週刊READING LIFE vol.314

絶対治るなんて絶対的な根拠がないから絶対言えない。《週刊READING LIFE Vol.314 非合理的》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2025/7/10/公開
記事:志村幸枝(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
漢方の世界は、実はとても合理的だ。
五臓六腑の働きに、気血水のバランス。陰陽と虚実の理論を組み合わせて、体の状態を細かく読み解いていく。「なぜこの症状が出るのか」「なぜこの薬を選ぶのか」、その背景には必ず『理(ことわり)』がある。科学とは少し毛色が違うが、論理的で整っている。この割り切れる感じ。理路整然。私はとっても好きだ。納得できて腑に落ちる。
 
思い起こせば、私は小さい頃からずっと「理屈っぽい子」と言われてきた。
小学校の通知表には毎年とまでは行かないが、「こだわりが強い子です」「納得しないと前に進めない子です」というようなことを書かれた。その裏の意味もわかっていた。「空気が読めない」「いちいちうるさい」──そんな大人の本音も、なんとなく伝わってきた。「なんで?」「その意味は?」「つまり?」親や先生に質問しては、眉をひそめられた。感情や空気よりも、まず「筋が通ってるいかどうか」が自分にとって大事にしたいことだった。自分の中に納得が無いまま物事が進むのが、どうにも気持ちが悪かった。
 
だから私は、漢方の世界に惹かれたのだと思う。身体の中の不調にも、必ず理由がある。その理由に気づき、構造的に理解し、整えていくプロセスは、まさに私が大事にしてきた「理屈」の世界だった。
 
相談に来られる方の中には、「病院で検査しても異常なし」と言われたのに、明らかに不調を抱えている人が少なくない。倦怠感、冷え、めまい、食欲不振、気分の落ち込み、生理の乱れ──どれも血液検査や画像診断には映らない。「どこも悪くないと言われました」と言いながら、俯いたままの人たちが、これまで何人いただろう。
 
そんなときこそ、漢方理論が活きる。
「これは“気”の巡りが滞っている状態です」「冷えによって“陽気”がうまく働かなくなっているんですね」「これは“肝”の働きと関係していて、ストレスが影響してます」──そう説明すると、多くの人が、目を見開く。「そうだったんですか……」と、やっと原因らしきものがわかってホッとする。体の不調を、気のせいでも年齢のせいでもなく、ちゃんと“構造”で説明してもらえる安心。その瞬間に、「じゃあ、どうしたらいいですか?」と前を向けるようになる。理屈がつくと、人は前に進める。それを、何度も何度も、現場で見てきた。
 
 
 
でも。
 
私が27年間勤めた漢方相談店の前社長──私の師匠は、その真逆といっていいアプローチで、とんでもなく非合理的な人だった。
 
「絶対治ります!!!!!」をとにかく連呼していた。
そのセリフを初めて聞いた時、私は心の中で「え? ええ?? えええーーー!!」と叫んでいた。だって、「絶対」なんて、この世にあるはずがない。言えるとしたら、「命あるものは必ず死ぬ」くらいのことだ。健康だって、予想できない方向に傾くことがある。「絶対」なんて言い切るのは、根拠がない。非科学的。非論理的。非合理的。漢方相談という仕事をしていく上で、いちばん言っちゃいけないセリフだと私は思っていたし、その言葉を聞く度、心の中で「やれやれ、また始まった」とため息をついていた。
 
それでも社長の、根拠があるようで無い、無いようである「絶対治ります!!!!!」という言葉は相当な威力があった。もちろん、長年の経験と探求があってのことだから、「理論」が根底に流れてはいるのだが、全面に出てくるのはそれではない。むしろ、感情。「治ってほしい」という思いが、ド直球で相手に向けられる。もはや剛球すぎて、受け止め切れない方もいらっしゃるのだが。しかもその一言には、「理屈」や「根拠」よりも、密度と質量が高いものがちゃんと詰まっている。──ドッシリとした覚悟だ。それが社長の「絶対」だった。
 
 
 
たとえば、夜中にひとりで泣いている子どもに、どう声をかけるか。
「なにが悲しいの?」「どこが痛いの?」「説明してくれないと、わからないよ」そうやって状況を“整理”しようとするのが、私のやり方だった。順当な問いかけ。相手の言葉を引き出して、理解して、そこに合った対応をしようとする。でも、子どもは何も言わない。ただ泣いている。言葉にならない何かがあふれて、止まらない。
 
そんなとき、社長ならこうだ。
「大丈夫!絶対に大丈夫!!!」と、根拠も聞かずに、バシッと言うだろう。何がどうとは言わずに、間髪入れずに。私はそんな社長のやり方に、どこか羨ましいような、憧れのような、嫉妬のような感情を抱いていた。あんなふうに、理屈をすっ飛ばして誰かを何かを丸ごと肯定することが、私にはどうしてもできなかったから。
 
社長の「絶対治る!」という言葉には、混じりっけなしの「純度100%の信じる力」があった。そのまっすぐすぎる非合理が、どれだけ多くの人を支えていたか、私は痛いほど思い知ることになる。それは社長が亡くなった時。多くのお客様がそのエピソードを語ってくれたからだ。弔辞を読んでくださったお客様も「先生が言ってくれた『絶対に大丈夫!』という言葉にホンマに救われました」と言ってくれた。生前、社長の相談を真横で聞きながら、「こんなこと言って、訴訟問題になったりしないかな」なんて、ハラハラしていた自分が、やけにちっぽけに思えてしまう。
 
 
 
漢方理論は、合理的だ。でも、人が変わるときって、理屈じゃない。「あなたは絶対に、もっと元気になります」と、根拠の有る無しに限らず、“言い切る”と、圧倒的に物事が動きだす。それって、どういうことなのだろう。どうして、あの非合理な言葉にだけ、心が動くのだろう。考えてみると、人生の転機は、圧倒的に「そっち側」にある。
 
私たちはつい、合理的な説明ができることだけを信じたくなる。でも、実際にはその外側に、もっと広くて深い「人間らしさ」がある。体調が良くなる理由がすべて説明できるわけではないし、逆に、どれだけ合理的な処方でも効かないこともある。でも、誰かが心から「あなたなら大丈夫」と言ってくれると、心と身体がほぐれることがある。あれは、たぶん、言葉の中に人間のエネルギーが混ざるからだ。理屈では測れない、でも確かにそこにあるもの。
 
 
社長の「絶対治ります!!!!!」は、やっぱりどう考えても非合理的だ。とてもじゃないが、私には今でも言えない。でも、あの言葉がなければ、救われなかった人がいることも事実だ。合理だけでは、人の心までは届かない。非合理だけでは、身体を変える持続力にならない。だから、両方あっていい。冷静に状況を分析し、合理的に処方を組み立てる。同時に、感情に寄り添い、根拠なんかなくても「大丈夫だよ」と言える。それが、漢方相談という仕事の奥深さだと思っている。
 
 
 
私が今、漢方相談の現場で大事にしていること。
それは、社長ゆずりの「絶対大丈夫!」という非合理な励ましと、漢方理論という合理的な土台、両方をちゃんと持ち合わせておくことだ。
 
漢方理論の根底には、「陰陽哲学」の考え方がある。
一見、正反対に見えるもの同士が、互いに支え合い、バランスを保ちながら存在しているという思想だ。暑いときには冷たいものが欲しくなり、冷房で冷えた身体には温かいスープが沁みる。激しく働いた後の昼寝が格別に感じられるのも、泣いたあとに笑いがこみ上げてくるのも、陰陽で捉えることが出来る。
 
つまり、「理屈っぽい私」と、「根拠のない自信をもつ社長」もまた、陰と陽の関係にあったのだと思う。真逆であるようで、互いを補い合う存在だった。こんなことを言えば、社長はきっと激怒するだろう。「君はいつも偉そうに! 自分のことをなんやと思ってんねん!! ワシが社長やぞーーーー!」と、そんな怒鳴り声が、遙か天空の成仏メンバーVIPラウンジから聞こえてきそうだ。
 
理屈と直感。根拠と気合い。陰と陽。
すべて混ざり合ってちょうどいい。
人間なんて、そもそもそういうふうに生きているのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
志村幸枝:しむらゆきえ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
京都在住の道産子。27年勤めた漢方相談店を退職し、2025年1月より、ライティング・ゼミに参加。16週間で13作品が天狼院メディアグランプリに掲載され、66th Season総合優勝を果たす。2025年5月より、ライターズ倶楽部へ。今は神戸で漢方相談に携わる。わかりやすいたとえ話で「伝わる漢方相談」をするのがモットー。

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2025-07-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.314

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