恥ずかしくても寝たら忘れるから大丈夫≪週刊READING LIFE「恥ずかしい人」≫
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/8/7/公開
記事:中川 百(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ギイッ。
「えっ?」
開いた扉の方を振り向くと、来訪者とばっちり目が合う。
「あっ! すみません」
バタンッ。
「ええええええ~っ!」
私は、高校3年間ソフトボールに打ち込んでいた。その年の夏合宿は、私の高校と、顧問の先生同士で仲が良かった近隣の高校と合同で、群馬県片品村の宿泊施設で行うことになった。宿の近くには、だだっ広いグラウンドがあり、運動部の合宿には持って来いの宿だった。
ただ、建物は結構古く、木造で、廊下を歩くとミシミシっ、ギシギシっという音が鳴った。
朝食を食べ終えると、大を催し、トイレへ向かう。
すぐに練習が始まる時間だ。急がなくてはならない。
トイレは、勿論、和式である。個室の扉を入ると、階段状になっており、一段上がったところに和式便器が据え付けてあった。
早く早く、急いで急いで、と、便器に跨る。
うーん、うーん……。
すると、突然。
鍵を閉めたはずのトイレのドアが、ギイッと音を立てて勢いよく開く。
皆様の予想通りである。
大の真っ最中なのにも関わらず、
後方から、こんにちは。
ショートカット女子が顔を出す。
「あっ! すみません」
無防備な私のお尻と、振り向いた私の顔を確認し、慌てて立ち去るショートカット女子。
バタンッ。
よりによって、他校の、しかも同じポジションの選手だ。
マジ、終わった……。
グラウンド、行きたくねえ……。
とは言え、行かない訳にもいかず。
勿論、グラウンドでも気まずい空気になった。
「さっきは、鍵閉めてなかったみたいで、すみませんでした」
「こちらこそ、すみません」
「いえいえ、こちらこそ、すみません」
この合宿では、これだけに止まらず、守備練習中に眼鏡を壊してしまった。
監督が打ったボールに飛び込んだ瞬間、レンズとレンズの間の金具がポキッと折れてしまったのだ。こちらも誠に不本意ながら、合宿中は、折れた部分を、白いテーピングで固定して、乗り切るしかなかった。
“大とテーピング眼鏡の人”とは、私のことです。
もう、誰も私を見ないでください。私を放っておいてください。
思春期の女子高校生にとっては、消えてなくなりたいと思うほどに、重大案件であり、二度と経験したくない、恥ずかしく、苦い思い出である。
誰もが、顔から火が出る様な経験談を持っているに違いない。
ならば、どうやって、折り合いをつけて生きていけばいいのだろうか。
私は、今、中学2年の娘がいる。前髪命で、朝の忙しい中、10分かけて前髪を整える彼女が、私の冒頭のエピソードを経験したとしたら、どうやって気持ちを整理してくれるだろうか。
当時の私にとっては、消えてなくなりたいと思うほどに重大案件だったし、立ち直るのに時間がかかったが、今は、こうして大人になり、前向きに生きている。
寝て起きて、寝て起きて、を繰り返し、時間をかければ、少しずつ記憶は薄れていくものだ。時間が経てば、面白話として、笑い飛ばせる日もやってくる。
私は、娘にも、一つ二つの恥ずかしい経験や失敗などは気にせず、前を向いて生きていってほしいと思っている。いつかは忘れられる。だから、前を向く。それでいいではないか。
また、“認識の転換”というのも、恥ずかしい経験を乗り越える武器になり得るのではないかと思う。今まで“恥ずかしいこと”として認識されてきたことを、“あるある”だよね、という“共感”という形に変えていくということだ。
7月上旬に、アメリカのモデル、ブルックス・ネイダーさんがTikTokで発信した映像が女性たちの共感を得ている。
ネイダーさんが、ロンドンで行われたウィンブルドンの試合を観戦していた時に、生理が始まってしまい、着ていた真っ白のスカートに赤いシミがついてしまった。これを、ネイダーさんは、コミカルなショート動画として紹介している。
動画には、「~ tries to be chic ~ Starts 💧(赤い水滴マーク)at Wimbledon」(上品に決めようとしたら、ウィンブルドンで生理が始まった)というコメントが添えられている。かっこいいモデルポーズを決めるネイダーさんの姿から始まり、赤いシミを友人が見つけるという再現VTR風にまとめている。ちなみに、ネイダーさんのTikTokのフォロワーは21.9万人。世界中の多くの人がこの映像を見ている。
この映像の画期的なところは、現実のままに発信したことである。 生理の血のシミなんてものは、今まで、絶対に人には見せられないものと認識されてきた。それにも関わらず、ネイダーさんは、現実に起きたままのシミを見せたのである。
みんなも、そういう時、あるでしょ。
それって、恥ずかしい事じゃないんじゃないかな。
私には、そんなメッセージに映った。
女性にとっては、月に一回という頻度で、このリスクと向き合い、悩まされているので、他人ごとではない問題なのだ。
これを見た世界の女性たちも、同様の受け取り方をしているようだ。
「恥ずかしい事ではなく、それは起こること。見せてくれてありがとう」
「こういった女性に普通に起こることを正常化してくれてありがとう」
「このコンテンツは、実に重要である」 など、ネイダーさんの投稿を支持するコメントが、約700件寄せられている。
経血漏れの経験は、私もあるのだが、学校や仕事場で発生した場合、人に気づかれずに、こっそりと洗ったり乾かしたりするのには、限界がある。それでも、恥ずかしいし、人に知られたくないから、隠そう、隠そうとしてきた。 でも、「あるあるだよね」という軽いノリでの認識が広まれば、もっと周囲の人に頼ったり、相談できたりする雰囲気になるかもしれない。
恥ずかしい出来事を経験したとき、人は弱くなったり、自信を無くしたり、マイナス思考になりがちだ。でも、気にしすぎることはないと言いたい。もし、恥ずかしさで押しつぶされそうになったら、大便中のおしりを見られても、前向きに生きている人間もいたことを思い出して欲しい。私も、思春期の頃は、この世の終わりだと思っていたが、時を経ると、案外、忘れられるものなのだ。私の時は、そう言ってくれる大人がいなかったので、不安で仕方なかったが、娘に、そして同世代の子たちには、伝えたい。そして、前向きに生きていってほしい。
ちなみに、夏合宿のトイレ事件とテーピング眼鏡事件は、一部のソフトボール部OGの中では絶対にウケる鉄板ネタである。さあ、マイナスを笑いに変えていこう!
□ライターズプロフィール
中川 百(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨生まれ埼玉育ち。専修大学法学部法律学科卒。大学卒業後、テレビの番組制作会社に就職。12年間をテレビ業界に捧げる。子育てとの両立を図るべく、大学事務職に転職。現在、埼玉県狭山市にある西武文理大学の入試広報課で大学の魅力を伝えるべく奮闘中。
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