変わりゆくもの、その中で守り続ける、目に見えない美徳。それは、静けさ《週刊READING LIFE Vol.317 国際社会》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/7/31/公開
記事:藤原 宏輝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「Hey! Move! I can’t film! Get out of the way!」
(おい! どいてくれ! 撮影できないだろ! そこをどけよ!)
大柄な外国人男性が、鉾の前でスマートフォンを高く掲げ、通行人を手で押しのけながら怒鳴っていた。
今年の夏も、昨年と同じ、とにかく暑い。祇園祭のこの時期の京都は、普段の何倍もの観光客でどこも人、人、人だらけだった。
この日、私は仕事で京都にいた。もちろん、祇園祭が始まっているのは知っていたが……。
「平日だし、大丈夫かな」と安易に考えていたので、街中がここまでごった返しているとは想像していなかった。スタッフと次の現場へ急ぐ途中、私たちは暑さもあり無言のまま四条通を東へ向かい、黙々と八坂神社を目指していた。
そのときだった。大声で怒鳴る大柄な外国人を、周囲の人々は驚いた顔で避けていった。小さな子どもを連れた母親が、慌てて道を逸れていく姿も見えた。
「なんて乱暴な、外国人なんだろう」
と私は思わず、息をのんだ。
大声で怒鳴る声、他人を押す手、響き渡るシャッター音。そこには、京都の“静けさ”はまったくなかった。
地元の人だろうか「ちょっと、ちょっと」と声をかけたが、その男性は知らん顔し写真を数枚撮ると、その場から立ち去ってしまった。
後に残ったのは、不快なざわめきと、祭の空気に小さなヒビが入ったような余韻だった。
京都、夏の風物詩。
昼と夜の境目があいまいになる夕暮れ時、四条通は人波に揺れていた。
鉾の大屋根の下、見上げる人々の顔はどこか夢見心地で、町に響く祇園囃子の音が街を包み込む。
提灯の灯りが浮かぶ中、通りの真ん中で、またひときわ目立つ声が響いた。
鉾の前で大声を出して、騒ぎながら叫びながら動画を撮るグループ。手にしたゴミをそのままにして、その場を離れようとする外国人の家族。子どもを肩車した父親が、「我が道を行く」と言わんばかりに群衆をかき分けながら突き進んでいく。
私の中で小さな“違和感”が、いくつも重なっていく。
「みんなが祭りを楽しむには、とてもいいことだとは思う。けれどなぜ?
こんなにも騒がしくしたり、周囲に配慮することもなく自由に振る舞ったり、平気でゴミを捨てたりするのだろう」と思わず呟いた。
「どうして、あの人たちって、こんなことして平気なんだろう」
隣にいたスタッフが、少し怒り気味で言った。
提灯に照らされながら、浴衣姿の若者、ベビーカーを押す家族連れ、そして異国の風貌の観光客たちが混ざり合い、古都は一夜のうちに“世界の交差点”となった。
その夜、私はスタッフと一緒に、いつもお世話になっているカウンターメインの懐石料理で食事を摂った。
女将に先ほどの出来事を話すと、彼女はこう言った。
「最近は、ああいう外国の人も増えてきましたわねぇ。でもね、悪気があるんやないと思います。あの人たちにとって“祭り”は、賑やかで楽しいもん。それが“静けさを大切にするもの”だなんて、想像もしてはらへんのやろね」
優しい京言葉で、そう言った。その言葉に、私はハッとした。
「マナー違反じゃないのよ、そういうのは“未学習”なんです」
大好きな先輩がプロトコール・マナーの先生で、私自身が必要に迫られたこともあり、一生懸命にプロトコール・マナーを学んでいた頃。
先生の講義で学んだ、その言葉が脳裏に浮かんだ。
“無礼”ではなく“未学習”として捉えること、プロトコール・マナーはお相手の国の文化や価値観を尊重することで成立する。マナー違反を「無礼だ」と一方的に断じるのではなく「学ぶ機会がなかったのだ」と理解する姿勢が、ここからさらに国際的な成熟につながるのだ。
インバウンドの人たちのマナー違反が目立つこともある。けれど、日本人でもマナー違反はある。
外国人観光客のマナー違反がニュースなどで取り上げられるたび、「外国人は、マナーが悪い」といった偏見が生まれてしまいがちだ。
しかし、その背景には単なる‘非常識’という事だけではなく、文化や慣習の違いがある。もちろん、受け入れ側の責任もある。国際社会における‘プロトコール’とは「相互尊重」が大前提なのだ。
そこで、私は現状の課題について考えてみた。問題は、ここ最近の外国人観光客の急増に伴って起こる、彼らの行動である。
・路上飲食やゴミのポイ捨て
・公共の場所でのマナー(静かにする、大声を出さない・列に並ぶなど)の違い
・文化財や神社仏閣での撮影禁止区域の侵入や立ち入りなど’
・靴を脱がずに、家に上がる
などが挙げられるかと思うが、これらは日本では「マナー違反」だが、彼らの国では「日常の一部」だったりする。決して悪気があるわけではなく、侮辱するつもりもなく、
「知らなかった」とか「どこにも書いてなかった」という、情報不足が原因になる場合も多い。
では、私たちに何ができることは、なんだろう?
まず大切なことは『伝えること』だと思う。もちろん、相手に伝わるように伝えるには、工夫と努力が必要だ。
「これは、ダメ!」とか、「それは、マナー違反!」と叱ったり、一方的に伝えるのではなく、
「日本では、こうするのが礼儀とされています」とか、「ここでは、お静かにお願いします」
というように、丁寧な案内や表示、多言語化された説明、イラストやピクトグラムによる視覚的な補助などが有効だと感じる。
そして、もう1つ大切なのは、
『日本の文化を“押し付ける”のではなく、日本人として“誇りを持って守る”』ことだと思う。
日本の文化やルールは、もちろん守ってほしい。けれど、相手の背景や事情にも理解を示しながら、対話や工夫を通じて調和できる点を探る姿勢ことが、外国人観光客を受け入れていく社会に必要なことだと感じる
「伝えなければ、きっと何も伝わらない。でも、伝われば……。何かが、少しずつでも変わる。きっといつかは、変わるはずだ」
と、私はこの思いをあらためて胸に刻んだ。
仕事で何度も訪れている京都で今回、祇園祭の宵山に出くわしたことには、これまで私が学んできたプロトコール・マナーを実際に体験する。という事で大きな意味があった。
そして、京都祇園祭という舞台は、ただの観光地ではなく、日本の“静けさ”と“祈り”が交差する、ひとつの文化の中心だ。そんな中“他者への敬意”が育まれる瞬間こそ、真のプロトコールが生まれる場所なのかもしれない。静けさを知る国、日本。その美しさを、世界と分かち合うために……。
今、私たちが伝える番なのだ。
食事が終わり店の外に出ると、その先に見えた光景に足が止まった。
あるフランス人の若いカップルが、道端にしゃがみ込んで紙に何かを書いていた。彼らの周囲に、通訳と思しき日本人女性がそっと寄り添いながら、鉾やお囃子の意味について話している。
「祇園祭は、疫病退散の祈りから始まったんです。だから、鉾には“御神体”がいて、音はその祈りを運ぶんです」
その話を聞いた男性は、深くうなずきながら、小声でこう言った。
「We thought it’s just a fun summer event… but it’s sacred. Thank you for telling us.」
(私たちは、ただの楽しい夏祭りだと思っていました……でも、これは神聖なものだったんですね。教えてくれてありがとう)
その目はまっすぐで、自分たちが無知だったことと、祇園祭の神聖さを理解し、教えてくれた人への素直な感謝の表現だった。こうしたやりとりが、文化の架け橋になるのは、素敵なことだと感じた。
祇園祭は、ただの“夏祭り”ではない。京都の人々にとっては、街と神さまをつなぐ、大切な儀式。
その“静けさ”と“祈り”に気づき、心を澄ませて向き合った人たちは、国籍を超えて敬意を示していた。
「伝えれば、伝わる。語れば、繋がる」
それは、先生がいつも言っていたことだった。きっと、京都の人々はこうして人の温かみを“敬意”として受けとめ、また育てていくのだろう。
「マナーとは、人を縛るルールではありません。人間関係を円滑にし、心を通わせるための“知恵”なのです。プロトコールとは、国や文化が違っても“敬意”が伝わるように。それを知っているだけで、世界中どこへ行っても、恥をかかず、堂々としていられます」
『マナーは心、プロトコールは橋』
と先生は教えてくれたことを思い出した。
プロトコールとは、文化や価値観の違いを越える共通ルールであり、国や民族、宗教ごとにマナーや常識は異なる。その違いによる誤解や摩擦を避け、スムーズな人間関係を築くための「橋渡し」となるのだ。
あとは、相手への敬意を表す手段で、正しい挨拶、服装、席順、贈り物の渡し方などを通じて、「あなたを大切に思っています」という気持ちを、言葉以上に伝えることができる。
さらに、国際的な信頼の形成にも役立ち、ビジネス、観光、外交などのどのような場面でも、プロトコールを理解して実践できる人は「信頼できる・安心できる存在」として評価されます。
特に日本のように観光立国を目指す国では、地域に暮らす一人ひとりが“外交官”のような存在になるので、小さな場面での礼節が、日本全体の印象を左右する。
「私は日本のおもてなしの力を信じています。でも、最近、それだけじゃ足りないと感じるんです。海外からのゲストに向かって“丁寧に”接しているつもりでも、実は心を置き去りにしていることがあって」
と私が言った時、先生は深くうなずき
「そういう“無意識の無礼”は、実はとても多いのです。」
例えば、日本人が英語で“Sorry”と言いながら、
実際はイラついた態度を見せていたホテルのフロント
対面時に目を合わせず、お辞儀だけで済ませてしまうこと
フォーマルな食事の席で、料理の説明をしないまま皿を下げてしまった若手スタッフ。
など。
「形だけの“丁寧”は、時に冷たく見えることがあるが、本当のマナーとは、“相手の文化を一歩尊重して踏み込むこと”これこそが『国際社会におけるマナー』の真髄なのだと思う。マナー違反ではなく、文化の違い。
「だからこそ、“なぜその行動をするのか”を学ぶのが、プロトコールなのです」
と教えていただいた。その時、私は気づいた。
自分もまた、“日本人らしく丁寧に”という感覚に、囚われすぎていたのかもしれない、と。
祇園祭りの出来事から、プロトコールを学んできたことが「今は、ここでこうして、理解できる」と、じわじわと私はかみしめた。
世界には、“静けさ”が美徳とされる国は少ない。日本の“言葉少なく、行動で示す。間を取る、余白を残す。この”美意識は、実はとても特異で美しい文化だ。
しかし、それが“分かる人にしか伝わらない”、そのままでは、国際社会では誤解を招く。だからこそ、日本人は“自分の文化を、他国に通じるかたちで語る力”が必要なのだ。
それが、現代におけるプロトコールの真の役割だし、プロトコール・マナーこそが“日本人に、とても必要なもの”だと感じた。静かに、でも力強く。自分の文化を愛し、他国の文化も尊重する。・“自分がされたくないこと”ではなく、“相手が望むこと”に目を向ける
ふと私は、国際カップルの結婚式での両家のご親族様が、笑顔で肩を組みながら記念写真を撮る光景を見たときの事を思い出した。
「プロトコールは形式じゃない。人と人の距離を、そっと縮める“無言の愛”だ」と思った。
そこで自社のウェディングスタッフ向けに、特別研修をまた先生にお願いしてみよう! と思いついた。
テーマは、『心で繋ぐ、プロトコール・ホスピタリティ』とか、いいかも……。
国際結婚の場合、式に出席するゲストも多国籍になる。
「言葉が通じなくても、“敬意”=心は伝わる。それをスタッフ全員が信じて、行動に落とし込む必要がある」
と、すぐに先生に連絡を取り、講座開催を快く承諾してもらった。
結婚式ならではの席次表にある肩書や、敬称の使い方を国ごとに調整したり、多言語でのご挨拶や、式次第を用意する。宗教的な禁忌に触れないよう、料理や音楽の内容を配慮する。
それらは決して「気を遣う」ことではなく、「心からの歓迎」のカタチだ。「他者への深い尊敬」と「自国文化への誇り」それを伝え継いでいく人たちがいる限り、日本の美徳“静けさ”は、世界の中でも確かな響きを放ち、それを私たちは伝え続けていく。
そして、ホテルに戻る途中、夜空に小さな鉾のシルエットが浮かび上がった。
お囃子の音が風に乗り、だんだんと遠ざかっていく。それは、どこか静かな祝福のようにも聞こえた。
《終わり》
□ライターズプロフィール
藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』
愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 と、即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。
ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? をいつも模索しています。2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。
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