まだ「いいね」は押さないことにした《週刊READING LIFE Vol.309 現代ならでは》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/6/5/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ある日、いつものようにX(旧Twitter)を開くと、なにやら大戦争が勃発していた。
『叱る育児』 VS 『叱らない育児』である。
どうやら『叱らない育児』というのは、2010年頃にこの世に生まれ落ちた言葉であるらしいのだが、悪いことをすれば親にも先生にもバチクソ怒られるという昭和の時代を過ごした身からすればあまりピンとくる言葉ではない。
Xで何かの議題で戦争が起こる時、あまりにもタイムラインが荒れすぎて、元々この話題を投下した人は誰なのかわからなくなる。それは今回も同じだった。
おい、一体誰が着火したんだよ。
そう思いながらも、あらゆる投稿に目を滑らせていく。
「パーティに呼んだ子供たちのうち、一人が悪さをしたがその母が叱らずに諭した。結局みんなが待たされ30分食事の開始が遅れた。叱らない育児は、自分んちだけでやってくれよ」
火力強めの表現ではあるが、言いたいことはわかる~と気軽にいいねを押す。
「対話もせずにただ叱るって意味ないよ? それに『叱る育児』とか言いながら実際は子供に感情的に怒る人も多いじゃん? それじゃ子供が真の意味で理解したか怪しいよね」
それもまたわかる~と思いつつ、いいねを押す。ていうか耳が痛い。
軽い気持ちである意味適当にいいねを押していて、はたと気づく。
Xで戦争をしている人たちは、良いか悪いかは抜きにしても、子育てについて自分の意見をきちんと持っている。
それに比べて、私はどうだ。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、まるで自分の意見というものがない。
そもそもどんな風に育てていくかという方針がバッチリ決まってないのだから、迷いも悩みも多いのだ。
とにかく子供たちに私の愛情が伝わればOKだろ!? って感じで、綿密な計画とか何もない。時に感情的に怒ってみたり、「好きだ!」と言いつつホッペにチューをしすぎてうざがられたり。
いつか私もXに登場する猛者たちみたいに「私はこういう信念で子育てをしています」と胸を張って言い切れる日が来るのだろうか。いや、一生こない気がする。
自分の意見に自信がない私は、結局Xの誰かの投稿を読んでは「うーーーむ」と考えるフリをして、自分の内側にある「思考」を一応探してみる。正直なところ、ポストの「いいね」の数に思考が影響されている私は……だいぶんダサい。
そして、自分の感情の不在という沼に堕ちてゆくのだ。
これは別の場面でも感じることがある。
先日、もう一つのSNS、Facebookを開いたところ、おすすめの記事に今現在観ているドラマの一コマがあった。朝の連続テレビ小説「あんぱん」だ。
忙しい朝に観るのは難しく、録画して後から観ていた。
観よう観ようと思いつつ、何話かたまった頃、この記事である男女の恋が成就したことを知った。
ヒロインのぶの妹、蘭子と、同じ家に住み込みで働く青年の豪。
口数が少なく、気持ちを開けっぴろげにしない慎ましやかな性格の二人は、密かに自分の中だけで相手に対する温かい思いを募らせてきた。
このあとどうなるんだろう……と思っていた矢先、飛び込んできたのは二人が電車内で肩を寄せている場面だったのだ。
ついに、くっついたのーーーーーー!?!?!?!?
いや、そうなるだろうとは思っていたけど、話を追いながらその感情の機微というものを一つ一つじっくり味わいたかったわーーーーー!
少なからずショックを受けた。
やっと録画による鑑賞が追いついてきた頃、今度は豪が赴いた戦地で命を落としたことをまたもやSNSで知ってしまうのであった。
SNSに先回りされて、大事に育てた気持ちごと刈り取られてしまう。
そんな経験が増えるなかで、逆にものすごく印象に残っている出来事がある。
それは2022年に日本でも公開された映画「1640日の家族」を観に行ったときのことだ。
当時私はまだSNSというものに疎く、ほとんど触ったことがなかった。
映画館にあったチラシを「面白そう、絶対観たい」と大事に持ち帰った。誰の感想も読まず、誰のレビューにも目を留めず、チラシに載っていた写真と数行のあらすじだけを頼りに公開日に劇場に足を運んだ。
結果、号泣だった。
帰りのバスでは放心状態で、窓に映る街路樹をぼーっと見つめながら何度も何度もストーリーを頭のなかで辿った。
いや、泣くことはおおよそ想定できるあらすじではあった。
里子を、我が子と本当の兄弟のように育てたお母さん。ある日、本当の父から「子供を返してほしい」と連絡が入り、一緒に過ごした四年半の日々にピリオドを打つ。みんなが子供のことを考えているからこそ葛藤があり、愛があるからこそお母さんが感情的になる場面がある。
どのシーンを思い出しても胸を打つものばかりで、帰宅してからもチラシを観ては余韻に浸った。
映画そのものが名作だったことは確かだ。
でも、これが、誰かのレビューを読み込んだ後だったら、どうだろうか。
知らない誰かに誘導された感情ではなく、まっさら気持ちですみずみまで堪能できたからこそ私のなかに揺るぎない感情が生まれた。
心に残る名作というのは、もしかしたらこの過程が必要だったりするのかもしれない。
それでもやっぱり日常生活で私とSNSは到底切り離せるものではない、というのもまた事実である。新たな知恵を授けてくれることも多々あるし、リアルに繋がっていない人だからこそ本音を言えてしまうということもある。
だからこれからも私はきっとSNSをやめない。
しかし、泉のように溢れかえる数多の投稿に無意識でいいねするのではなく、自分の感情はどう受け取ったのか、それを考える時間を自分に与えようかなと思う。
「まだいいねは押さない」でいる自由を、私は自分に許したい。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!
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