君は、ただの水じゃなかった《週刊READING LIFE Vol.312 あなたにこれを食べてほしい》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/6/26/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
はて、君との出会いはいつ頃だったろうか。
いっちょ前に食欲は沸くくせに、勢いよく食べたり少しでも食べ過ぎたりすると、胃腸の方から(ええ加減にせえや)とのお叱りを受けるようになった。モヤっと痛む胃をさすりながら「ごめんごめん」と詫びる。
人間四十を越えると、少しずつガタがくる。なので、心身を労わりながら生活するに限る。それは食事ひとつとっても同じことが言える。わかっては……いるのだ。
反省だけならサルでもできるらしいが、結局サル以下の私はお昼に食べた大量の唐揚げを恨めしい気持ちで思い出しながら、夕飯の買い物をするためスーパーに来ていた。
弱くなった胃腸が欲するのか、最近豆腐のおいしさに目覚めた私は、スーパーに行くと必ず豆腐売り場に立ち寄る。ここ数カ月、冷蔵庫で豆腐を切らしたことがない。
お味噌汁はもちろん、冷ややっこで食べたり、ちょっと粉でも振って焼けばステーキ風として楽しめる。肉や魚のようにメインとして出すには豆腐側にとっても重荷だろうが、食卓のすき間を難なく埋めてくれる賢い食材だ。
しかも、近頃の豆腐は便利だ。
「充填豆腐」というらしいが、パックすれすれに入った豆腐をピタッとフィルムが覆っているタイプ。これは製造過程で水に触れることがないうえに、殺菌されているため長期保存が可能である。
冷蔵庫を開けるたびチラッと視界に入る充填豆腐3パックが、どれだけ心の平安を保っているかわからない。
その日も、いつもと同じように私はお気に入りのメーカーの充填豆腐3パック入りに手を伸ばした。手を伸ばしながら、ふと目線を上に向ける。
いつもならお気に入りのメーカーに一直線で、他の豆腐をじっくり眺めることはあまりないのだがその日は違った。きっと時間に余裕があったのだろう。ひらめきというのは、余白の時間に降りてくるものだ。
見上げた目線の陳列棚(最上段)に見慣れないものが並んでいた。
水だった。
水?
手のひらに乗るくらいの長方形っぽい袋に、無色透明な水だけがパンパンに入っている。
豆腐の他は、厚揚げ・油揚げ・玉子豆腐・胡麻豆腐……など全てが、近い関係性のなかに存在しそうなラインナップのなかで、ただの水というのは目立った。
最上段の陳列棚に手を伸ばし、パンパンに膨らむ水を取る。
そこにはこう書いてあった。
『温泉とうふ用調理水』
えっ? とその隣にあった商品に目をやると、『嬉野温泉名物 温泉豆腐』とある。
はー!なるほど!! 君たちセット売りなんやな?
調理水の裏面にある写真つきの説明を読むと、温泉水で温泉豆腐を炊けばトロトロになるらしい。4コマ漫画のように区切ってある写真のオチは、白濁した白い鍋だった。つまり、温泉豆腐が温泉水に溶けだして、最初は無色透明だった水が最後には豆乳のように変身するのだ。
あぁん、いいじゃない。トロトロいいじゃない。
写真から伝わるこのとろけ具合に心を持っていかれた私は、いつもの充填豆腐ではなく、突如現れた温泉豆腐コンビをそっと買い物カゴに入れた。
決めた! 今日の夕飯は温泉豆腐よ!!
もう一つの決め手になったのは、調理水の裏面にある補足説明だ。
トロトロになった温泉豆腐を食べたあと、そのとろみのついた温泉水の中に薄切り肉や野菜を入れて食べて、最後は雑炊もよし、と書いてあったのである。
育ち盛りの子供たちの栄養面から言っても、申し分ないやん!
よーしよし、温泉豆腐ちゃんたち、ここが新しいお家ですよ~。
台所にて、早速温泉豆腐づくりに取りかかる。
まず、鍋に調理水を入れる。そこにパックから取り出した温泉豆腐を入れる。一気に強火にかける。沸騰直前、ものの5分もしないうちに、調理水が白濁してきた。
袋に入っていた時は、キリっとした表情で「私、誰にも染まりませんから!」って強気な態度を見せていた調理水が、今はもうその影もなく、もはや豆腐と一体化しようとしている。すごい変わりよう。人って……いや、調理水って変われば変わるもんだね。
沸騰したら弱火でコトコトさらに5分ほど煮込む。あれよあれよという間に、調理水と豆腐はその境界線をなくしそうな勢いだ。調べたところ、ずっとグツグツやってしまうと豆腐は輪郭を失い、完全に調理水に溶けてしまうとの事だった。恐るべし、温泉水の威力!!
いったん豆腐を器に取り出す。
ここですべき注意はあまり勢い良くすくったりしないことだ。繊細な柔らかさを持ち味とする温泉豆腐が崩れかねない。私は生まれたての子猫をなでるくらいの気持ちで静かにそっと豆腐をすくいあげた。
器に入った熱々の温泉豆腐に湯気をフーフーかきわけながら、これまたそっと口に運ぶ。
はぁぁぁ……なんと優しい味なのだろうか。大豆の旨みはしっかり感じるのに、それと同時に一緒に溶けた温泉水が口の中を潤してきて、まさに滋養のスープって感じ。
それでいて、ほろほろに崩れてしまいそうな儚さが、なんだか叶わない恋みたいで余計追いかけたくなるような。追えば追うほど自分の手から逃げてしまいそうなところも、なんだか猫ちゃんみたいなんだよな。豆腐にあるはずの角が完全にとれたトロントロンの柔らかい物体が舌のうえでスーッとなくなっていく。うん、これ、いくらでも入るやつ。
いやね、もちろん、しっかりとした味わいの木綿豆腐を使った湯豆腐なんかも美味しいですよね。
「自分、栄養面もイケます! 豆腐のなかで一番カルシウム多いです!!」ってね、木綿豆腐も言ってますし。いくらグツグツに煮たところで豆腐の角が取れるようなヤワじゃないし。
その時々に合わせて、自分に必要な栄養素っていうのを取っていけばいいと思うんです。
ただ! (今日はなんだか疲れちゃった……)とため息モードの日には、あなたには温泉豆腐を使った湯豆腐を試してもらいたい。やっぱりね、容姿からもわかるようにその物腰の柔らかさが人間の疲れ切った心身を癒せると、私は思いますので。
ちなみに、佐賀の嬉野温泉って何て呼ばれてるか知ってます?
「美人の湯」なんです。嬉しい! 嬉野だけに!
老いも若きも男も女も、美しくないよりは美しい方がいいですから。断然オススメしたいです。
トロトロの温泉豆腐を心ゆくまで堪能したあと、肉野菜雑炊も楽しみましたが、ただの水じゃなくて温泉水を使っているんで、その美肌成分を存分に摂取することに成功いたしました! ありがたい!! しかも温泉水と温泉豆腐、両方買ってなんと300円くらいなんですよ、信じられない! これまたありがたい!!
さて、九州のスーパーでは手に入れることが叶いやすいとされている温泉豆腐最強コンビですが、贈答用でしたらお取り寄せが出来るそうです。
冬はもちろん、これから夏に向けて自宅やオフィス、電車内などで効きすぎるエアコンに体が悲鳴を上げる季節、自分を労わる最高のギフトとして是非この佐賀は嬉野の温泉豆腐をご堪能いただきたいなと思います。
ひとたび、トロトロに豆腐に舌鼓を打てば、身も心もリラックスできる事このうえなしです!
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!
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