週刊READING LIFE vol.317

「生きて帰ってきて」と叫ぶしかできない《週間READING LIFE テーマ ‘国際社会’》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/7/31/公開

記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
「もし、恐怖を感じたり、気分が悪くなったりしたら、机に伏せてお休みして構いません」
先生の配慮の一言があり、その授業は始まった。
 
とある土曜日、息子の学校の公開授業で選ばれた科目は道徳、テーマは「戦争」だった。
第二次世界大戦の影響で、現在私たちが住むこの地にもアメリカ軍からの攻撃の手は伸びた。B29爆撃機から投下された大量の焼夷弾により街は焼き尽くされ、多くの命を失った。
 
当時残された写真などの資料を見せつつ、先生が細かな説明をしていく。大人になってさまざまな物事への解像度がより上がってしまったせいだろうか。気分が悪くなったのは子供たちではなく、私だった。
 
発生する爆風や飛散する破片で対象物を破壊する通常の爆弾と違い、焼夷弾は中に入っている燃料が燃焼することで対象物を火災に追い込む。焼夷弾から噴き出す猛火は家屋や地面だけでなく、種類によっては直接避難民の頭部などに降り注ぐこともあったという。
 
想像するだけで吐き気がした。80年前の悲劇なのに、いま自分に大切な人がいるからこそ、その凄惨さがぐっと胸に迫った。たくさんの命が失われた……その中に、自分の子供や夫がいたら、と思うともう耐えられなかった。
ありきたりな感想でしかないが、こんな事はもう二度と起きてはならない。私はじっとり汗をかいてしまった手のひらを強く握り締めた。
 
それでも尚、私はまだ「戦争の本当の意味」を知らない。
 
母方の祖父は年代的に実際に戦争に行って戦った人だ。
「おじいちゃん、シャンプーごっこしよう~」
「よかよ~」
まだ幼かった頃、いつも穏やかでニコニコしていた祖父はその短く刈った髪の毛を好きなように触らせてくれ、私はいつでも好きなだけ憧れの美容師さんになることができた。
「他にかゆい所はありませんか?」
決まって、シャンプーごっこの終盤になると、おじいちゃんは戦争の話を始めた。
「おじいちゃんがね、まだ若かった頃……」
 
お話が上手だった祖父は時に「○○二等兵~!」とか「いけーッ!」とか場面場面を臨場感あふれる語り口で展開した。幼心にストーリーに引き込まれ、目の前にはその風景が広がるようだった。きっと第一線で戦った祖父にしか見えなかった景色があったはずで、私は私で少しだけ木の生えた砂地の、こちらとむこうで銃や大砲で爆撃し合う姿を想像した。本当の戦地がどんなものであったか知る由もないが、祖父はまるで英雄譚のように戦争を語った。
敵地からこちらに向かって飛んできた大砲による攻撃をもろに受け、祖父は片足を失った。
 
暗い話でしかないはずなのに、戦争を語る時の祖父はどこか楽しそうだった。その姿には「俺は、あの凄惨な状況を生き抜いた」という誇りがにじんでいた。きっと否が応でも精神をタフに保たなければ生きられなかったのだろうと思う。
 
一方、父方の祖父ももちろん年代的に戦争に行った人だったが、彼はずっと沈黙していた。
一度だけ祖母に「おじいちゃんもやっぱり戦争には行ったんだよね?」と聞いたことがあるが、「そりゃあ、まあ、そうたい」とだけしか答えがなく、なんとなくそのままに時は過ぎた。
 
このまま戦争について語ることはないのかと思っていたが、大人になった私に一度だけ祖父は口を開いた。
 
祖父は、母方の祖父のように第一線で戦うことはなかったようだが、その代わり燃料を管理する班に在籍していたそうだ。ある日爆撃を受け、燃料を入れていたドラム缶がいくつも火を噴いて大きく爆発。耳を突き破るような非常に大きな音がドカーンと轟き、ドラム缶に入っていた燃料は勢いよく空に向かって放たれた。祖父はここまで説明すると急に大きく顔を歪め、子供が泣くようにわーんと泣き出した。初めて見る祖父の姿に、私は思わず息を呑んだ。
 
どれだけ悲惨な現場だったのだろうか。きっと辺り一面火の海になったのだろうし、それによりもしかしたら多くの仲間が命を落としたのかもしれない。銃や大砲でやり合う以外にも、こうやって敵陣からの攻撃により痛めつけられたのだろう。
 
「まあ、そういうことですたい……」
祖父の顔には疲労の色がにじんでいた。きっとこれまで辛くて話す気にもなれなかった過去の体験を喋ったことにより、戦争がどれだけしんどいことか思い出してしまったのだろう。結局、祖父が戦争について教えてくれたのは過去にも先にもこの一度きりとなった。
 
祖父の話は完結せずに中途半端なままで終わったが、戦争が祖父の心をどれだけ傷つけたのか、それだけはよくわかった。
 
現在大盛況の朝ドラ「あんぱん」でも、つい最近まで戦争の話が描かれていた。「あんぱん」はアンパンマンの作者やなせたかしさんと、のちに奥さんとなる女性の生涯を追ったストーリーだが、やなせたかしさんも戦地に赴いた経験がある。
 
ドラマの中では、戦地に向かう夫を見送る妻や、息子を見送る母の姿などが描かれる。若いたかしをご近所のみんなが「万歳!」と送るなか、離れて暮らしていた母が駆けつける。母はこれまで自由気ままに生き、息子のことなど気にしていないような素振りを見せたこともあったが、たかしに「必ず生きて戻ってきなさい!」と泣きながら叫ぶ。
もちろんドラマなので全てが史実に基づく実話ではないだろうが、自分が産んだ子供が戦地に行くのを見送らねばならないのは、胸が引き裂かれる思いであることに間違いはない。
私にも息子がいるせいだろうか。このシーンを見た時はとても冷静ではいられなかった。
 
また、たかしが正式に入隊して訓練を受けだした時も衝撃だった。
先に入っていた上の者に殴る蹴るの制裁を加えられることがあり、戦地に赴く前に現在のこういった状況に絶望して自ら命を絶ってしまう者がいるからだ。
 
戦争は、前線だけのものじゃない。
誰かが“行く”ことで、残された人たちの日常も静かに、だけど大きく崩れていく。
戦争を「残酷だ」と言葉にすることすら、どこか薄っぺらく感じる。
人の数だけ悲しみの種類があり、私たちはどこまで学んでも戦争の底なし沼のような暗くて怖い恐ろしさを全て知ることができない。
 
息子は今、国語の授業で「一つの花」という作品をやっている。
悲惨な戦争と、受け継がれていく家族の愛情の連鎖を描いた物語である。
少ない配給の中から、親はまだ幼いゆみ子に少しでも多くのものを食べさせようとする。その頃のゆみ子の口癖は「一つだけちょうだい」であった。お父さんは、悲しい時代に生き抜かなければならないゆみ子の将来を嘆いたり心配しながらも、ゆみ子を喜ばせるため、「めちゃくちゃに高い高いをするのでした」というくだりがある。
息子がハキハキとした口調で音読するのを聞くたび、この子が戦争の本当の意味を知る日はくるのだろうかと考えてしまう。
 
ふと、思う。
私が祖父たちの話を聞いたように、私の子供たちは私から何を受け取るのだろう。
戦争を知らない世代に生まれた私たちが、さらにその次の世代に伝えられるものは、どれほど信頼に足るものなのか。語り継ぐことはできても、ただ文字として、データとして薄れていってしまうのではないかという怖さがある。
 
けれど、その「わからなさ」を放置せずに抱えていくことが、今の私にできる最低限の責任なのかもしれないとも思う。あの時代に生きた人の痛みを全て共有することはできなくても、想像力の届く範囲だけでも、何度でも見つめなおしていく。それが、未来の国際社会を形作るうえで、小さくても確かな礎になると信じたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!

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2025-07-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.317

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