週刊READING LIFE vol.324

許されるなら、あともう一回だけ一緒に回らない?《週刊READING LIFE Vol.324「祭り」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/9/18/公開

 

記事::パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

 

「もう! どこ行ってたの!? 探したでしょ!!!!!」

口元をへの字に歪ませた泣き顔で9才の長男が抗議のパンチをしてきた時、息子には申し訳ないと思いつつ私の口からは「ふふふ」という笑いが漏れてしまった。

息子は自分で迷子を自覚し、自分で届け出て、私に迎えに来てもらったのだ。

しっかりしているのかしていないのか、わからない。

 

子供たちの情報網というのは侮れない。

近くの神社が毎年恒例の夏祭りの日程を出したとの知らせを持ってきたのは長男だった。私はまるでノーマークだったが、どうやら学校ではその話で持ち切りだったようで「みんな行くって! 僕も行く!」と漏れなく我が家の参戦も決まった。

これまで祭りの類には毎年来ているが、メンバーは長男と三つ下の次男と私で固定だ。

 

夕方、会場に到着すると、開始早々のためか屋台もわりかし空いていた。

まずはラムネで乾杯、ソーセージやたこ焼きなどを買い込み、本殿の裏側に腰かける。まだ空は青々としていて、太陽もまだ当分引っ込みそうになかった。子供たちは額に粒の汗をかき、Tシャツはしんなり濡れている。それでも時折、木々の間をすり抜ける風が気持ちよい。

「あら、こんにちは~」

次男のクラスメイトのお母さんが生ビールを飲んでいるのなんかを見て、大人の私も開放感に拍車がかかる。やっぱり夏祭りはいいな。

 

第一弾を食べ終わると、子供たちは早速「次はアレ食べたい!」と動き出した。

開放感ついでに財布の紐もゆるみ、私は一人で買ってくると言った長男にお金を渡した。さっきまでのパラパラした人出からは一変、気が付けば境内は大変な混雑になっていた。まるで満員電車のようなギュウギュウの人ごみの中、まだ背丈が小さい6才の次男の手をギュッと握る。

 

10分が経過した頃だろうか。

あれ? 長男の姿が見当たらないなぁ、まあでもこの狭い境内で迷子もないか……とのんきに構えていたら放送がかかった。

「△△ 〇〇くんが迷子になっています。保護者の方は本部までお越しください」

まさしく我が家の長男だった。

 

え? え? と思いつつ、次男の手を引っ張り社務所まで駆け足で向かう。

「すみません、母です!」と社務所内にいた神主さんに伝えると同時に、陰から長男が半泣きで出てきてパンチされたという訳なのである。

目当てのものを買って辺りを見回したら、私がまったく見当たらず怖くなって社務所に駆け込んだそうだ。

「すみません、ぼく、迷子になりました……(涙)」

 

母を見失って「どうしよう!!」と湧き出る焦燥感と、社務所に申し出て放送をかけてもらう行動力。そのさまが、まるで「冷静と情熱のあいだ」みたいで笑えた。君は辻仁成か。

しかも、境内はグルっと一回りして100mもないほど小さい。

しかし、もともと心配症の9才をこれ以上泣かすわけにはいかないので「ごめんごめん」と強く抱きしめ、感動の再会と相成ったわけである。

 

さて、この迷子事件からわずか数日で息子が大変貌を遂げようとは、誰が想像できただろうか。

 

実はもうひとつ、息子たちが楽しみにしていたイベントがあった。商店街が主催する夜市である。要は、みんな食べて飲んで大騒ぎしたいのだ。夏はそんな季節なのだから仕方がない。

           

またもや緩むであろう紐に備えて、中身をパンパンにした財布を片手に息子たちを夜市に連れ出した。神社より規模がデカいとあってお店の数も10倍以上だ。

 

かき氷を頬張る息子たちを眺めていると、いよいよ夏本番といったエネルギーに満ちてくる。学校も夏休みに入ったばかり。今年もお母さんと一緒にたくさんお出かけしようね。そんなことを思いながら練り歩いていると、長男の一番のなかよしに遭遇した。

 

ドーナツ屋さんが出す屋台の前で二人じゃれ合っていたかと思うと、突然長男が私のところへ来て言った。

「お母さん、俺、アイツと二人で回るわ」

 

えっ……? 今なんて??

繊細で泣き虫で怖がりの息子から飛び出たまさかの一言に、私は一瞬ポカンとした。彼の興味のベクトルがもうお母さんではなく、お友達の方を向いている。

大歓迎すべきことなのに、胸がちょっとだけヒンヤリしてしまうのは何でだろう。

 

同時に心配や不安が渦巻くのもグッとこらえて「そっか、わかった! お友達と帰って来れる?」と聞く私に息子は「大丈夫! 大丈夫!」と胸を張った。必ず八時までには帰宅することを約束して息子の手に千円札を握らせる。

「これで好きなもの、買い!」

こうして私たちは夜市の途中で別れた。

 

なんだか急にきたな。

この夜市だって、最後まで息子二人と楽しむつもりで来ていたのだ。私は胸に空いたちっぽけな穴に風が通り抜けるのを感じながら次男の手をまたギュッと握った。

 

思えば、長男は小さい頃から私じゃないと全然ダメな子だった。

抱っこもお風呂もご飯を食べさせるのも。かいがいしく世話を焼きたい夫の気持ちを裏切るように大泣きする息子を見て「俺もおっぱいが出たらいいのに」と夫が漏らした事もあった。

 

私以外が対応しようとすると、この世の終わりみたいな顔で泣き叫ぶので、周囲は困惑、私も気持ちが休まらず疲弊した。

 

あまりに地球に慣れない。この子は生まれてくる星を間違えたんだ。

そう思ってしまった事もあった。

 

小学校にあがって私と離れるのが不安過ぎて不登校になった時は(一体どこで何を間違えたのか)という気分になって完全に親子で塞いだ。

 

周囲のフォローや夫の協力があり、元気に学校に行けるようになったが、まだ私からは離れられないのだろうなどと思っていた。しかし今夜、完全に取り残されたのは、私の方だった。

宇宙人かもと思っていた息子は、人間世界に馴染むようになり、ついに母の手を放したのだ。

 

急激な成長に戸惑いが隠し切れない。

いや、でもこれは、とても喜ばしい出来事なのだ。そう言い聞かせる。

彼には彼だけの、母が存在しない世界が、生まれようとしているのだ。

 

6才の次男の要望を叶えるべく、綿あめを買ったり、くじ引きをする。

くじ引きで当てた小さいテディベアを「かわいい」とご満悦の表情で抱き締める次男を見て顔がほころぶ。しかし、この子もいつか私の手を離れるんだな。そう思うと、夜市の喧騒もちょうちんの灯りも綿あめでちょっとベタベタする手も、急にすべてが切なくなって胸をほろ苦くさせた。

 

そんな気持ちを知ってか知らずか、6才が私を見上げて言う。

「おかあさん、疲れた。だっこして」

 

まだ軽い6才をひょいと抱え上げる。

外での抱っこは、恥ずかしがってもうさせてくれないのに、今日は歩き疲れたからかな。横に並んだ顔はケラケラと笑っている。今頃、長男はお友達と何の屋台に並んでいるのだろうか。

「お母さんとこうやって一緒にお祭りに行ってくれるのも、あと何年くらいかな」

ちょっぴりおセンチな気持ちになって呟いたら、次男が言った。

「あと20ねんくらいかな」

 

思わぬ長期戦の宣告をされて私は思わず吹き出した。

いや、そうなると、ちょっと話変わってきますやん。

 

帰宅して、疲れ切った6才の歯磨きとシャワーを超特急で済ますとベッドに滑り込ませる。スヤスヤと眠った寝顔を眺めているとピンポンが鳴った。

 

玄関まで出迎えると9才はとても充実感にあふれた顔をしていた。

「バスケの選手がストリートパフォーマンスしていてね! 超かっこよかった!!」

興奮気味におしゃべりする9才の両手は、ビニールでできた剣とか、光るキーホルダーなどでふさがっていた。

 

今夜の、分岐点みたいなお祭りを私は一生忘れないだろう。

許されるなら君とあともう一回くらい、一緒に夜市をまわりたいけど、どうかな。

長男が寝たあと、きらめく夜市のちょうちんを思い出しながら私はビール缶を開けた。

 

❑ライターズプロフィール

パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!

 

 

 

 

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2025-09-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.324

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