変人にしかなれない大人たちと、おさがりのボロい自転車《週刊READING LIFE Vol.315 『普通』って何だろう?》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/7/17/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「もういいっ!! わたし、帰るっ!!!!!」
リサちゃんがドスドスとわざと足音を出して玄関に向かい、そのままの勢いでバンッと出ていった。親友と私は、顔を見合わせて苦笑いし、小さめのため息をついた。
おいおい、ちょっと待ってくれよ。
ワガママにも程があるだろ。
残酷な話だが、そもそもリサちゃんは招かれざる客だった。
毎日のように同じ社宅に住む親友と遊んでいた私は、その日も親友宅に上がらせてもらい、二人がお気に入りのごっこ遊びなんかをして静かに楽しく遊んでいた。
「ピンポーン」
そこに忍び寄ってきた玄関チャイムの音に、二人は軽く固まった。
(もしかして……)
案の定、顔を出したのはこれまた同じ社宅に住むリサちゃんだった。
数日前の苦い思い出が蘇る。
リサちゃんは、少しでも気に入らないことがあるとぷうっとふくれっ面をして黙りこくる。場の雰囲気を壊す天才なのだ。
かといって、そこまで来ているリサちゃんを追い返すほどの度胸もない。
親友は少々ぎこちない様子でリサちゃんを家にあげた。
数十分後、想定内過ぎる展開を迎えた和室は、混乱に陥った。
既に決まっていたごっこ遊びの配役に、リサちゃんの役を追加した親友に向かって、リサちゃんは言った。
「リサちゃん、そんな役やりたくない!」
それでは、と親友が自分の役と交換することでいったん場は落ち着き、ごっこ遊びは再開された。
「ていうかさ! 違う遊びがいい! このゲームしよ!」
リサちゃんは勝手にゲームを取り出してきて畳に広げた。
(ふーーーーーー……)
なるべく穏便に済ませたい親友と私は、全然気乗りしないゲームをやることにした。
「そんなルール聞いてない!」
またもや怒り出したリサちゃんにさすがにカチンと来た私は言った。
「ダメだよ! 最初にルール言ったよ?」
タッグを組んだように見える私たちが気に入らなかったのか、リサちゃんは口を尖らせると、伝家の宝刀「もういいっ!」を見せつけてきた。そしてプリプリしながら帰っていたのである。
小学生ともいえども、女児はこういう時、明日の事を考えてしまうものである。
「まあ、一応……謝りに……いこっか?」
1ミリも私たち悪くないじゃんねー! の気持ちを抱えながらも、リサちゃんちに行った。
奥でふくれたままなのか結局リサちゃんは顔を見せなかったが、その代わりに出てきたリサママはご立腹の様子だった。
「リサちゃん、泣いて帰ってきたよ??」
知るかいな! 君んちの娘がワガママ過ぎるんや!!
と言いたくなって喉がグッと詰まったが、これまた口に出す勇気はないので
「はい……ごめんなさい……」と謝り、私たちは完全に敗者となった。
「信じらんないね! リサちゃんが悪いのにね!」
「おばちゃんも、変だよね!」
「本当そう! もう絶対遊びたくない!」
帰り道、もちろん私は親友と愚痴のオンパレードだったわけだが、あの変人と思っていたリサママの気持ちがわかる日が来るなんて、一体誰が想像できただろうか。
あれから30年以上の月日が流れ、私は二人の息子を持つ母親となった。
自分のことならまだ流せるようなことでも、息子たちに降りかかる不幸があるのだとしたら握りつぶしてやりたいという狂暴性を自分のなかに垣間見ることがある。
つい先日の話だ。
学校から帰宅した長男の元気がない。
ポツポツと話し始めた内容を聞いて、私は血が逆流した。
係のお仕事として、息子がタブレットでアンケートを取ったところ、とある男子が「ファック!」と書いて送ってきたそうだ。記名性のため、犯人がわかってしまった息子は、本人のところに行き「なんでそういうこと書いたの? 僕いやなんだけど」と直談判するも「べつに~」などとふざけた回答しか返してもらえなかったというのだ。
おい、うちの息子に何してくれてんだ? おぉん??
悪ふざけにしては、言葉が強すぎるだろーーーー!!!!!
その男子の顔を思い浮かべながら、私は拳を握りしめた。
法が許すなら、今すぐにでも体育館裏に呼び出して説教を喰らわせたい気持ちだったが、深呼吸をしていったん自分を落ち着かせた。
「それは、嫌だったね。使ったらいけない言葉だよ。お母さんも嫌だ!!」
その言葉を見てしまった時の息子の気持ちを考えると、肝がヒヤッと冷たくなった。私は息子を引き寄せ、ギュっと抱き締めた。
自分以外の誰かのことで、こんなに怒りの感情が芽生えるなんて知らなかった。
当時、変人だとばかり思っていたリサママもきっとこんな気持ちで泣き顔のリサちゃんを出迎えたのだ。だとしたら、矢面に立って守ってくれるママがいたリサちゃんは、とても幸せだった。
そして、私の母もまた、やはりちょっと変人だったのかもしれないと思うのだ。
4つ離れた姉がいる私は、小学生の当時、おさがりのものばかり身に着けていたのだが、通っていたそろばん教室で、事件は起きた。
それまで姉のおさがりのボロい自転車を意気揚々と乗り回していたのだが、なぜかその日、教室に通う小学生の兄弟がやたらと自転車についてからかってきた。
「こいつのチャリ、まじでボロくね?」
「そうそう、ありえんくらいボロい」
「よくあんなの乗れるよなぁ」
「こいつんち、貧乏なん?」
「俺、あんなチャリ無理~!」
「ギャハハハハハ!!」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらしつこく言われ、私の目には涙がたまっていった。
その場で泣くのはあまりにも悔しいので、チャリをいつもの倍漕いで自宅に逃げ帰った。
「おかえり~」と笑顔で出迎えた母の顔を見た瞬間、私はその場で泣き崩れた。
「あらあら、どうしたの?」
という母に抱っこしてもらい、ヒックヒックとしゃくりあげながらも言われたこと、悔しかったこと、なんとか泣かずに我慢して帰ってきたことなどを伝えた。
「そうかそうか、それは辛かったね。ごめんね、おさがりの自転車いやだったね、ごめんね」
そう言われると、余計に涙が止まらなくなって、母の胸に顔を埋めてウワーンと泣きじゃくった。
抱っこでユラユラ揺らし、赤ちゃんみたいに背中をトントンしてくれる母に体を預ける。どれくらいの時間、そうしていただろうか。泣き止み、完全に落ち着いたのを見計らって母が言った。
「よし! 今から自転車を買いに行くよ!!」
「えっ? 今から?」
さっきまで見せていた慈しみの表情は消え、母の顔には決意しかなかった。
本来18時は夕飯を食べ始める時刻で、こんな時間から出かけるなんて普通ならありえない。
でもこういう時の母は本気だ。
大型スーパーの自転車売り場に私を連れてきた母は、今度は爽快な笑顔で言った。
「さあ! どれでも好きなのを選びなさい! 今日持って帰ろう!!」
いいの? 驚く私をよそに母はスタスタと売り場を歩きまわり「これ可愛いわね」「あら、こっちも可愛い」などと楽しそうにしていた。
悩んだ末、赤くてピカピカの自転車に決めた私にウインクしそうな勢いで
「すっごく、いい自転車!!」と笑った。
数日後のそろばん教室に、くもりひとつないド新品の自転車で登場したのをみて、兄弟が(へ……)と口をあんぐりしたのを私は見逃さなかった。
いいか? お前たち!
うちにはな! 私の事を愛してやまない母がいるんだぞ! 思い知れ!!
私は心の中で思い切りあっかんべーをした。
この自転車事件を思い出すたび、今は亡き母があの時どんな思いで私をスーパーに連れていったのかと思うと、昨日のことのように胸が熱くなり涙がにじむ。
きっと、普通で平凡な親なんていなくて。
みんな我が子が可愛すぎるあまりに、大人げなく敵意をむき出しにしたり、頭がおかしくなるくらい心配したりする。
私もまた不器用な形でしか子供たちに愛を伝えられてないのかもしれないし、周りからは変人扱いされる時が来るかもしれない。
それでもいい。どうせ「普通」の親なんていないんだ。
世間から偏った人間だと思われても、私は全力で子供を愛していく。
□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます!押忍!
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