週刊READING LIFE vol.310

んなわけあるかいなボケェ! から紡ぎ直す夫婦再生物語《週刊READING LIFE Vol.310 もう我慢できない》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/6/12/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「カチン」というか「パリン」というか「ガッシャ―ン」というか。
心の割れる音が聞こえた。
 
きっかけは、ささいな事だ。
ある朝、登校前に次男が父に質問を投げかけた。
「ねえねえ、お父さんって、お母さんと結婚してるんだよねぇ?」
なんてことない無邪気な質問だ。子供はたまにこんな事を言い出す。
 
しかし、私のなかにうっすらと緊張感が走るのを見逃せなかった。
今日の夫は一体なんと回答するのだろうか。
 
「多分そうじゃないなかぁ」と笑いながら彼が答えた時、子供には気づかれない程度に私は密かに青筋を立てた。
 
え? たったそれくらいのことで? と人には思われるかもしれない。
しかし、積もり積もった何かが静かに爆発するのを、私は止めることが出来なかった。
 
「いってらっしゃい! 気を付けてね!」
なんとか子供を笑顔で送り出したあと、支度中の夫のところにツカツカと出向き言った。
もう我慢できねぇ。
 
「あのさ、さっきのことだけど。なんであんな言い方するの? 私傷つくんだけど!」
夫は、私の熱量とはもちろんまったく違った様子で「へ?」と微かに驚きの表情を見せたあと、少し慌ててこう言った。
 
「照れ隠しよ、ごめんごめん!」
反省の色もなく、ヘラヘラと適当に返事する夫をどつきたくなった。
 
は? 照れ隠し?????
んなわけあるかいな、ボケェ!!!!!
 
以前にも、似たような事があった。
家族で夕飯を囲んでいる最中、子供が「お父さんは、どうしてお母さんと結婚したの?」と聞いた時だ。
「うーーーーーーーーん、そういう風に……なってたん……やろなぁ……」と絞り出す彼をみて、私はこう言いたくなった。
 
苦悩すな!!!!!
 
あの時だって、今朝だって、結婚生活に対して積極的かつ能動的な意見を明言しないことが、妻である私を非常に傷つけるということを彼は理解しているのだろうか。
いや、してないからこその、回答なのだろう。
 
私はもっと、こう、なんていうかアメリカのホームドラマみたいに
「パパとママは愛し合って結婚したんだ。お互いに『運命のひと』なんだよ」と言われているこちらが恥ずかしくなって体全体が痒くなって首筋をボリボリと掻きむしりながらも「そうね、あなた」などとほざいてみてもいいと思っているのだが、当の夫には全然その気配がない。悔しい。
 
近しい誰かに向けて発せられた言葉や態度というものは、その一瞬だけのものではなく、積み重ねてきた日々の歴史を反映するものだから、良くも悪くも大きな影響力を持つ。
 
私が日々愛用しているSNSのX(旧Twitter)でよく見かける種類の投稿にこんなものがある。
 
産後の若妻が、幼子を抱えながら睡眠不足と戦いつつ、なんとか家事育児をまわしていると、そこにのんきな夫がやってきて肩を抱こうとする。
内心、殺気だっている妻は(そんな暇あったら皿の一つでも洗えよ!)と夫の手をヒラリとかわして、心がすれ違っていくのである。
 
女にしておじさんみたいな精神を持つ私はつい(洗い物なんか後でいいから早くベッドインしたまえよ!)といらぬお節介を焼きたくなるのだが、件の投稿に多くの女性が「本当そう!」などと援護射撃しているのを見ると、どうやら私は少数派らしい。
 
殺気立つ妻たちの投稿をよくよく観察してみると、のんきな夫たちは、日々色々な事に気付かないらしく家事育児もお手伝い程度で受け身な生活を送っている様子が見て取れる。
 
なるほどねぇ……と私は深いため息をついた。
 
私の夫は、真逆のタイプだからだ。
このご時世「オトコだから」とか「オンナだから」で括って意見をすると、どこからか叩かれるかもしれないが、夫は「オトコのわりに」まあよく気が付く。感性が細やかなのだ。
 
家事全般を丁寧にこなす事ができるし、休みの日は子供たちと長時間、公園遊びに興じる。外では家族のために一生懸命働いて、お金をきちんと家庭に入れてくれるし、長期の休みには家族サービスで旅行などを計画してくれる。
 
今年の春に、私がひとりコロナに罹った時「万年激務男」の異名を取る夫は、多方面にわたる調整をして早く帰宅し、夜ご飯を何日間も手作りして隔離部屋に届けてくれた。
その様子を知った友人が「なにそれ、神じゃん」と言ったほどだ。
 
しかも作ってくれたご飯がどれもこれも本当においしくて、なんとかギリギリのところで持ち堪えている妻や母の座を、夫に全力で奪われる危惧さえ感じた。
 
だからこそ! なのだ。
良い夫、良いお父さんとして完璧な姿を見せれば見せるほど、パートナーとしての一対一の関係の希薄さが浮き彫りになるような気がして心がギュっとなる。
時には洗い物や拭き掃除という彼のなかのマストをかなぐり捨てて、世ののんきな夫たちのように妻を求める事があってもいいのにとの思いがかすめるのだ。
 
葛藤するなかで見つけたまた別のXの投稿に、私は大笑いすることになる。
現在ドラマ放映中の『対岸の家事』の作者、矢野帰子さんのポストだった。
 
「隣の芝は青い」という言葉は好きじゃないけど、友人が言った「どっちの地獄なら耐えられるか」という言葉が好きだ。
 
隣もこっちも地獄ベースで考えたら、なんだか急に軽くなった。
確かに何もかもが完璧で理想通りの生活というのは、なかなか難しいことなのかもしれない。
それでも強欲な私は、快適な暮らしをしながら、夫からのわかりやすいストレートな愛情を体がふっ飛ぶほどの威力で受け止めてみたいという希望をまだ捨てきれないでいる。
 
みんなが羨むほどの熱々の仲を保っている夫婦が、実は身近にいる。
私が通う体操教室の、習うきっかけとなった体験講座を開いてくれたインストラクターの女性だ。
その方が夫婦関係においてモットーにしている事は「察してちゃん」はやめろ、ということだ。
先日も単身赴任で遠く離れて暮らす夫に、体調不良の娘の件で相談がしたくて電話したところ、飲み会の最中ですでにほろ酔いだったらしく適当にあしらわれたそうだ。それにブチ切れた女性はのちほど怒りのLINEを送り付けたそうなのだが、その内容がすごい。
 
なんでブチ切れたのか詳細を余すことなく伝えてしまうのだ。
「不安な気持ちを聞いてほしくて電話したんだよ!」
「心配だな、俺にも出来ることがあったら言ってくれ、とか言って欲しかった!」
「酔っぱらってるかもしれないけど、心配な娘のことで電話してるんだから、そんなもん気合いで吹き飛ばせよ!」などなど。
 
いやー、なかなかここまで自分の心をさらけ出すのは実際難しかったりする。
もちろん、このご夫婦はこれまでに培ってきた信頼関係の上にこのブチ切れのケンカが成り立っているのだから、これを今すぐ私にやれるかと言われたら不安しかないが、それでも夫婦だからこそ共有しておきたい案件についてこんなにも熱く語れるのは、本当に羨ましい。
 
息子や娘が成人した今でも、ご夫婦ふたりで温泉旅行などを楽しみ、ラブラブな空気感を保ち続けている二人は、決してなんとなくの空気だけで相手に伝えようとしていない。
本当は何も言わなくても全て察してくれたら嬉しいし、何でこんなに怒っているのかを伝えることにはロマンもへったくれもないが、長い結婚生活「察してちゃん」じゃきっと行き詰まる。
そういう事なのだろう。
 
元NASAのロボット技術者ランドール・マンローが算出した結果によると、「運命の人に出逢える可能性」は一万回の生涯でたった一回という。
つまり、ほとんど不可能に近いということだ。
 
そんななかでも、いつまでたってもお互いを尊重し、仲の良い夫婦が実在する。
彼らにあって、私にないもの。それはやはり、いくら面倒でも心のなかにある気持ちを出来るだけ相手にわかりやすく言語化して伝え続けるという技術と根気だ。
 
幸か不幸か、人生は百年時代に突入している。
真面目な夫は、私のことを何の理由もなしに放り出したりはしないだろう。
だとしたら、夫婦としての歴史はまだまだ続く。これから先、私にできることは、快も不快も感謝も不満も、面倒でもすべてを余すことなく伝えながらお互いを理解していくことしかないのかもしれない。
 
十年後、このエッセイを読んだ時「そんな時もあったなぁ」と二人で笑える未来である事を祈っている。
 
 
 
 

❑ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!

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2025-06-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.310

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