週刊READING LIFE vol.310

欲望を肯定しながら生きたい。生き様ではなく、死に様を選ぶということ。《週刊READING LIFE Vol.310 もう我慢できない》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/6/12/公開
記事:志村幸枝(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
「……持ってきた??」
「そりゃもちろん、持ってきた!」
「これがないと、始まらへんよね」
「だって、明日も仕事だもんね~」
 
私たちはカバンをガサゴソして、思い入れのある「ソレ」を取り出す。
 
「かんぱーい!!」
「お疲れ様でーす!」
 
ある人は手のひらにいっぱいの粒。
ある人は袋入りの粉を幾種類も。
強者は合わせ技だったりする。
 
お弁当のおかず交換よろしく、物々交換になることもしばしば。
「これなんですか?」
「へーー、そんな働きがあるんや~」
「ほーーー、コレ効きそう!」
情報交換にも余念がない。
 
何の話か?
これは漢方相談の人あるあるで、飲み会の席での一幕だ。
自店が取り扱っている漢方薬やサプリメントを持参して、「飲み過ぎ、食べ過ぎ」に対して先手を打つ光景である。「医者の不養生」とはよく言うが、これは「漢方家の漢方薬&サプリメント増し増しにして暴飲暴食無かったことにしがち案件」という。
 
漢方相談をやっている人はおしなべて元気だ。
よく食べるし、よく呑む。そして、よくしゃべる。
先手を打つのでそれが叶うのである。
因みに「俗世を捨てた仙人」のような、生真面目の極み、みたいな養生を貫いている人に私は会ったことがない。
 
そういった日々の取り組みの賜物か、業界の集まりに行けばあっちもこっちも魔女だらけ。美容医療が一般化し、シミやシワのない魔女が量産されて久しいが、我々漢方業界は「見た目」だけでなく、「内側からの活力」も、もれなく漲っているから、根元からの生命力の強さが半端ない。
 
 
 
漢方というと、おそらく「養生=我慢」というイメージがついてまわるのではないだろうか。冷たいものは避けるべし。夜更かしはするな。甘いものを控えよ。酒はほどほどに。腹八分目…。言われてみれば、そりゃそうだ。だけど、正論で詰められると、しんどい。自分でもそう感じるし、お客様に対しても言い過ぎたら良くないことは経験済みだ。漢方相談における正論率と再来店率は反比例するのだから。
 
漢方相談をし始めたばかりの頃の私は「健康診断の数値が正常値になるようにご提案する」「ダイエットのお客様の体重が落ちるように指導する」「長生きこそ正義」というような考え方だった。漢方相談にいらっしゃるお客様はそれを望んでいると思い込んでいた。それに全力で応えることが使命だと信じていた。でも違った。そうではない人もいたのだ。
 
「好きなもの食べて、好きなことして、早く死ぬ。それでいい」
キッパリと、そう言い放つお客様がいた。
「え? 早く死んじゃっていいの??」と、びっくりした。
 
人間の生き方は、「正しさ」だけで測れるものではない、ということを知った。
 
これまで多くの漢方相談を通じて実感しているのは「健康」とは、究極的には「心の在り方」が先に立つ、ということだ。心がのびやかであることが欠かせない。
言い換えれば、「我慢を重ねている人ほど、不調が根深くなる」という現実がある。
 
だから私は、こう思うようになった。
「欲望に正直に生きる」ということも、立派な養生になり得るのではないか、と。
 
 
 
そもそも、この世界は人間の「欲望」によって発展してきた。
たとえば、「食欲」ひとつとってもこうだ。
 
「炊きたてご飯を手間無く食べたい!」と思ったことから炊飯器が生まれたのだろうし、「夜中だけど、むっちゃ甘いもん食べたい!」って気持ちが、コンビニスイーツの進化を後押しし、「誰か今すぐスパイスカレー持ってきてー!」という熱烈な感情が、ウーバーイーツという仕組みを作り出した。きっとそういう小さな欲望がコロコロ転がっていった先に、月にすら届いてしまったのが人間なのだろう。ほんと、すごい。
 
欲望は、決して「悪」ではない。むしろ、それは人間を前に進める原動力である。
だから私は、「欲望をなくす」のではなく、「欲望とどう共に生きるか」を大切にしたいと思っている。
 
たとえば、私はチョコが好きだ。疲れているとき、孤独なとき、何もかもが嫌になったとき。とくに冬の寒い帰り道は、コンビニで買ったチョコを一かけパクッと食べるだけで心が充たされたことが何度もあった。
 
チョコは血糖値を上げる。ニキビが出来やすくなったりもする。もちろん、そんなことはわかりきっている。なんなら、お客様には「なるべく控えた方がいいですよ」なんてお伝えしているくらいだ。でも、心がすっと軽くなるなら、人生全体で見ればその選択は「マイナス」ではなく、むしろ「プラス」だと捉えてもいいのではないだろうか。だから、「たまにはいいんですよ」なんて言っていたりする。「一体どっちなんだ?」って話だ。
 
そんな時、いつも思うのは、自分自身の「損益分岐点」を見極めることの大切さだ。
「これ以上やると壊れるな」
「この一線を越えると取り返しがつかなくなるな」
そんな自分だけのボーダーラインを身体の声を聴きながら、静かに引いていく。その積み重ねこそが、本当の意味での「健康」をつくっていくのだ、ということも一緒に伝えているし、自分でも意識している。
 
 
 
年齢を重ねるごとに、「死」が身近になってきた。
数年前に同級生が亡くなったとき、「自分はあと何年生きられるのだろう」と思った。日常の出来事で、何かを「選ぶ」たびに、何かを手放しているという現実に気づく。その選択の根元に自分なりの「欲望」「欲求」がある。そういうことに忠実であるということは、同時にその代償をも引き受ける覚悟を持つこと。つまり、自分の命の使い方に責任を持つということだ。そんなことをさらに意識するようになった。
 
世間でよく言われる「生き様」という言葉は、どこかキラキラしている。努力や忍耐、美徳、高尚な価値観に彩られ、他人の目を意識しているように思える。
一方で、「死に様」はもっと個人的なものだ。誰にどう思われるかよりも、最期に自分が「ああ、いい人生だった」と思うことが出来れば、それでいい。それがすべてなのではないか、とさえ思う。
 
だから私は、「欲望を断ち切る」よりも、「欲望を抱えたまま生き抜く」ことに興味がある。欲望は、生きる力そのものである。抑え込むのではなく、使いこなす。チョコがやめられないなら、いつ食べれば最小限のダメージで済むかを考える。夜更かしが前提なら、翌朝の整え方を工夫する。それは、全部自分が決めること。自分の選択の積み重ねが、人生そのものを形作っていく。
 
多くの人が「健康にいい生活を送りたいけれど、誘惑に負けてしまう」と悩む。でも私は「負けてもいい」と思っている。その欲望にどう向き合い、どう帳尻を合わせて生きるか。そのもがきこそが、人間らしさなのだと思う。そのどうしようもなさが愛しいではないか。
 
 
 
「今日はチョコ食べちゃったけど、明日はナッツにしとくか」
チョコはやっぱり我慢できない。
そして、あくまでも間食ありき。
 
それでいい。
欲望を否定するのではなく、欲望を肯定する生き方。
心はどこまでも伸びやかにしながら
どうしようもない自分を丸ごと受け止める自分でいたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
志村幸枝:しむらゆきえ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
京都在住の道産子。27年勤めた漢方相談店を退職し、2025年1月より、ライティング・ゼミに参加。16週間で13作品がメディアグランプリに掲載され、天狼院メディアグランプリ66th Season第8戦の総合優勝も果たす。2025年5月より、ライターズ倶楽部へ。今は神戸で漢方相談に携わる。わかりやすいたとえ話で「伝わる漢方相談」をするのがモットー。

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2025-06-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.310

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