週刊READING LIFE vol.309

現代ならではの旅と昔ながらの旅、どちらが好きですか?《週刊READING LIFE Vol.309 現代ならでは》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/6/5/公開
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私は車の運転ができない。
学生のときに教習所に通い免許証は取得したが、実家に車が無いため運転をする機会がないまま20数年が経ち、ゴールドの免許証はもっぱら本人確認をするための物となっている。

免許証を取得した後、一度だけハンドルを握ったことがある。金沢に住む友人の家に一泊し、翌日能登の温泉に友人の車で向かった際、「ここなら運転できるよ。久しぶりにやってみたら」と提案され、千里浜なぎさドライブウェイを数十メートル運転した。
数年ぶりの運転でどきどきわくわくし、時速20キロか30キロしか出ていないのに「うわー!」とか「ぎゃー!」とか叫びながら運転したことを覚えている。
春先だったか、それとも夏の終わり頃だったか記憶があやふやだが、さんさんと照りつける太陽の下、青い海を左手に見ながら白い砂浜の上を運転した記憶は、久しぶりに会う友人との語らいと能登の温泉という楽しい思い出に加え、今でも私の中で鮮明に残っている。
数年ぶりだったためすっかり運転の仕方を忘れていて、アクセルペダルに右足を置き、ブレーキペダルに左足を置いたら、いつも笑顔の絶えない温厚な友人が真顔になり、「何しているの!?」と注意されたのもいい思い出だ。

 

私は今、都内に住んでいるが、最寄りのJRの駅まで徒歩で10分ちょっと、私鉄であれば徒歩5分くらいで駅に着く。千葉県船橋市にある実家も、歩いて10分ぐらいのところに駅があるため、そこまで不便さを感じない。8年前に実家を出て一人暮らしをしたときに至っては徒歩1、2分のところに駅があったため、自転車すら持っていなかった。車があれば便利だが、なくても暮らせる環境だ。
そうは言っても、やはり車はあると便利だ。私は相変わらず運転はできないが、夫が運転するため、我が家には車がある。週末にスーパーでまとめて食料品を購入するときや、雨が降っているときの送迎等日常生活ではもちろん、車がないと行きづらいところへ出掛けるときは大活躍している。先日はお昼に水沢うどんを堪能した後、万座の温泉宿に泊まり、翌日は軽井沢経由で帰ってきたが、まさに車ならではの行程で週末のお出かけを楽しむことができた。

車は各地様々な地域を訪れるのに便利な手段だが、そうさせている理由の一つがカーナビの存在だ。カーナビがあれば、まだ訪れたことのないエリアでも最適なルートを示してくれる。道を間違えても、新しい道順をすぐに検索して画面に示してくれる。画面に留まらず音声案内もしてくれるから、「運転中に画面を見るなんて怖くてできない」と思う運転初心者でも行きたいところに行くことができる。
私はもっぱら助手席でカーナビの画面を眺めているだけだが、設定次第では進行方向を上向きにして画面に表示してくれるので、「東西南北? 何それ……」と地図に苦手意識を持つ人(私のことだ)でも安心して使える便利な機能だと感心している。

画面には国道や県道など公道はもちろん、明らかに私道と思われる細い道も表示される。以前地図を作ることで有名な会社に勤める知り合いに、どうやって地図を作るのか聞いたところ、定期的に人力で調査をしていると教えてくれた。カーナビはどう対応しているのだろうと疑問に思っていたところ、「手数料を払えばアップデートができるよ」と夫が教えてくれた。地図を作る会社から情報を得ながら更新しているのか、それとも日々誰かが「新しい道ができたぞ」「あの道は廃止なってしまっているな」と調査してくれているのだろうか。アップデートに尽力してくれている誰かさんに感謝だ。

カーナビなくして、快適な車の旅はできない。まさにカーナビは、大洋航海の道しるべとして欠かせない、現代版ポラリス(北極星)だ。カーナビの導きに沿って運転すれば目的地に着くのだから、ポラリス以上の価値があると言ってもよいかもしれない。

 

ここまでカーナビの良さを書くと、さぞ惚れ込んでいて「カーナビのない車なんてあり得ない」という考えの持ち主だと思われるかもしれないが、そうではない。現代版ポラリスの無いドライブの良さも、実は知っている。

今の家に引っ越す前は実家の近くに一人暮らしをしており、土曜日の午前中は趣味の弓道をして楽しむ生活を送っていた。弓道は高校の部活で始め、一時期離れていたときもあるが、通算20年くらい続けている大切な趣味だ。
弓道はマイナー競技であるものの、大抵の市区町村に公設の弓道場がある。船橋には2つも弓道場があり稽古がしやすい環境だったが、車を持たない私はそうではなかった。どちらの弓道場も車で行けば10分程で着くのだが、車ではない場合、一つの道場は最寄り駅まで電車で行きその後20分程歩く必要があり、もう一つの道場は電車とバスを乗り継いで行くしかなかった。自転車で通う強者もいたが、2メートル以上ある弓を片手に、車の通りが多い道路を自転車で行くのは気が引けた。弓道は好きなものの道場に行くまでが面倒で、前日の夜は「明日は弓道の稽古に行くぞ」と気合いを入れないと、なかなか行く気になれなかった。弓仲間の大半が車で道場に行くため、私が稽古に行くと「電車とバスで来たの? 大変だったね」と労ってくれた。

不憫に思った弓仲間の1人が「送っていくよ」と声を掛けてくれた。遠回りをして帰ることになるので申し訳ないと思いつつ、有り難い申し出に甘えて送ってもらうようになり、いつしかルーティンになった。弓仲間はその人と同じマンションに住む、車を持たない弓仲間を乗せて稽古に来ていたので、必然的に同乗者の弓仲間も帰りが遅くなってしまうのだが、その人も「一緒に帰ろう」と言ってくれた。

弓仲間の車なのだが、およそ街中では見掛けない古い車種だった。かなり年季が入っており、詳しくない私にはどのくらい前に購入したモノか推測が難しかったが、20年くらいは経っているのではないかと思えた。もちろんカーナビはない。生まれも育ちも船橋のため、あらかたの地図は頭に入っているようで、「確かこの道で行けると思うんだよね」と、交通量の少ない裏道を選んで送ってくれた。

「カーナビを欲しいとは思わないんですか?」と聞いたことがある。すると「地図を見るのが好きなんだ」と返ってきた。船橋在住歴何十年とはいえ、全ての道を知っているわけではなく、ややあてずっぽで道を選んでいることもあるらしい。初めての道を運転したときは、帰ってから地図を見ながら復習をするのが楽しいと教えてくれた。

「今日は別ルートを行ってみるよ」と、新しい道で帰ることもあった。どうやら前日に地図を見て、通ってみたい道路があったらしい。同乗者の弓仲間も船橋在住歴が長いものの、知らない道を通るので「へーこんなところがあるんだ」と、車窓からの眺めを楽しんでいた。

私としては遠回りをさせているという後ろめたい気持ちがあったので、「最短ルートで帰ってもらっていいですよ……」と心の中で呟いていたのだが、いつしか「今日はどんなルートで帰るんだろう」とわくわくするようになった。船橋は30分も電車に乗れば東京の中心部に行ける便利な立地のため、駅の近くには高層マンションが建てられ、昔は畑だったところに戸建てが目立つようになったが、それでも駅から少し離れれば畑や田んぼがあり緑のある景色が楽しめる。ゆるキャラとして一世を風靡したふなっしーのお膝元ということもあり、梨畑が広がっているエリアもある。自分の足で来るのは難しいエリアの景色を見られるのは楽しかった。
車中でのおしゃべりも楽しかった。私はアルコールに弱いためお酒を飲まないが、そんな私にぴったりな飲み方があると教えてくれた。コーラにジャックダニエルを数滴垂らすと、大人の飲みものになるらしい。弓仲間の奥さまもアルコールに弱くお酒は嗜まないものの、この飲み方は気に入っているそうだ。

 

カーナビに導かれていくドライブは、最短最速ルートを新幹線に乗って目的地を目指す、効率とスピードを重視する現代ならではの旅であり、カーナビの無いドライブは、青春18切符で時間を気にせず周囲の景色を楽しみながら目的地をめざす、牧歌的な旅のように思えた。

どちらが好きかと問われれば、以前の私であればカーナビ派だった。そもそも地図は苦手だし、せっかちのため「目的地に早く着きたい」という思いが強く、現代ならではの便利なツールがあるなら使うに超したことはないという考えだった。

今はどちらも好きだ。無駄なく目的地に辿り着きたいときはカーナビにお任せすればいいし、探検目的でドライブするのであれば、行きたい道を選んで進んでいくのも楽しい。あてずっぽで進んだ先に素敵な光景が広がっていることもあるのだから。

 

今、心残りなことが2つある。
1つは昨年の12月に船橋を離れる際、いつも車で送ってくれた弓仲間に挨拶をすることができなかったことだ。ご家族の体調が芳しくなく、当面の間稽古を休むと聞いた。LINEで引っ越すことを伝えたものの、できれば会って今までのお礼を言いたかった。
そしてもう1つはコーラにジャックダニエルを垂らすという飲み方を教えてくれたことのお礼ができていないことだ。夫は晩酌を楽しむ人なので私も一緒に楽しめたらいいのだが、アルコールに弱いため飲まない。「お酒は好きな人が飲めばいいのであって、無理して付き合う必要はないよ」と言うので気にしていなかったが、ある晩コーラにジャックダニエルの飲み方を教えてもらったことを思い出して作ったら、「一緒に楽しめるっていいね」と喜んでくれた。

実際に会うのは難しいけれど、LINEならいつでもお礼を伝えられる。こんなときこそ、現代ならではのツールが大活躍するときだ。新生活を楽しんでいることや新天地で弓道を再開したことの報告もしたいし、この後LINEをしてみようと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。

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2025-05-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.309

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