週刊READING LIFE vol.305

パンケーキと手紙と、ときどき値下げ交渉《週刊READING LIFE Vol.305 アナログならではの魅力》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/4/21/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
カッ……ッチャ……。
しーんと静まり返った深夜の玄関で、なるべく音が響かないようにカギを差し込む。
真っ暗な家のなか、身体を泥棒のように滑らせて灯りをつけた。
靴を脱ごうと手をかけた下駄箱の上には、小さい紙切れが置いてあった。
 
おぉ……。
小さい紙切れを丁寧に手に取り、私は顔をほころばせた。
 
か、可愛い。
所狭しとビッシリ埋め尽くされた文字は、当時8才だった長男からのラブレターだった。
 
「お母さん
おかえりなさい。楽しんでこられましたか?
今日はおそくなってつかれていると思うので、あしたの朝ごはんはまかせてください。
そこで伝えることがあります。台所にパンケーキ(粉)があったので使ってもいいかなと
いうことです。下を切り取って台所においてください。」
 
この日は親しい友人との飲み会があり、夫に子供たちを託した私は、海を越えそうな勢いで羽をのばした。遅い帰宅となり、少々の罪悪感をもって玄関を開けたところ、それを吹き飛ばす勢いで彼のメモが目に飛び込んできたのだった。
 
このメモには続きがあり、なんと『キリトリせん』なるものが存在していた。
キリトリせんの下には
「パンケーキ・ごはん・そのた(  ) ○をつけてね」とある。
選択可能な朝ごはん! ホテルのビュッフェかよ! 贅沢すぎるだろ!!
 
真夜中の静かな玄関で、私は長男の優しさと気遣いと(自由に夜遊びしてきて、翌日朝寝坊できるなんて超ラッキー!)という気持ちに、震えた。
 
こんな可愛いくて優しいお手紙を切り取れるかよっ! てことで私はリビングのペン差しから赤い丸つけようのサインペンを取り出し、「パンケーキ」の箇所に花丸をつけ、その横に「○○ちゃんありがとう! だーいすき!」と書いた。
 
翌朝、予告通り? 朝寝坊をしてお布団でゴロゴロしているといい香りと共に長男が寝室のドアを開けた。
「お母さん、パンケーキできたよ」
 
お手紙でホクホクし、パンケーキでホクホクし、Wの嬉しさで日曜の朝を過ごしたのだった。
この件を長男が書いた手紙の写真付きでSNSにつぶやいたところ、約4,000を超える「いいね」をもらってプチバズリした。
 
「このお手紙は宝物だね」
「できた息子さん」
「こういう時のお母さんの返事って嬉しいんだよね」
 
プチでもバズると、アンチコメントもつくのがSNSだったりするが、このときは珍しく投稿を読んでくれた大人たちがさらに優しい世界を作ってくれた。
 
まだ小学生ということもあり我が家の場合は、スマホを持たせていない。子供と会話以外にやりとりするとなると、手紙になるのだが、これがなかなか楽しくてよい。
 
まっしろな紙を前にどんなことを感じながら書いたんだろうと想像したり、長男が書いた文字のオリジナルさを愛でたり、デジタルではなかなか味わうことのできない温度感というものが伝わってくる。
 
今の時代、恐ろしいほどにまあ何でもスマホひとつで用事が済むようになった。
小学校の遅刻や欠席の届け出、生協の注文、銀行振り込み……。自宅のリビングにいながら、本来なら電話をかけたり出向いたりしていたような事がサッと終わる。
超便利な世の中になったし、私もありがたく恩恵を受けている。
 
だからこそ、たまに出現する、このアナログのほっこり感が現代人に響きやすいのかなと考えたりする。
 
その一方で、デジタルに潜むアナログというのもオツな味わいをもたらしてくれる。
 
ゆるく断捨離に目覚めた私は、遅まきながら昨年メルカリデビューを果たした。
部屋を歩き回り、もしかしたら売れるかもというものを片っ端から商品として登録し、にわか雑貨屋店長として店頭に立った。
 
ボチボチ売れ出し、楽しくなってきた頃、とある購入希望者とのやりとりが始まった。
 
商品は、人生で一度だけ訪れたハワイで購入したトートバッグだった。新婚旅行中だった私は浮かれていることも相まって財布の紐がゆるみまくり、素敵な雑貨をみつけては「君もお家に連れて帰ろう」とドシドシ購入した。トートバッグはそのなかの一つだった。
 
入念な下調べの結果、訪れることにしていたセレクトショップで一目ぼれしたのだ。ミニのサイズのトートバッグにちょぴりとぼけたスマイルのイラストとALOHAの文字がなんだかやけに可愛く感じて、購入後しばらくはお出かけのお供に持ち歩いていた。
 
お気に入りには変わりなかったが、十年が経過し、少々好みも変わってきた。
「ユーズドでもよい方がいましたら是非」とコメントをつけて出品した。
 
元値は3,000円くらいのバッグを890円で出したところ早速値引き交渉が始まった。
「購入を検討しています! お気持ちお値下げはお願いできますでしょうか?」
利益より断捨離を優先していた店長の私は、その話に乗った。
「発送料などを考えると少しばかりの値下げにはなりますが、端数を取って800円ジャストでいかがでしょうか?」
話はまとまり、無事に購入の運びとなった。
 
ところでメルカリは、購入者の手元に届くまでさまざまなタイミングでメッセージのやりとりをすることが推奨されている。
買い手がついたときは購入のお礼、発送したときの通知、買い手の手元に荷物が届いたあとやりとり全体の評価の3つがある。これらはすべてテンプレートがあり、タップすればメルカリが考えた定型文を先方に届けることもできる。私の場合は、相手の温度感に合わせてテンプレを使うこともあれば、顔文字を使って熱く語る? こともある。
 
ハワイのトート購入者であるTさんは、オリジナルな文章を好みし者と判断し、自分で考えた文章を送っていた。すると、この購入に隠されたドラマをTさんが教えてくれたのである。
 
Tさんはハワイが大好きで、よく遊びに行くそうだ。(なんというお金持ち!)という軽いひがみを隠しつつ、私は彼女の文章に目を傾けた。すると、実はこのトートをやはり10年前に同じセレクトショップで見つけたそうなのだが、いったん保留にしてその時は買わなかったらしい。再び店を訪れたとき、トートはもう売れており「あの時買っておけばよかった!」と後悔したそうだ。
 
え? その隙に一度きりのハワイでトートを風のようにさらっていったのが私ってこと??
偶然にしてもすごすぎない!?!?!?!?!?
 
彼女は、私が気軽にさらったトートの作家のファンらしく、Tシャツも持っているのだと教えてくれた。「商品が届いたら、Tシャツとコーディネートして出掛けるのが楽しみです!」
 
熱のこもったやりとりをすることになって、私はなんだか活気づいてきた。
もしかして私は同じとき同じ場所でTさんとすれ違っていたのかもしれない。お互いの存在に気付きもせず10年が過ぎた今、ネット上とはいえ、こうやって確かに繋がったことが奇跡のようだった。
 
テンプレを使って事務的に済ませていたら、生まれなかったかもしれない会話に私はひとり感動していた。
 
ん? ちょっと待てよ???
最初のやりとりを思い出して違和感を覚えた。
そんなに思い入れのあるトートバッグだったのにちゃっかり値下げ交渉してきてんじゃん!
 
なんと人間味あふれることだろう。
人は、いくら思い入れがあっても、少しでも安くなるなら嬉しいのだ。
腰は低くも、お得感が大好きなTさんを思って、私はひとり笑った。
 
それでも、この運命的な出逢いに対する感動が目減りすることはなかった。
デジタルの向こう側に確かに人がいる。そこにアナログの温度感が流れ込む瞬間があるのだ。
 
デジタルの世界を生き抜く私たちは、そのうま味をこれからも享受し続けることだろう。
その分、息子が書いてくれた手紙やTさんとのやりとりのように、アナログが教えてくれる心のこもったやりとりは心をホッとさせる温かさを与えてくれることも忘れたくないと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!

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2025-04-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.305

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