遂に“南米大河”の軍門に下って仕舞った《週刊READING LIFE Vol.309 現代ならでは》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/6/5/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
旧式の昭和世代にとって、現代社会は何かと活き辛いものだ。
勿論、世の中自体は大変便利になって来ている。何しろAIを使えば、文章を書いたり絵を描いたり、はたまた、問題の解決策だって授けてくれたりするのだ。
昭和な私も、少しは生成AIとやらを使いこなそうと、講座を受けたりした経験が有る。しかし、同世代の者より少しは使える様に為ったものの、若い方々に比べると思うに任せないのが事実だ。
事程左様に、ネイティブがアナログである昭和人にとって、デジタルそのものに苦手意識が潜在している。ただ頂けないのは、理屈を付けてデジタルを否定しに掛かることだ。
例えば、
『若者だって、腕時計はアナログじゃなか!』
と、謂った具合に。
これなんぞは、年寄りの理屈でしかない。何故なら、若者の多くは既に、腕時計無しの生活に入って仕舞って居るのに。
昭和のアナログ人間にとって、AI以上に不可解なのは、ネット通販だ。
特に、南アメリカを流れる大河を社名にした通販会社は、ありとあらゆる商品を取り扱っている。最近では、映像の配信も行っていて、新しい映像だけでなく、古い名作映画等も、南米大河で観ることが出来るそうなのだ。
伝聞系で記したのは訳が有り、私はアナログ人間の為か通販で物を買うことが出来ないからだ。更に、古くからの映画ファンなので、小さなPC画面で映画を観賞することに馴染めないのも事実だ。
そもそも、物を買うというアナログな行為は、いつから通販に置き換わったのだろう。
昭和人からすると、何を買うにしても実際に見てみないと判断出来ないと感じるのだ。試着もせずに洋服を買ったり、書き味を確かめずに筆記具を買ったり出来ないのだ。
靴などはその典型で、滅多に足に合う靴が見付からない私は、試し履きをせずに靴を買うこと等、全くを以って信じられない行為なのだ。
或る時、靴を通販で買うことが信じられない顛末を、若者に熱く語ったことが有る。
若者は、あっけなく、
「足に合わなかったら、返品出来ますよ」
と、言って来たのだ。
私は、即答出来ず忸怩たる思いが募った。
冷静に為った今だと、
「それでは君は、靴は兎も角、試乗もせずに車を買えると言うのかい?」
と、反論出来たことだろう。
しかし、
「あ、僕は免許を持って居ないんで」
と、呆気無く反論されそうだが。
この様な事が続き、私はいつしか“南米大河”のIDを所持していないことを自慢する様に為って居た。そのことに依り、通販で買い物をしない(正確には出来ないだけなのだが)主張をしていたのだ。
IDを持って居ないことで、私は困ることが無かった。通販での買い物は勿論、配信で映画を観ることも無かったからだ。
従って私は、南米大河を名乗る詐欺まがいのメールを、躊躇なく削除出来る特権も持って居る。
只一点だけ、通販と謂うか南米大河が便利だと感じたことが有る。
それは、古本を探すことだ。
アナログ人間の常識では、古本を探す際には、神保町へ出向き目ぼしい古書店を巡ることだ。勿論、時間と労力は掛かる。探している本が、必ず見つかる保証はない。
その点、南米大河だとPCのキーボードを叩くだけで、立ちどころに探している本が見付かるのだ。しかも、本の状態まで丁寧に記して有るのだ。更には、出品者の評価だって、こちらから出向くことなく見ることが可能なのだ。
流石に、本に宅配から始まった企業だけのことはある。
私は何故に、IDも持って居ないのに南米大河の事を知っているのか、疑問に思う向きも有るだろう。
実は南米大河の事を、私はカミさんから聞きかじったのだ。
そう、カミさんは既に、南米大河のIDを取得し、買い物を始めていたのだ。
どうりで最近、荷物がよく届くと感じてはいたのだが。
私はカミさんの行動を知って以来、古本を探す時だけは、南米大河を頼ることにした。カミさんのIDを頼って。
その方が、格段に速く、探している本を入手出来るからだ。
昨年のこと、私は一度、南米大河のID取得にチャレンジした。
結論を先に記すと、私はID取得に失敗した。
頑なに南米大河のID取得を拒んでいた私が、進んで取得に動いた(正確には、動かざるを得なかった)背景には、ボクシングの最強王者・井上尚弥選手の存在が在る。
60年以上前の5歳の時から、ボクシングを観続けて来た私は、今でも世界タイトルマッチとなると、取る物も取り敢えず観戦することにしている。
勿論テレビでだが。
ところがだ、実力が世界的に為った井上尚弥選手のタイトルマッチは、興行権がアメリカの大手エージェントが握ることとなった。
これは、井上選手が興行的に大金を動かせる様に為ったと謂う証明でも有るのだ。勿論、ファイトマネーは桁違いに高くなったと思われる。
エージェントは、高騰した興行権の元を取ろうと、試合の放送権料を吊り上げた。
結局、井上尚弥選手の試合は、有料放送でしかリアルタイムで観ることが出来なく為って仕舞ったのだ。
井上選手のタイトルマッチが有料放映と為った始めの内、私は苦労無く観戦することが出来た。
何故なら、私が加入している有料BSチャンネルで放映されていたからだ。
ところがだ、昨年から井上尚弥選手のタイトルマッチは、テレビでの放映が無く為り、舞台を配信へと切り替えられてしまったのだ。
しかも、上級グレードの。
多分、ファイトマネーと興行権が、更に高騰した為と思われる。
私は仕方なく、本来に意志を曲げ南米大河のIDを取得にチャレンジした。
始めの一か月なら、無料視聴が可能だし。
ところがだ、IDを取得しようとメールアドレスを入力したところ、PCモニターに、
『このアドレスは、既に使われています』
と、信じ難い表示が出来たのだ。
私のメールアドレスが、何者かによって使われているというのだ。
今の処、何の請求も来ていないので、私は被害を受けてはいない。
そんな事より問題なのは、迫り来る井上尚弥選手のタイトルマッチだ。
困り果てた私は、カミさんに相談してみた。
カミさんは呆気なく、
「じゃ、私のPCで観たら良いじゃない。プライム会員だし」
と、一気にタイトルマッチ観戦に近付けてくれた。
私は無事、井上尚弥選手の豪快なKOシーンをリアルタイムで観ることが出来た。
考えてみれば、もし一か月無料視聴でIDを取得して仕舞った場合、私は井上選手の次の試合を如何にして観る予定だったのだろう。
井上尚弥選手の勝利は、確実視されていたのだし。
しかし、カミさんの有難いIDで観戦できた私は、先月のタイトルマッチも何の問題も無く観戦することが出来たのだ。
井上尚弥選手は、またしても豪快なKO勝利でタイトルを防衛して見せた。
私は、安易な妥協により南米大河の軍門に下ることが無かった。
寧ろそちらが、私に安堵をもたらした。
井上選手の防衛線の一週間後、私のメールボックスに気に為るメッセージが届いた。
『山田様。先日お応え頂いたアンケートの謝礼をお受け取り願います』
と、謂うものだった。
謝礼は、南米大河のポイント5,000円分だった。
私は、カミさんに対する礼にすれば良いと考え、メールに記載されたURLをクリックした。
南米大河のポイントは、IDを通じて受け取らねば為らないとのことだった。
メールアドレスを不正利用されている私は、何とかポイントを受け取る策を考えた。
何しろ、カミさんに胡麻を擂る絶好の機会なのだ。
私は仕方なく、PCのメンテナンス用に登録されているメールアドレスを入力して、南米大河のID取得を試みた。
別のアドレスを入力したIDは、呆気ない程簡単に私の所にやって来た。
謝礼の5,000ポイントは、無事に私のIDへ届けられた。
然しそれは、私のアイデンティティと謂っても過言ではない意地を、いとも簡単に打ち砕いてくれたのだ。
何故なら、南米大河のポイントは現金やギフトでは無いので、他のIDで使用したり、譲渡することは出来ないとのことだった。
私はこれからも、南米大河のIDを所持し続けなければ為らなくなった。
更に、必ず5,000円分は、南米大河で買い物をしなければ為らなくなったのだ。
これまで一度も、通販を経験したことも無かったのに。
それにしても、5,000ポイントの為に崩すこととなった私のアイデンティティとは、一体何だったのだろう。
昭和な私は、単にセコイだけなのだろうか。
この程度のことで、南米大河の軍門に下って仕舞ったのだから。
□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion
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