「若くして壊れた身体 ― 28歳の彼女が見つけた再起動の物語」《“治す側”から”治される側”を経験した作業療法士が教える『心と身体の再起動スイッチ』》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/9/22/公開
記事:内山遼太(READING LIFE公認ライター)
もし20代で突然、慢性疾患を宣告されたら――あなたならどうしますか? 仕事も趣味も未来の設計も崩れ落ちた28歳の彼女は、「元の自分には戻れない」という現実に涙しました。けれども、再起動とは過去を取り戻すことではなく、新しい自分を育てていくこと。小さな”できること”の積み重ねが、再び前へ進む力を呼び覚ましました。
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「先生、私はもう以前のように働けないんですか?」
診察室で震える声でそう尋ねたMさん(28歳)。関節リウマチの診断を受けたのは、キャリアの階段を駆け上がっていた矢先のことでした。広告代理店でプランナーとして活躍し、毎日終電まで働くことが当たり前だった彼女にとって、「慢性疾患」という言葉は青天の霹靂でした。
「朝起きると、手首が腫れ上がって痛くて、コーヒーカップすら持てない。階段を上るのも辛くて、同僚に迷惑をかけてばかり。こんな自分が情けなくて」
Mさんの声には、深い絶望が滲んでいました。20代という人生の黄金期に、突然体が思うように動かなくなる。それは単なる体調不良ではなく、アイデンティティそのものを揺るがす出来事だったのです。
若い世代の慢性疾患は、中高年のそれとは異なる特有の困難があります。周囲の理解が得られにくく、「見た目は元気そうなのに」という無言のプレッシャーにさらされ続けます。また、キャリア形成期と重なることで、将来への不安が倍増するのです。
Mさんは最初の3ヶ月間、自分の部屋に閉じこもりがちになりました。「なぜ私が」「20代でこんなことになるなんて」という問いが頭の中を駆け巡り、眠れない夜が続きました。
「私は元の体に戻りたいだけなのに、それがなぜこんなに難しいんでしょう」
Mさんが何度も口にしたのは「元通り」という言葉でした。病気になる前の体、以前のような働き方、昔の自分——それらすべてを取り戻すことが唯一の目標だと信じていたのです。
しかし、「元通り」への執着は、時として回復を妨げる落とし穴になります。医師から「完治は難しいが、症状をコントロールしながら充実した生活を送ることは十分可能」と説明されても、Mさんの耳には「治らない」という部分だけが響いていました。
心理学者のエリザベス・キューブラー=ロスが提唱した「悲嘆の5段階」(否認・怒り・取引・抑うつ・受容)は、病気の受容プロセスでもよく引用されます。Mさんも例外ではありませんでした。
最初は「検査結果が間違っているはず」という否認から始まり、「なぜ私だけが」という怒りの段階へ。そして「もし治療に完全に専念すれば元通りになれるかも」という取引の段階を経て、深い落ち込みに陥りました。
「友人たちは結婚して子どもを産んで、キャリアも順調に積んでいる。それなのに私だけが病気で立ち止まっている。置いていかれるような気持ちでした」
この時期のMさんは、過去の自分と現在の自分を比較することで、自己価値を著しく低く感じていました。SNSで友人の活躍を見るたびに胸が痛み、「健康だった頃の私」への郷愁に支配されていたのです。
転機が訪れたのは、病気から半年が過ぎた頃でした。同じ疾患を持つ患者会で出会った先輩患者の言葉がきっかけでした。
「私も最初は『できないこと』ばかりに目が向いていた。でも、『できること』を書き出してみたら、意外にたくさんあることに気づいたの。小さなことでも、それが積み重なると大きな力になる」
その日からMさんは、毎日「今日できたこと」を手帳に書き留める習慣を始めました。最初は「朝、自分でコーヒーを淹れた」「郵便物を取りに行けた」といった本当に些細なことばかりでした。
「健康だった頃なら、こんなことを『成果』だなんて思わなかった。でも今の私にとっては、小さな勝利なんです」
心理学の分野で「スモールステップ法」と呼ばれるこのアプローチは、大きな目標を達成可能な小さな段階に分割することで、自己効力感を高める手法です。Mさんの場合、「元通りに働く」という漠然とした目標を、「今日は2時間集中して作業する」「今週は3日外出する」といった具体的で測定可能な小目標に変換していったのです。
1ヶ月後、Mさんの「できることリスト」は驚くほど長くなっていました。在宅でできる翻訳の仕事を始め、オンラインでの勉強会に参加し、同じ病気を持つ人たちとのコミュニティにも積極的に関わるようになったのです。
「最初は『これしかできない』と思っていたことが、『これもできる』に変わった。視点を変えるだけで、こんなに世界が違って見えるなんて」
Mさんにとって最も印象的だった出来事は、オンラインの患者支援グループで行った講演でした。自分の体験を話すことで、同じように苦しんでいる若い患者たちから感謝の言葉をもらったのです。
「Mさんの話を聞いて、私も前向きになれました」「同世代で同じ病気の人の体験が聞けて、一人じゃないと思えた」
そんなメッセージが次々と届きました。Mさんは初めて、「病気になった自分」にも価値があることを実感したのです。
「健康だった頃の私は、確かに仕事もプライベートも順調でした。でも、人の痛みに共感することは今ほどできなかった。病気を通して、新しい自分の強みを発見した気がします」
これは「外傷後成長(Post-Traumatic Growth)」と呼ばれる現象の典型例です。逆境を経験することで、以前よりも深い人間的成熟や新たな価値観を獲得するプロセスです。Mさんは病気という試練を通して、他者への共感力、困難に立ち向かう精神力、人生における優先順位の明確化といった新しい強みを育てていったのです。
また、Mさんは体調の良い日と悪い日の波があることを受け入れ、それに合わせて仕事量を調整する「ペース配分」の技術も身につけました。これは健康だった頃には必要なかったスキルですが、今では多くの人にとって価値ある働き方のモデルになっています。
セルフケアエクササイズ「できることリスト10」
Mさんが実践した「できることリスト」作成法を、あなたも試してみませんか? このエクササイズは、困難な状況にある時に自己効力感を高め、前向きな行動を促進する効果があります。
【ステップ1:現状の整理】
まず、あなたが現在直面している制約や困難を正直に書き出してください。病気、失業、人間関係の問題など、何でも構いません。これは「できないこと」を明確にするためです。
【ステップ2:小さな「できること」を10個リストアップ】
次に、その制約がある中でも「今日できること」を10個考えてみてください。どんなに小さなことでも構いません。
例:
- 朝、自分でコーヒーを淹れる
- 友人に「元気にしている」とメッセージを送る
- 15分間散歩する
- オンラインで興味のある講座を探す
- 好きな音楽を1曲聴く
- 今日食べたものを記録する
- 本を1ページ読む
- 部屋の一角を片付ける
- 深呼吸を5回する
- 今日あった良かったことを1つ思い出す
【ステップ3:実行と記録】
リストの中から毎日2〜3個を選んで実行し、手帳やスマホに記録してください。「できた」という事実を積み重ねることが重要です。
【ステップ4:週次レビュー】
1週間後、記録を振り返ってください。最初は小さく見えた「できること」が、実は大きな意味を持っていることに気づくはずです。
【ステップ5:リストの更新】
慣れてきたら、少しずつチャレンジレベルを上げてリストを更新してください。「今日は30分散歩する」「友人と電話で話す」など、段階的に行動範囲を広げていきます。
このエクササイズのポイントは、「完璧」を目指さないことです。すべてができなくても、1つでもできれば成功です。小さな積み重ねが、やがて大きな自信と行動力につながっていきます。
現在、Mさんは病気になって3年が経ちました。体調に波はあるものの、以前とは違う形で充実した日々を送っています。週3日の在宅翻訳業務、月1回の患者会での講演、そして同じ病気を持つ若い人たちへのメンタリング活動。これらすべてが、「健康だった頃のMさん」には見えていなかった世界です。
「もし今、魔法で病気が完治すると言われても、即答でYESとは言えないと思います。病気を通して得たもの、出会った人たち、新しい自分の可能性——これらを失いたくないんです」
Mさんのこの言葉は、真の再起動が何を意味するかを教えてくれます。それは過去を取り戻すことではなく、現在の自分を受け入れながら新しい価値を創造することなのです。
私たちは人生の中で、様々な制約や困難に直面します。病気、事故、失業、人間関係の破綻——それらは確かに辛く、理不尽に感じられることもあります。しかし、その制約こそが新しい強みを育む土壌になり得るのです。
Mさんが身につけた共感力、柔軟な働き方、困難に立ち向かう精神力は、病気という制約があったからこそ育まれたものでした。「元通り」という呪縛から解放されたとき、人は真の意味で再起動できるのです。
あなたも今、何らかの困難に直面しているかもしれません。その時はMさんの言葉を思い出してください。「制限は強みに変えることができる」「小さなできることが大きな可能性につながる」「再起動とは、新しい自分を育てていくこと」。
明日から、小さな「できること」を1つずつ積み重ねてみませんか? その先に、きっと新しい自分との出会いが待っています。
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