週刊READING LIFE vol.306

使い方を間違えがちな語彙《週刊READING LIFE Vol.306 1%》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/4/28/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
「『1%』でも可能性が有る内は、止める訳にはいきません」
 
事業の再建支援をしていると、決まってこう謂った論旨を投げてくる経営者に出会う。
そして、
 
「『1%』に‘賭ける’勇気だって持ち合わせています」
 
と、決まり文句の様なセリフ迄、出て来たりする。
 
相談を受ける立場の私は立場上、私は頭から否定することは出来ない。何故なら、再建を支援しなければならない役目なのだからだ。
しかし、腹の中では、
 
『無理なものは無理なんだけどなぁ』
 
と、思わず本音を呟いたりする。
更には、
 
『前のめりに為った人間は、何故こう迄、一旦止まることが出来ないのかなぁ』
 
等と、余計な言葉迄、頭を過る始末だ。
仕方なく、
 
「あのですねぇ、ラーメン業界で実(まこと)しやかに言われていることが有ります」
「日本中の何処かで、毎日一軒のラーメン店が開店します」
「同時に、毎日一軒のラーメン店が閉店(廃業)していると言われて居ます」
 
と、私は言葉を続ける。
PC画面の経営者(相談者)には、俄かに困惑の表情が浮かんでくる。
自信が無い証拠だ。虚栄を見破られまいとして、前述の言葉を言っただけと謂うことが明白に為る。
 
そこで空かさず私は、
 
「○○さん(相談して来た経営者)が御持ちの“勇気”を、別のところで使ってみませんか」
 
と、助け舟を出してみる。
経営者は、少し安堵し、黙って頷くのが通例だ。
私の言葉に、少し興味を持って下さった様だ。
 
 
事業でも普段の生活でも、前へ進むより後退する方が難しい。例えば前へ歩く際なら、容易に曲がることが可能だ。立ち止まることだって、簡単に出来る。
これが、後退(後ろ向きに歩く)となると、曲がることはおろか、真っ直ぐ後ろへ進むことすら難しい。目で進路を見ることが出来ないし、第一、通常行うことが少ない行為だからだ。
 
自動車の運転だって同じだ。
昭和の時代は、自動車をバックさせる際、助手席のシートに手を掛け、同乗者(主にカノジョ)に対し恰好付けたものだ。私だって、その一人だ。
これはバックの際に必ず、自動車の後ろを目視する為に行う仕草だ。言い換えれば、後ろを見ずに自動車を後退させるのは、大変危険だと謂うことに他ならない。
その証拠に最近では、自動車の後部を確認する“バックモニター(自動車後部を、ナビ画面に映し出す物)”が、標準で装備されている車種も増えているのだ。
 
営利を目的とする事業も同じだ。
売り上げが上がり、利益が増大し、スタッフや拠点を右肩上がりで増やせる時は、誰にだって経営者は務まるものだ。
しかし、何かの事情や業況で、事態が悪化すると事情が変わってくる。こうなると、誰にでも経営者が務まる訳ではない。務まるのは、選ばれし特定の経営者だけだ。
非常時とは、某友好国大統領に依る‘急激な’相互関税等、典型的な例だ。
日本の諺にも、『寝耳に水』と謂うものが在る位だ。
 
こんな時は、撤退するしかない。
しかし、誰にでも理解出来そうなことだが、これがなかなか難しい。
特に日本では、後退(撤退)を単なる敗北と解釈する傾向が在るからヤヤコシくなるからだ。
だって人間には、“見栄”と謂うものだってあるのだ。
誰だって、恰好付かないことはしたくない。見栄が張れないからだ。
 
そこで、例え『1%』でも何等かの可能性が残って居ると、根気強くそれに拘って仕舞う。しかもそれを、勇気をもって粘り続けることと言い換えたりもする。
本当は、敗北する、見栄を張れずに恰好付かなくなることを認めたくないだけなのだ。
これは、冷静に為れば誰にだって理解し判断出来そうなものだ。出来ないのは、見栄を張るとかの感情が入り込んでいるからだ。
俯瞰的に見れば、もっと解り易い。感情だって入らないし。
 
 
事業の撤退に関して私は、
 
「戦国時代の名将には、必ずと謂って敗走の逸話が有ります」
「織田信長だって、徳川家康にも」
「なので、撤退の際に最後を守る‘しんがり’には、“殿”の字があてがわれて居ます」
「尊敬されている証拠なのです」
 
と、進言することにしている。
これで、大概の相談者は納得して下さるものだ。
 
それでも、納得されない方も時には居らっしゃる。
そんな時は、
 
「現代の経営者だって、特に、‘名’経営者と呼ばれる人程、撤退しています」
「ユニクロの柳井正さんだって、野菜の直販事業をあっさり撤退しましたし、ソフトバンクの孫正義なんか、数え切れない事業を失敗しています」
「これは、挑戦したことの証明でしか有りませんし、致命傷(会社の)と為る前に察知出来た才能でもあるのです」
 
と、伝えることにしている。
しかし、前のめりに為った経営者は、
 
「でも、勝算が九割だったら進むのではないですか」
 
と、言って来る。
これも、定番の言い訳だ。
 
私は、
 
「エジソンは、『失敗は成功の母』 そして『1つの成功の陰に、99の失敗が在る』と謂う言葉を残しています」
 
と、進言することにしている。
それでも納得行かない表情の相談者には、
 
「これは、私の友人の話です」
 
と、前置きして、
 
「彼は、大手自動車会社でエンジン設計を任されていました」
「新たに、新型スポーツカーのエンジン設計した際、その出来栄えを社長に問いました」
「試作エンジンのレスポンスに納得出来なかった社長は、『オイ! テストエンジンを何台壊した?』 と、問い質したそうです」
「友人が、怒られると思い『50台です』と少な目に答えると、社長は烈火の如く怒り出したそうです」
「『俺(大手の社長)は、貴様に何台壊せと言った? (原文・事実です)』と問い、『最低でも100台壊せと言っただろう!』と仰っいました」
「社長は友人に、大事な顧客に認めてもらうのなら、100台壊して致命傷となるリスクを回避するのだと伝えたかったそうです」
 
と、続けてみる。
そうすると、やっと表情に“納得”の二文字が浮かんで来るものだ。
 
 
 
私は既に、結構な時間を社会人として過ごして来た。その殆どが、事業経営者として。
少しは、これ迄の経験則を御伝えしても場違いでは無いだろう。
 
 
何事でも、『1%』の可能性に賭け続けること自体は、大変
素晴らしいことだ。
しかし、それに必要なのは“勇気”では無い。持ち合わせたいのは“根気”だ。苦しい時間を過ごせる“忍耐”と言い換えても良い。
 
 
そして、本当の“勇気”とは、こうだと私は思う。
 
それは、少ない可能性に賭けることでは決して無く、例え『1%』であっても致命傷と為り得るリスクが在った場合、その場を毅然と立ち去る決断が出来ることだ。
致命傷を負いそうな‘たった’『1%』リスクを、世に謂う“損切り”を、躊躇なく決断できることこそ真の“勇気”であり、その“『1%』の勇気”を持ち合わせている方のみが、名経営者と称しても許されるだろう。
 
と、思って居る。
 
 
これからの(残り少ない)人生で私は、『1%』の致命的リスクの為に撤退を決断する“勇気”を行使して行きたいと思う。
 
 
それに、“勇気”と謂う語彙の使い道を、間違わない様にして行く所存だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2025-04-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.306

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