彼氏がストーカーにメタモルフォーゼするまで《週刊READING LIFE Vol.322「本当は墓場まで持っていきたい話」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/9/4/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
世間的に見ればいちおうは「子供ふたりを育てる真面目なお母さん」というポジションでやらせてもらっている私の、恋愛大黒歴史時代について言及しなければならない時がやってきてしまった。
文章講座に通う私に、今回先生が出したお題は「本当は墓場まで持っていきたい話」だ。
いや、先生。
墓場に持っていきたいレベルの話をほじくってどうするんですかっていう。
絶対誰にも言いたくなくて秘密にしたまま死にたいから墓場に持っていくのであって。
と思わなくもなかったけど、せっかくのいい機会? なので私の醜態をさらしてみようかと思う。
振り返って思う事は、あの男は悪かったけど、私もたいがい悪かったよねってことだ。
付き合っていた男が、ストーカーという名の悪魔になった。なんと恐るべきメタモルフォーゼ!!
約20年以上前の話になるが、新卒として不動産会社に入社した私は、正直なところ「これが社会人か~案外チョロい」などとふざけた思考を隠し持って毎日を過ごしていた。タイムスリップしてあの頃に戻れるとしたら「おい! そんな事でどうする! 真面目にやれ!」とビンタのひとつでもお見舞いしたいと思う。
というのも、当時イケイケドンドンで急成長していたその不動産会社はやたら若手社員が多く、その中でも私が配属された部署は「賃貸」というノリと勢いでいっちゃいましょう! みたいな雰囲気が漂っている場所であった。いわば大学のサークルみたいな軽いノリだ。
とはいえ、営業職だった私にほとんど休みらしい休みはなく、夜も遅くまで店舗に残っていた。
企業のブラック度合いが注目される今の時代には恐らくあまりないのだろうが、当時は「残ってナンボ」みたいな風潮が蔓延していた。先輩が帰らないから自分も帰れないといったことは日常茶飯事だった。
そんななか、やたら店舗に顔を出す男がいた。店舗の上の階にある売買部門の営業マンだった。これが後にメタモルフォーゼしてしまう例の男である。
少し年上 の先輩である男は、とても愛嬌のある感じで新卒の私にもニコニコと優しく話し掛けてきてくれた。
遅くなったついでにちょっと飲んで帰ろうとか、今日は車で来てるから家まで送ってあげるよとか、俺んち寄って行けば? 一緒にメシ食おうよとか、面白いDVDあるから観ていかない? とか。少しずつ車線変更するみたいな気軽さで、私は男との距離を詰めてしまっていた。
距離を詰めたついでに、ベッドインした。
おいー!! 若かりし頃の私、何してんねーん!!
尻軽にも程があるやろーーーーーーーー!!!!!
先にベッドでゴロゴロしだした男が私を手招きして言ったのだ。
「こっち、くれば?」
いや、あかんやろ。別につきあってもないのに。
と心のどこかでは思いながら、それに知らんぷりする形で私はベッドに滑り込んだのだった。
多分ちょっと疲れていた。
自分が休みの日でも営業している店舗からはバンバン電話がかかってくるし、毎晩の帰りは遅く、きちんとした生活というものが全然できない。会社とプライベートというハッキリとした境界線を失いつつあった私は、最悪な形で手軽な癒しを手に入れようとしたのかもしれない。
大誤算だったのは、事が終わった後だった。
男はベッドで微笑みながらこう言った。
「俺たち、付き合おっか?」
ほえーーーっ! 最初からそんなつもりでお主、私を抱いたんか??
一晩のアバンチュールのつもりで服を脱いだ私を待っていたのは、正式な告白だった。
なんという展開!!
さんざん男の好意らしきものや、下心をまるっと受け入れておいて「そんなつもりじゃなかった」と言える勇気はなく私はゴクリと唾を飲み込んで答えた。
「う……うん、そうだねハハハ」
まずいまずいまずい……本来、社内恋愛というものは公私混同の観点から、大変気を遣うものであるのに、ましてや私にれっきとした覚悟がないままに始まってしまった恋愛らしきもの。私はこの先どうなってしまうのだ?? 自分の巻いた種が怖すぎて震えた。
「妹に会って欲しいんだけど」
二人だけの秘密の関係ならまだしも家族に紹介するムーブが発生した時は正直なところ逃げたくなった。けれど断る理由もみつからず、結局は会うことになったのだけれど、この妹さんがまたいい人だった。心が痛い!!
しかしながら、本来追いかける恋愛が好きだった私は、どうしてもその彼のことを本気で好きになることが出来ずにいた。彼があれやこれやと気にかけてくれればくれるほど、反比例するように心が追いつかなくなる自分を感じた。
あれやこれやと世話を焼いてくれるタイプだったその男が、段々と豹変していくのにそう長い時間は掛からなかった。会っていない時間に私が何をしていたのかについて、ものすごく執着するのだ。女友達でさえ連絡をまめに取るタイプではなく「たまにはそっちから連絡してよ」などと言わせてしまうタイプの私は、例え恋人であっても決まった時間に連絡を取り合うなどのルールがそもそも苦手なのだ。そんなところも彼は不満に思っているらしかった。
数か月後、
「ごめん、気持ちがついてこなくて……別れたい」
「……そんな気はしてた。わかった」
涙は見せたが、執拗に引き留めることもなくアッサリと別れに応じてくれた彼が、ストーカーへとメタモルフォーゼしたのは別れてすぐのことだった。
「本当は新しい男ができたんだろう!」
「もしかして〇〇の事が好きなのか!?」
「今どこにいる、どうせ帰ってないんだろう」
毎晩毎晩ありもしないことを疑っては電話をかけてくるようになった男のあまりの豹変ぶりに、怖くて涙がでた。違うと言っても聞き入れてもらえないのだ。同じ会社にいる以上、無視を貫くこともできず私は途方に暮れた。
一番怖かったのは駐車場事件だ。
私の愛車を姉が「借りるね」と出て行ったタイミングで男からの電話が鳴った。
「駐車場に見に行ったら車がなかった、男のところにでも行ったんだろ!」
探偵かよーーーーーーーーー!! 怖い! 怖いってーーーーー!!!!!
そんなこんなで眠れなくなった私は、すがる思いで近所の医院の診察を受けた。
とても穏やかな中国人の医師が優しく語りかける。
「アナタノカラダ、悲鳴アゲテル。オシゴト、休むコトデキナイ?」
情けなさと優しさに触れたことで私はグチャグチャに泣いた。
朝から泣くようになってしまった私の異変に気付いた母が、ある日言った。
「あのねぇ! 泣きながら会社行くっておかしいでしょ! 今日絶対やめてきなさい!」
母は水戸黄門が印籠を差し出す強さで私に言い渡した。
私はその日会社に退職の旨を申し出たのだった。
お父さん、お母さん、こんなだらしのない娘で本当ごめんなさい!!
慌てた男に「そこまで追い詰めてると思わなかった。悪かった。俺がやめる」と言わせてしまったのだけれど、一刻もその場を去りたかった私は「大丈夫です、私にも責任があるんで!」と逃げ切り、引継ぎを終えた一ヵ月後に退職したのだった。
その後彼と関わることは一切なくなった。
今回墓場に持っていく段ボール箱を思い切り開いてしまったが、過去の自分のバカさ加減にはあきれる。若気の至りとはいえ、あんなに軽い尻で過ごしてしまったことを懺悔したいともう。しかし、こうして墓場にもっていく前に供養できたことについては感謝したい。
❑ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2025/8/28/公開
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