笑うカドにはリスクがあるが、福も来るはず《週刊READING LIFE Vol.307 そんなつもりじゃなかったのに。》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2025/5/5/公開
記事:吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
そんなつもりじゃなかったのに。
夜道を犬の散歩をしながら、大口を開けて笑顔を作っているおばさん。それを見てぎょっとした顔をして目をそらし、足早に遠ざかる若い女性。街灯が少ない道だったためはっきりとは見えなかっただろうが、暗がりの中で笑っているおばさんというのは、明るいところで見るよりもさらに不気味に見えたことだろう……。
「おばさん」は私のことで、「若い女性」は通りすがりの見ず知らずの方だ。私はどこにでもいる普通のおばさんであり、おばさんが犬の散歩をしながら笑っていただけで、変質者でも怪しい人でもなんでもなく、もちろんうら若き女性を驚かせるつもりなんてなかったのだが……。
コロナ禍では、マスク着用が必須になり、日常生活の一部となった。マスクをしていない人は非常識であり、感染対策への意識の低さや周りへの気遣いができない人と糾弾される世の中だった。
しかし、コロナウィルスが5類感染症へと移行し、マスク着用は個人の判断に委ねられるようになった。街中ではマスクをしていない方も多くなったが、私は会社の規定で今でも勤務中はマスク着用が必須だ。それは、会社のルールというか、私が働いている福祉業界全体のルールのようなものだ。私の仕事でいえば、毎日お年寄りの家を訪問するし、病院や施設への出入りも多いため、ウィルスを持ち込まないためにも、持ち帰らないためにもマスクは必須アイテムだ。
マスク生活の弊害。それは誰もが感じているだろうけれど、自分の表情に緊張感がなくなったことだ。目しか見えないという安心感。いや、安心感ともいうが、“ゆるみ”というほうが適切だろう。マスクをしているのをいいことに、手で口を覆うことなくあくびはするし、鼻がムズムズすれば鼻や口を変に動かし、自分でもどんな表情をしているのかわからないような表情を平気でしてしまう。
楽ちんだ。常にマスクをしているって、なんて楽ちんなんだろう。
この楽ちんに慣れ切ってしまってから、このままではまずい! と気づいたけれど、もう遅い。常にマスクをしている状態では、していないときの緊張感を思い出すことはできず、一度味わってしまった楽ちんからはなかなか抜け出せない。
しかし、そんなときに、参加した研修で、脳科学の「笑うから楽しい」という話を聞いた。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだと。笑顔を作ることで脳は「楽しい!」と認識する。すると、ドーパミンやエンドルフィンなどが分泌されて気分が高まったり幸せを感じたり、ストレスを減らしたりすることができるという。加えて、笑うと海馬が活性化されて記憶力が高まったり、脳波のアルファ波が増加してリラックスできたり、自律神経のバランスが整ったり、免疫細胞が活性化して免疫力が高まったり……と、いいことづくめらしい。
そうか、それならば、いつも笑顔を作っていればいいんだ。口角を上げて、ニコッと笑っていればいい。
しかし、歩きながら、電車に乗りながら、仕事をしながら、意味もなくニコッとしているのは怪しい。ニコッならいいが、人から見たらニヤッとか、怪しい笑いに映るかもしれない。
しかしながら、今は基本的にマスク生活だ。マスクの下でニコッと、ニヤッとしても人からはわかりにくい。だから、このマスク生活をいいことに、いつも口角を上げて笑顔を作って、「笑うから楽しい」を実践すれば、明るくハッピーな生活が送れるのだ! なんていいことを思いついたんだろう! マスク万歳! と思った。
それからは、思い出したら、折に触れて、マスクの下で笑顔を作るようになった。
ニコッ、ニヤッ、ウフフ、オホホ……。そのときによって自分の中での笑顔の効果音は違うけれど、マスクの下でニコニコ、ニヤニヤするようになった。「笑うから楽しい」が体感としてすごくわかったわけではないけれど、仏頂面をしているよりは楽しい気持ちにはなることはわかった。また、ニコッとか、ニヤッとすることで、自然と気持ちを切り替えたり立ち止まって冷静になれたりするスイッチになることがわかり、マスクの下の笑顔を日常生活の中で活用するようになった。
そんなこんなで、マスクの下の笑顔が習慣となった。
上司が理不尽なことで怒っていたらマスクの下でニヤッ、同僚がイライラを振りまいていたらマスクの下でケケケ、山積みの仕事にうんざりしたらマスクの下でアハハ、電車や街で不愉快な人に遭遇したらホッホッホ、と口角を上げて笑顔を作るのだ。家でも、家事をしながらテレビを見ながらお風呂に入りながら、笑顔を作るのが日課になった。
こうして、日常生活の中で、笑顔を無意識に作るようになった。しかし、その無意識の弊害として、最近はマスクをしないでセミナーやイベントに参加することも多くなったが、笑える場面でもないのに急に笑顔を作ってしまうことがある。ハッ気づくと、そのままニコニコと人の話を聴いている風にしてごまかすことにしている。
そんな中、友人から聞いて、観相学や人相学の権威の方のYouTubeを見たり本を読んだりするようになった。
私は顔が丸くて、頬の肉が厚めで、大口を開けて笑うと頬の肉がぼこっと盛り上がる。それがずっと、コンプレックスまではいかないけれど、もっと顔の肉を減らしたいなぁと思っていた。
ところが、頬が肉厚で笑うとふっくら盛り上がるのは、観相学の観点からみると、愛情運や人気運が上がるとのことなのだ。自分が気にしていた部分が、実は運気アップの長所だったとは! そして、その頬がふっくら盛り上がるのを維持するためには顔の筋肉を鍛えなくてはならず、笑わないと鍛えられない筋肉がたくさんあるというのだ。鍛えないと、年齢とともに垂れ下がっていってしまう。そうすると、運気も下がる。だから、笑って顔の筋肉を鍛えることは大切だと。さらに、大笑いすること自体が開運につながるというのだ。
たしかに、大口を開けて頬の肉を高い位置でキープして笑い続けると、頬や口周りの筋肉が使われて疲れる。そのため、顔の体操として、朝のお化粧の前や家にいる間に「大笑い体操」として大口を開けて笑うようにした。運気アップにつながるなら一石二鳥だし。
1週間くらい続けると、なんだか頬の肉が柔らかくプリプリなった感じがした。あくまで個人の感想だけれど。それに、口角を上げただけの笑顔よりも、大口を開けて笑う方がはるかに楽しい気分になることもわかった。しかし、家にいるときだけでは、ついつい忘れてしまうことが多かった。
そこで、マスクの下の笑顔習慣を、マスクの下の大笑い習慣に変えることにした。さすがにマスクの下とはいえ、大口を開けて笑っていると周囲にばれてしまうので、マスクの下の大笑いは、誰もいない道を歩いているとき、仕事中の外回りの自転車に乗っているとき、夜に犬の散歩をしていて誰もいないとき、などとした。
ここでもうおわかりだと思うが、夜道を犬の散歩をしながら大笑い体操をしているときに、若い女性に遭遇してしまったのだ。このときにマスクをしていたら、暗かったからばれなかったのだと思うが、マスクをしていなかった。というか、マスクをしていないことを忘れていた。つい最近まで花粉対策でマスクをして犬の散歩に行っていたから、マスクをしているつもりになっていた。
誰もいない道を、大笑い体操をしながら歩いていた。そして、小さな声で「あはは」と声も出していた。これは試していただいたらわかるのだが、声を出さずに表情だけで大笑いするよりも、小さくてもいいから「あはは」と声を出して大笑いするほうが、ちゃんと笑顔になり顔の筋肉をしっかり使えるのだ。だから、小声で「あはは」と言いながら大口を開けていた。もちろん、誰もいないことを確認して。
そうやって大笑いしながら角を曲がった。犬を連れているときは、犬が曲がり角を飛び出してしまって誰かがいたら大変なため、慎重に曲がり角の先をのぞき込んで曲がるのだが、そのときは顔の筋肉を使うことに夢中で油断してしまった。そんなときに限って、曲がってすぐのところに女性がいたのだ。リードの先の犬の位置を確認することに気を取られて、大口を開けたままで女性と目が合ってしまった。大慌てで口を閉じたけれど、もう、遅い。
女性とすれ違ったあと、その女性に聞こえるように、「あはは、もう、あなたってば、そんなことをしてー」と愛犬と笑顔で話している演技をしてみたが、今考えるとなんの意味があったのだろう? 明らかに暗闇で笑うあやしいおばさんだった事実は変わらない。
そんなつもりじゃなかったのに。
あのとき、すれ違ったお姉さま、ごめんなさい。暗闇でおばさんが大口を上げて笑っている姿に、さぞ驚いたことでしょう。
でも、それでも私は、今日もめげずに、マスクの下で、そして夜道ではマスクもしないで、大口を開けて「あはは」と笑っている。開運のために、頬の肉をたるませないために、ついでにほうれい線も薄くならないかと期待して。
そして、“笑う門には福来る”を体現することを目標にしている。曲がり角には注意をしながら……。
□ライターズプロフィール
吉田実香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福祉業界で働きつつ、「誰かを笑顔にする文章を書く」「誰かのなにかのきっかけになる文章を書く」ことを目標に、文章を書き続けていきたいです。
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