもある。
……でも。
私はやっぱり、雑でいいから便利な暮らしのほうがいい。
年に一度くらい、アナログな体験をしてみる。
そして、その良さを思い出すと同時に、いまの便利な社会にしみじみと感謝する。
そんな暮らし方が、私には合っていると思う。
アナログ洗濯をして、改めて気づいた。
私をとりまく家電たち、デジタル製品、便利な生活にありがとう。
私は、なんて恵まれた、幸せな世界に生きているんだろう。
川で洗濯していた頃の人たちがあの世から私を見たら、きっと言うと思う。
「あんたたち、便利でいいねえ」って。
彼女たちの時代を思えば、ここはまるでパラダイスだ。
そして、その便利さに気づかせてくれたのアナログにありがとう。
□ライターズプロフィール
かたせ ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2024年6月よりライターズゼミに参加。
ありふれた半径3メートルの日常を書けたらいいな、と日々精進中。
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