週刊READING LIFE vol.309

覚醒だけが肥大した世界で──AI時代における”動き”の再定義《週刊READING LIFE Vol.309 現代ならでは》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/6/5/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「何もしていないのに、なぜこんなに疲れるのか?」
 
先日、いつも仕事をするカフェでふと見かけた光景に、なぜだか胸がざわついた。
 
平日昼下がり、PCを広げた若者たちが黙々と画面とにらめっこしている。手元にはおしゃれなカフェラテ。彼らの指先はキーボードを打っているものの、顔はほとんど動かない。姿勢は固まり、目線はスクリーンに吸い込まれたまま、まるで呼吸すら浅くなっているように見えた。
 
「これ、AIに全部書かせたレポートなんだけどさ、意外とバレないんだよね」
 
隣の席から聞こえてきた会話に、さらに軽い衝撃を受ける。
 
確かに、AIは便利だ。時間短縮にもなるし、要点を的確にまとめてくれる。僕自身もライティングに活用することがある。ただ、そのとき感じたのは”便利さ”ではなく、”身体の不在”だった。
 
頭は働いているのに、身体は動いていない。目は開いているのに、呼吸が浅い。何もしていないのに、なぜか疲れている。
 
それは、理学療法士として見慣れてきた”過覚醒状態”に限りなく近かった。情報には反応しているけれど、行動が起こっていない。まるで、気づきだけが上滑りし、動きという「完了」がないまま、宙ぶらりんに浮かんでいるような状態。
 
この違和感がどこから来るのか、自分の中で問い直したとき、思い出したのは、「覚醒 → 気づき → 動き」という生命の基本プロセスだった。
 
情報に触れている=動いているという錯覚
 
僕たちは今、「動かなくてもすべてが手に入る時代」を生きている。
 
動画で知識は手に入るし、AIに問いかければ、考えるよりも早く答えが返ってくる。歩かずとも配達は来るし、身体を使わずとも人とつながれる。
 
これだけ目まぐるしい毎日を送っていれば、「自分は動いている」と思い込んでも無理はない。けれど、臨床の現場で出会う多くの患者さんは、こう言う。
 
「何もしていないのに、疲れるんです」 「ぼーっとしているだけなのに、肩も腰も痛くて……」 「動いていないのに、なぜか休まらない」
 
ここには、”身体が動いていないにもかかわらず、脳はずっと覚醒している”というギャップがある。
 
本来ならば、「気づき」が「動き」に変換されて、初めて”完了”となる。だが今は、気づいて終わり、気づいてはまた次の情報に向かい、脳の中だけでぐるぐるとループが続いている。
 
これは例えるなら、「食事を口に入れたのに、いつまでも飲み込めない状態」だ。
 
私たちの体には、耳で聞いた情報を「実感」に変えるための仕組みがある。それは決して情報量の差ではない。体を通した理解の深さなのだ。
 
実際、理学療法の現場では、頭で理解していることと、身体で実践できることには大きな違いがあることを日々感じている。歩き方の理論を完璧に説明できる患者さんでも、実際に歩くと体のバランスが取れないことは珍しくない。知識と実践の間には、身体を通した「体験」というプロセスが不可欠なのだ。
 
現代人の多くが感じている「なんとなくの疲れ」や「漠然とした不安」は、もしかするとこの「情報は入ってくるけれど、身体を使って消化できていない」状態から生まれているのかもしれない。
 
なぜ”動き”が必要なのか? ──体の沈黙、心の迷子
 
ある患者さんが言った。
 
「頭はすごく元気なんです。でも、体がついてこない。動かないと、心も沈んでいく気がするんです」
 
この「心の沈黙」は、決して穏やかなものではない。思考は回っていても、行動が伴わない。内側で何かがこもりつづけ、出口が見つからないまま発酵していくような重さ。
 
理学療法士として25年間、多くの患者さんを見てきた中で気づいたのは、身体の動きが制限されることで、心の状態も連動して変化することだった。長期間ベッドで過ごした患者さんが、初めて車椅子に座って外の景色を見たとき、顔に宿る表情の変化は劇的だ。身体の「動き」が、心の「動き」を呼び覚ます瞬間を、数え切れないほど目撃してきた。
 
“動く”という行為が、体だけでなく脳を、そして心を、次のステージへと連れていってくれる。反対に、動かなければ、気づきは”情報”のままで終わってしまう。
 
歩くことでもいい。料理をすることでもいい。大切な人に手紙を書くことでもいい。”思考ではなく、行為で示す”ということの重みを、僕たちはもっと思い出していい。
 
僕自身、毎日1万歩歩くことを習慣にしているが、これは単なる健康管理ではない。歩きながら考えることで、頭の中でぐるぐる回っていた問題が整理され、思わぬ解決策が浮かぶことがよくある。足を動かすことが、思考の流れを変え、新しい視点をもたらしてくれる。
 
動きは、単に筋肉を使うことではない。それは、内面の世界と外の世界をつなぐ橋渡しの役割を果たしている。
 
AIにできない”動き”──身体に宿る意味と即興性
 
AIは完璧な言葉を出力できるかもしれない。でも、その裏に「揺らぎ」や「葛藤」、あるいは「沈黙」があるだろうか?
 
人間の動きには、即興性がある。それは予定されていなかったけれど、その瞬間、その場所でしか生まれない動きだ。
 
握手の強さ、まばたきの回数、涙をこらえる呼吸――そこに込められた感情や記憶こそが、”意味”を運ぶ。
 
リハビリの現場で、患者さんが初めて立ち上がる瞬間を支えることがある。その動きは、教科書に書かれた「正しい立ち上がり方」とは程遠いかもしれない。でも、その人なりの工夫や努力、恐怖と希望が混じった独特の動きには、マニュアルには載っていない深い物語がある。
 
AIにできないこと。それは、”動きに物語を乗せること”。
 
そして、私たちの五感はその物語の発電機だ。揚げ物のジュワッという音、焼きなすの匂い、本をめくるときの紙の感触。
 
動作が、思い出と感情と知覚をつないでいく。
最近、ヨガインストラクターの資格を取得したことで、さらにこのことを実感している。同じポーズをとっても、その日の体調や心境によって、筋肉の緊張度合いや呼吸の深さが変わる。身体は、その瞬間の自分の状態を正直に表現する。この微細な変化こそが、人間らしさの証なのだと思う。
 
AIが生成する文章は確かに流暢で論理的だ。でも、そこには手で文字を書くときの筆圧の変化も、キーボードを叩くときの迷いも、文章を書きながら立ち上がって窓の外を眺める瞬間もない。思考が身体を通って表現されるときに生まれる、あの独特のリズムや間合いは、人間だけのものだ。
 
それでも「動く人」でありたい──AI時代に残る”身体の灯”
 
思考は、AIに任せられる。計算も、文章も、未来予測も。でも、「体験すること」「動くこと」は、まだ人間にしかできない。
 
希望を持つことと、そこに向かって一歩を踏み出すこと。
 
僕たちは、思考よりも、感情よりも先に、動いた「指先」や「足元」にこそ、ほんとうの意志が宿ると信じている。
 
落語を始めたのも、まさにそんな体験だった。最初は理屈で覚えようとしていた演目も、実際に高座に上がって身体全体で演じることで、初めて「わかった」感覚を得られた。観客の反応を肌で感じ、間の取り方を呼吸で覚え、扇子の動かし方で情景を描く。それは、頭だけでは決して到達できない理解の深さだった。
 
AI時代だからこそ、僕たちは意識的に「動く人」でありたい。情報を消費するだけでなく、自分の身体を使って何かを創り出す人でありたい。
 
それは大きなことである必要はない。朝、顔を洗うときに水の冷たさを感じること。階段を上るときに、一段一段の高さを足裏で確かめること。料理をするときに、包丁の重さや食材の手触りに意識を向けること。
 
こうした小さな「動き」の積み重ねが、AIには代替できない豊かな人間体験を作り上げていく。
 
情報は、もう十分だ。あとは、どう動かすか。
 
……実は、ここまでの文章――AIが書きました。現代だなと思いませんか?
でももし、あなたの中で何かがふっと動いたなら、その動きは、きっと”あなた自身のもの”です。
今、あなたの体はどんな姿勢をしていますか? 呼吸の深さはどうですか?
読み終えたこの瞬間、なにか一つ、”動いて”みませんか?
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県藤沢市出身。理学療法士。RYT200ヨガインストラクター。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2025-05-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.309

関連記事